第193話 武神 剣 ノ 舞 Ⅱ
◇ 飛 剣 ◇
ゴブリンの特殊個体が想像以上に強かった。
言動や雰囲気から類推するに、この個体は、いままで本気で戦ったからことがなかったのではあるまいか。
コイツはファウストが懸念していた測定不能の戦闘能力をもつ、外れクジだ。まさか俺が引くことになるとは。
いまのところ致命傷は避けているが、このままいけば確実にやられる。
「スー! 地面に潜り、近づくゴブリンの足を溶かせ! マルコ! 砂嵐を!」
俺が指示を出すと、スーとマルコが能力を展開した。
とりあえず近づかせないことだ。奴の剣はガイマンの角を斬り落とした。しかもファウストの創造した反則的な斬れ味の剣ではなく、普通の剣で。
あれは純粋な斬る技術だ。そして身体能力も桁外れ。
勝負を急いではいけない。
持てる手をすべてを使って結論を遅延させる。こちらは少数精鋭。もし、誰かがやられたら、なし崩し的にやられていく。
【刃塵】
マルコの砂嵐に極小の刃を隠していく。あれだけ強くても視界が奪われた状態なら……。
砂嵐に入ってきたゴブリンは俺の刃に斬りつけられて、赤い血を吹き出していく。血はすぐさま吸収して新しい細胞へと変換、刃の数を増やす。
砂嵐と【刃塵】で動きを止めたゴブリンにはスーの溶解が刺さる。詳しい仕組みはわからないが、スーの体はあらゆる物体を透過し、体内から溶かす。いくら敵が強くてもスーの攻撃範囲に入れば救いはない。
最近会得した【刃塵】を使い続けるのはかなり集中力がいるが、これしかない。このまま距離をとっていって射程に入ったゴブリンを確実に殺していく。
時間を稼いだら隙を見て逃走、仕切り直した方がいい。
そもそもこれは、ゴブリンの群れに生まれた特殊個体を確実に仕留めるための作戦だ。あくまでもメインはファウストが叩く本隊。俺たちは、身を守りつつ、敵が本隊に流れないよう時間をかければいい。
敵を倒せれば御の字、もしだめでも、時間をかけたうえで逃げることが出来れば勝ちだと言える。
俺とマルコ、スーの防御陣形を見た敵の動きが緩慢になった。
敵の特殊個体も攻めてくる様子はない。砂嵐に足を踏み入れれば、スーに溶かされるか俺の展開した無数の刃に斬りつけられる。
【武神】はおそらく、かなり臆病な個体だ。だからこそ、こうやって追い込まれるまで戦うことがなかった。奴の実力が判明しなかったのはそういう背景があるのだが、臆病な奴というのは、こういう風に今まで経験したことがない状況に直面すると足踏みをしてしまう。
生前の俺なら腕試しだと、正面から斬りかかる手段をとったはずだ。だが、もう俺にはプライドなんてものはない。一度死んで価値観が転覆した。
長い間ファウストと行動を共にしたのも大きい。
勝ちに行く。なにがあっても。
展開は、いい方向に転んでいる。このままいけば大局的な勝利を手に入れることが出来た。だが、ここで一つ予想外のことが起こる。
いままで天敵がいない環境で傷一つ思ったことがないガイマンだったが、【武神】とのわずかなコンタクトで実力の差を見せつけられた。
混乱。
痛みによる混乱、恐怖による混乱、それがガイマンの
俺は【刃塵】に集中、敵の動きばかりに気をとられていたため、仲間の行動をよく把握していなかったのだ。
自陣から大規模な魔力の塊が飛んでいき、俺の細胞と砂嵐を吹き飛ばしてしまってはじめて、ガイマンが錯乱していることに気がついた。
「ガイマン!」
「僕がやらないと、父さんが、父さんが……」
戦場では、わずかな判断ミスや、気の緩み、一瞬の混乱で勝負の流れががらりと変わる。
この時ほどそれを痛感したことはない。
ガイマンの攻撃で飛ばされた砂嵐。視界がクリアになったその場所から、ゴブリンが攻めてくる。
普通の個体はスーの溶解の餌食になっていったのだが、【武神】を含むいくつかの個体は足が速く、スーも捉えることが出来ない。一気に距離を詰められてしまった。
一瞬の出来事がスローモーションに見えた。【武神】がガイマンに向かって跳ぶ、ガイマンが怯えて無闇に角を振り回す。
だが……。
ガキン!
「打ち合うな、ガイマン! 冷静になれ!」
敵の動きや癖を読んで、こちらの動きを変える。相手の選択肢を減らしていき、こちらの一太刀を入れる。それが剣だ。
いくら敵が速くても、いくら敵が強くても、行動さえ読めてしまえば対処のしようがある。
しかし、ガイマンが冷静さを欠いてくれたおかげで、物事はいい方向に進んでくれたかもしれない。
恐怖により冷静さを欠いたのはなにもこちらだけではなかった。
砂嵐が吹き飛んだことにより、クリアになった視界。その一瞬を見逃さずに攻めてきた敵。
臆病だからこそ、攻勢に出てしまったのだ。いま攻めないと負けると直感的に考えたから。
おかげで【武神】が孤立した。
コイツを生かしておけば今後、仲間の誰かが殺されるかもしれない。やれるタイミングでやっておきたいが……。
「違う! 全然ユキさんじゃないよ!」
「違うの?」
「だって男の人じゃん! マヤちゃんは男と女の区別もつかないの!?」
「そんな風に言わなくってもよくない? 髪が長いし、顔も綺麗だし、女の人っぽいじゃん」
「全然違うよ!」
「あれっ! あの人、変な体の剣士だ!」
「え!?」
ん?
なんだアイツらは。なんで戦場のど真ん中で女が二人、喧嘩しているんだ。
あの女、どこかで見たことがあるような気が……。
◇ 舞 姫 ◇
砂嵐がなくなってからユキさんらしい人に近づいてみたけど、全然違った。まったく別人だ。
「ねぇベル、アンタのお願いを聞いてあげたんだから、私のわがままも一個いい?」
「なに?」
「あのゴブリンと戦いたい。そして一段落したらあの剣士に手合わせを申し込む」
「やだ」
「はぁ!? いいじゃん!」
「あんな怖い人たちに絡んだらどうなるかわからないもん! ベルたちが負けたらなにをされるかわかんないよ!」
「じゃあいい! ベル一人で逃げればいいじゃん。私はあのゴブリンを斬ってくるから」
「ベル一人でここから逃れるわけないじゃん!」
「大丈夫、ベルは強い子だから」
「やだ!」
「私もやだ!」
そうこうしているうちに、ゴブリンに取り囲まれてしまった。
私はなんてバカなんだろう。
アレがユキさんじゃないってわかったんだから、すぐに逃ないとダメだった。
本当にバカだ。
◇ 剣 姫 ◇
「肉ゥ」
急にゴブリンが襲ってきたんだけど、動きが速いだけで、たいして強くない。
ベルは……。
大丈夫みたい。
心のどこかで舞将だというのは嘘なんじゃないかと思っていたけど、やっぱり本物の舞将かな?
なんかあったらすぐに助太刀できるくらいの距離で様子を見てたけど、私の助けなんていらないみたい。
ベルの剣はいままでに見たどの剣とも違う。
技じゃない。
体のしなやかさ、バランス感覚、反応速度、感性。
天性の素質。
普段の様子からは考えられないくらい強い。なんて美しい剣なんだろう。
今度、手合せをお願いしようかな。
「なに。次から次に」
でも今回はこっちが優先かな。
「遠くから君のことを見てたんだ。私はマヤ、草原の民。剣の武者修行中なの。あっ、武者修行ってわかる? 君みたいに強い相手を探して旅をするんだよ」
「強い相手を探してどうなるの?」
「父さんみたいな最強を目指すんだ。だから私と斬り合ってもらってもいい?」
「よくわからないけど、君の父さんが最強ならその人に剣を教えてもらった方がいいんじゃない?」
「ダメだよ。父さんはもう全盛期の強さを失ってしまったし、父さんとじゃ出来ないから」
「なにを」
「命のやりとりを」
戦う相手すべてと命のやりとりをするわけではない。試合形式でもいい。
でも、命のやりとりをしないと学べないこともある。
「僕は死にたくないんだ。みんなそうだろう? 死を逃れようとするのが生き物としての自然な形だから。もし君が僕の生命を脅かすのなら、僕は君を殺さなくてならない」
「それでいい。それでしか学べない」
ドンッ!
ゴブリンが地面を蹴った。
コイツもベルとおなじだ。体に恵まれてる。でもそれだけじゃない。
風を切って迫ってくるゴブリンの剣は、これ以上ないと言うくらいに洗練されている。遠目で見てる時もそうだった。シカの喉と角を斬った時、完璧な軌道と力の入れ方をしていた。
才覚。
出来る奴は生まれた時からできる。出来ない奴は何倍も、何百倍も努力しないと辿りつけない境地。
このゴブリンは与えられた者だ。生まれた時から「出来た」生き物。
相手の剣の軌道を優しく撫でるようにいなす。
「そんなことが出来るんだ。うまいね」
「もし実力で負けていても勝負には負けない。いままでそうやって生きてきたから」
「それにその剣も不思議だ。空気が歪んでいるように見える」
「あっ、コレは拾い物」
草原の民は化け物ぞろいだ。そんななかに生まれたからこそ学んできた。
――マヤには「心」がある。
剣聖と謳われた父の言葉だ。
体で負けていてもいい、技で負けていてもいい。でも心では負けない。
次だ。次踏みこんで来たら斬る。
見える。
呼吸、踏込、剣の軌道。
全部見える。
相手が剣を振り下ろすタイミングに合わせて、こちらの剣を出す。何百、何千と繰り返してきた草原の剣。
剣先で撫でるように相手の力を受け流し、こちらの剣を……。
「やってみたら思ったより簡単だった」
嘘!?
斬られたのは……。
私だった。
肩口から血が噴き出す。力が入らない。
「マヤ!」
初見で……、模倣された……。
私が培ってきたものを、私以上に……。
心で負けない。勝つまで戦う。
それが信念だった。
でも……。
なんて高い壁なんだ。
「ね? 怖いでしょう? 死ぬのは」
振りかぶられるゴブリンの剣。
ガキンっ!
「マヤ! 大丈夫? 生きてる?」
「ありがとうベル、なんとか生きてる……」
でもダメだ。いくらベルでも勝てない。
と、突然に傷口が塞がり、血が止まった。
「貴様らは敵か?」
長髪の剣士だ。
「アンタが治したの?」
「あぁ、そうだ」
「とりあえずありがとう。たぶんいまは敵じゃないと思うよ」
「わかった。では剣を構えろ。そしてコイツを殺すのを手伝え」
む、偉そうな奴。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます