第154話 メロイアン ノ 怪物

 ガスパールみたいな生き物との正面からの殴り合いはリスクしかない。こっちの攻撃はほぼ効かずに向こうの打撃は普通に痛いから、やるだけ無駄。


 これが決闘でなかったらノータイムで逃げるだろう。


 ちゃんと戦闘用の装備をしたうえで再戦するか、毒殺みたいな搦手で汚く勝つ選択をする。だが、ガスパールは仲間になる予定。今後のことを考えると、後腐れなく気持ちよく勝ちたいものだ。


 「狂鳥殿ぉぉぉぉおおお!」


 速さはないしリーチもイマイチで、戦闘技術は皆無と言っていい。


 ただガムシャラに拳を振り続けている。ウサギの獣人のキコみたいな鋭さはないし、急所を的確に狙ってくるマンデイみたいな怖さもないが、ガスパールの攻撃はとにかく重そうだ。


 結構動いてるのに息切れ一つしてないところをみるに、狩りをする時も体力が続く限り攻めまくるのだろう。次第に獲物は心が折れて、ジ・エンド。タイプとしてはゴマに近いかもしれない。打たれ強さとタフさを利用して、相手の心が折れるまで攻めを継続する。


 とりあえず距離をとって様子見だな。


 このままいけば互いに決め手がない不毛な睨み合いが延々と続くはずだ。


 相手の体力が切れるのを期待して、そういう戦法をしてもいいが、フタマタの一件で充分な休息をとれていない俺の方が不利になりそうな気もする。それにそんなことを続けてもガスパールに不快な印象しか与えないだろう。これから仲間にする予定だから彼のなかにある狂鳥の幻想を崩さないようにしておきたい。


 ガスパールが距離を詰めてくるのに合わせて俺も一歩前に踏み出した。自分の力を信じる。マンデイとの組手は無駄になっていないはず。


 速い相手にインファイトをしたらいつか攻撃を貰うだろう、だが、ガスパールの速度はそこまで脅威ではない。一撃もらうリスク、それくらいは許容しなくては尊敬は勝ち取れないだろうな。


 安全に戦闘を進めていきたい俺の性格からするとギャンブル性が高いが、しょうがない。


 それに……。


 「ガハハハハ。そんなに近づいていいのでぇ? 狂鳥殿ぉぉぉおおお!」


 ガスパールに感化されてる自分がいる。


 戦いが、楽しい。


 なんか主人公っぽいな。


 『マンデイ』

 『なに』

 『俺は感動している』

 『なぜ』

 『戦いが楽しいと思えるんだ。なんか主人公っぽくていい』

 『そう』


 つれないマンデイ。


 おっと。


 いくらガスパールの動きが遅いとはいえ、やはり近距離戦闘は油断できない。


 相手のパンチとも掴みとも取れる攻撃を華麗に回避して、アッパーカット気味に顎を打ち抜いたが、ガスパールにはまったく響いてない。


 普通の人間なら意識を失うか、顎が砕けるくらいの勢いで殴ったのだが、何事もなかったようにニヤっと笑ってまた手を伸ばしてくる。まったく面倒なことこの上ない。ゴマと向かい合った敵の気持ちなんて考えたこともなかったが、みんなこれに近い恐怖を感じていたことだろう。


 ヒラリと回転しながら攻撃をかわす。そしてガスパールの背後をとると、蛇腹剣で首を絞めてそのまま倒そうとした。だが体幹が強すぎてまったく動かない。まるで巨大な岩か大木だ。


 相手を倒してさえしまえば、そこから色んな展開があるかと思って蛇腹剣で首を絞めてみたのだが、これは悪手だった。近接しているとどうしても視野が狭まるし、死角が増えてしまう。


 グッと剣が引かれたと思った時にはもう遅い。ガスパールのおっさん、刃の部分を素手で掴んで引っ張ってきたのだ。俺産である蛇腹剣、切れ味にはそれなりにあると自負していたのだが、涼しい顔して掴まれてしまうと自信を喪失してしまう。


 このまま柄を引けばガスパールの指が落ちるかもしれない、もしそうなれば今後の展開が楽になる、と一瞬だけ考えた。ほんの一瞬。でもすぐに考え直して柄から手を離した。力比べでガスパールに勝とうなんてどうかしてる。


 こうして俺は武器まで失ったわけだ。


 状況を整理しよう。


 素手のドワーフのおっさん相手にスーツと【阿鼻地獄】は完全に無効化されてしまい、武器も奪われた。


 ちょっとやりあった感じ、近接は無理。一発殴られる程度ならスーツの耐久でいけるかもしれないが、掴まれたり極められたり絞められたりしたら厳しい。こっちからの攻撃手段はなく、相手に触れられたら負け確定。


 『マンデイ』

 『なに』

 『周囲に倒れてる人達を避難させて』

 『うん』


 戦法を変えようか。


 フライングスーツ【烏】【蠍】はムドベベ率いる獣の空軍を完封した実績があり、この決闘でも三個体以外を壊滅させるというパフォーマンスをみせてくれた。だがことタイマン、しかも【阿鼻地獄】が効かない相手には本当に無力である。


 もし【鷹】だったら、シェイプチェンジ先の【蝦蛄シャコ】の高火力でゴリ押しでガスパール相手でもそのうちノックアウト出来そうだが、そうなると数は捌けない。いつかなんでも出来る完璧なスーツを創造してみたいが、先はまだ長そうだ。


 そんなことを考えているうちにマンデイが周囲に倒れたゴミ共……、失礼、市民を避難させてくれた。


 これでいい。


 まずは魔法だ。物理は強いが魔法にはてんでダメ、ヨキパターンもあるかもしれないからな。


 と、風と電気の魔法を当ててみたのだが、ピンピンしている。


 やっぱり無理か。それなら。


 「ガスパールさん」

 「なんですかい?」

 「一つ確認してもいいですか?」

 「おう?」

 「いまからすっごく苦しいことをします。降参したかったら降参と叫ぶか、トントンと手でタップしてください。それを確認したら速やかに攻撃を中止します」

 「降参? このワシが? ガハハハハハ!」


 なぁガスパール、確かにお前は強いよ。


 この辺なら負けなしだろうな。だが過信はよくない。


 そうやって負けてきた奴らを見てきたからよくわかる。


 千年無敗の魔術師デ・マウはいくら都市が破壊されても攻めてこようとはせず、ずっとシャム・ドゥマルトに籠っていた。それが奴の常套手段で、その戦法で多くの戦果を上げてきた。だから負けたんだ。


 不干渉地帯の主ムドベベは魔法と体格のゴリ押しで外敵から神の土地を守り続けた。だから小さな体の相手と油断してしまって挑発にのり、普段は飛ばない高高度を飛行し、意識を失ってしまった。


 成功体験というのは戦略の幅を狭める。他人のふり見て我がふり直せ。俺も相手を弱らせて確実に狩るという手段で勝ち続けたからそういうスタイルを愛用しているのだが、あるいは俺も過信していたのかもしれない。不利な対面を拒否し続けたつけが回ってきたのだろう。


 だが、俺は気付いた。成功体験が視野を狭めていたことに。ガスパール。お前はどうだ?



 【創造する力】



 いくら体が強くても肺を潰されてしまった呼吸は出来ないはず。戦闘中に燃費の悪い創造する力を使うのはタブーだが、この状況はしかたない。逃げるわけにもいかないし、負けるわけにもいかないからな。


 スタングレネードみたいなやつを試してみてもいいかもしれないが、【催聾弾】を受けてピンピンしているところを見るに効果は薄いだろう。もし一瞬怯んだとしてもその後に続く攻撃手段がない。魔力節約の観点からしても風圧で肺を潰す方が現実的だ。



 【シェイプチェンジ・烏】



 一回の羽ばたきで充分に距離を開き、土を変質させて爆弾を造った。


 これで効かなかった場合、次の攻撃手段を考えなくてはならない。魔力の節約は必須。


 起爆時間を設定すると一気に距離を詰めた。ガスパールは腕を伸ばすが、それを回避、砂を投げて目を潰す。その後、爆弾をガスパールの胸元に放置。爆弾が起爆するまえにガスパールの背後に回り、背中を蹴って飛翔。



 【榴弾・風】



 至近距離での爆発。ガスパールじゃなければ即死するレベルの火力だ。


 「だぁぁぁぁあああ! ガハハハハ! これは少し驚きましたなぁぁああ!」


 化け物め。


 風圧で潰れた肺を一息で戻した? そんなことが出来るはずがないだろう。どういう体の造りをしてるんだまったく。


 どうしたもんか。上空に連れ去るか? いや、あの怪力が大人しく運ばれてくれるとは思えないし、弱らせようにもその手段がない。


 やはり無理か?


 考えろ。勝機はある。

 

 いまの俺になにが出来る?


 うぅう、帰りたい。拠点にさえ戻れば、スーツさえ代えさせてくれたら……。いや、スーツに頼るな。いま出来ることを考えろ。


 俺に出来ること……。


 魔法はダメ。体術も負けてる。残る手段は創造しかない。


 埋めて、みるか。

 

 あらゆる能力や特徴には得て不得手がある。もちろん創造する力にも。


 すこぶる燃費が悪い。なんでも出来るが成果を出すのに時間がかかる。単純作業の繰り返しが要求されてしまう。


 神から貰ったこの能力が良い能力か産廃かの判断は難しい。贔屓なく評価を下すとするならば、ある状況下にはアホみたいにぶっ刺さり、ある状況下では産廃に成り下がるというのが一番しっくりくるだろう。


 「うおおおおお!」


 そしてアホみたいにぶっ刺さるスチュエーションの一つが穴を掘る時だ。


 マンデイとの逃避行の時、どれだけこの特徴に助けられただろう。どこに敵がいるかもわからん状況で安心して眠ることも出来なかった俺たちは、地下に寝床を創造して雨露を凌いだ。その経験から拠点は毎回地下に造っている。


 生存競争が激しく、リスキーな場所から逃げることばかりを考えていた俺は、空と地下という選択をしたのである。さすがは逃避の勇者、逃げることにかけては一味違う。


 自分で言ってて悲しくなってくるからこれ以上は止しておこうか。



 【創造する力】



 生き埋めだ。


 「ガスパールさーん。大丈夫ですかー?」


 いくら体が丈夫でも生き埋めにしてしまってはどうも出来まい。一応空気の層は造ってあげたから窒息死はしないはず。


 卑怯? 本当にそうだろうか。俺は自分の持てる力を最大限発揮したに過ぎない。一所懸命に練習した甲子園球児とか駅伝のランナーを見て興奮したり感涙するのに、一生懸命に創造する力を使い続けたお蔭でこの決闘に勝てた俺を批判するのはおかしい。きっとガスパールも理解してくれるはずだ。ガハハハハハ! さすがは狂鳥殿ぉぉぉおおお! みたいな感じで。


 「よし、勝ったな」

 「ファウスト、まだ終わってない」

 「ん?」


 地下からガサガサと音がしてる。嫌な予感しかしない。


 あ。


 「ガハハハハ! なかなかいい手だとは思うが、まだまだですなぁ、狂鳥殿! ドワーフは――」

 「穴掘りが得意」

 「ガハハハハ! その通り!」

 「いや、だとしても僕の勝ちですね」

 「む?」



 【創造する力】



 「これは……?」

 「抜けれるもんなら抜けてみてください」


 創造する力で深い穴を掘ったが、素手で地上まで上がってきたガスパール。じゃあガスパールの周囲の土を金属に変質すればいい。


 「なんのこれしきぃぃぃいいい! むむむむむむむぅぅぅううう!」


 さすがに地中、しかも俺産の固い金属に包まれたら、どれだけ怪力でも抜け出せない。


 はぁ、長かった。


 勝てる時が来るまで対面拒否をし続けた俺からしたら、逃げられない状況はちょっとは辛いものがある。


 「お疲れファウスト」

 「ありがとマンデイ」


 力を示すのも楽じゃない。

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