第132話 水龍

 スキュラ。


 それが他に類を見ないほどに気持ちの悪い下半身をもつ生物の種族名だった。


 水の世界出身の生物で、知能は全生物中でもトップクラス。つまりヒトとおなじくらい。水棲と陸棲の両方の特徴をもっており、腹から突きだした狼の牙には神経毒。哺乳類と爬虫類と魚類の特徴をもつ気味の悪い生き物だ。


 スキュラというと前世では個人名だったような気がするが記憶は定かではない。おそらく水の世界でスキュラという生き物がいて、その存在に影響された地球人の脳内で再生、物語に組み込まれ、語り継がれるうちに微妙な差異が生じたのだろう。


 許可をもらって【エア・シップβ】を下ろし、マンデイを迎えに行く。【エア・シップβ】を目の当たりにしたスキュラの顔は驚愕の表情のまま固まってしまった。不憫である。


 拠点の最奥部にいる水龍カトマトの所まで案内してもらっている途中、気になっていたことを尋ねてみた。


 「もしかして水の世界には空を飛ぶ生物がいないのでは?」

 「いるぞ。なぜそう思う」

 「僕が空から接近したのに誰もリアクションしなかったから」


 腕を組んで考えるスキュラ。そして。


 「空を飛ぶ生物はいる。だが脅威ではない」


 やはり。


 「えぇっと、まだお名前を訊いていませんでした」

 「すまない。私としたことが。マ・カイ。私の名はマ・カイだ」

 「水の不干渉地帯の主もハ・タ・カイと名にカイが入っていましたがなにか関係が?」

 「いや、ない」

 「そうですか。どうぞよろしく。マさん? カイさん?」

 「マ・カイだ。さんはいらん」

 「どうぞよろしくマ・カイ」


 まじまじと俺の顔をみつめるマ・カイ。


 「どうしました?」

 「なぁ。君は本当に知の世界の代表者なのか?」

 「えぇ、まぁそうですが。なぜです?」

 「失礼、代表者というのは尊大で高圧的なものだと思っていた。それに雰囲気を感じない」

 「雰囲気とは?」

 「強者の雰囲気だ。カトマト様からもワシル様からも感じる、その場にいるだけで圧倒されるような雰囲気が君にはない」


 この男、俺が最も気にしていることを平然と言ってのけやがった。


 ぐぬぬぬぬ。だがここで悔しがれば小物だと思われてしまう。よし。器の大きさをみせつけてやろう。体のデカさはなくても俺にはデカいハートがあるのさ。


 「体が小さいのもあるかもしれませんね。人間は小さな種族なのです。それに僕はまだ人間でもまだ子供。これから成長していけば強者の雰囲気を手に入れられるかもしれません」


 やはり不思議そうにおれのことを見ているマ・カイ。


 「まだなにか?」

 「いや、どうして君はそんなに腰が低いんだ?」

 「低いですか?」

 「あぁ低い。君ほどの立場がある男なら、初対面の私の無礼をいさめたり怒ったりしてもいいものだ。だがいまだに一介の兵である私に対する敬語は止めないし、私の口調について指摘することもしない。正直、扱いに困る」

 「マ・カイさん……、失礼、さん付け慣れてるので許してください。マ・カイさんがの方が年上みたいだし、水の本拠地であるこの場所では他所者の僕の立場などないも同然。いまのままでいいですよ」

 「そうか? そんなものだろうか……」


 いかん。マ・カイが混乱している。


 「僕はあまり短気な方ではありませんし、まったく構いません。不快に感じたらその都度指摘しますからどうぞリラックスしていてください」

 「あ、あぁ」

 「世界が不安定なこの時期に相手の不愉快になるような言動はしたくないし、こういう態度は生き残るのに必要なスタイルだっただけです。わりとタフな幼少期だったので」

 「そうか。代表者は大変そうだもんな」


 なんか含みのある言い方だな。


 「えぇ、それなりには。水の代表者のワシルさんもなにか?」

 「あぁ。どうしてもカトマト様と比べられてしまってな。御苦労なさっている」


 先代が優秀すぎるパターンか。


 考えてみると先代と今代の勇者の関係も様々だ。うまく協力関係を築いている獣、先代の影響に翻弄された俺、比較される水。フューリーはすごく恵まれてるな。だからあんな勇者勇者した勇者になるのかもしれない。


 「あっ、そうだ。空の警戒はしっかりしておいてください。これからは競う相手は余所よその勢力になるかもしれないから」

 「わかった。警戒しておこう」

 「それがいいでしょう。人の国には飛竜がいますし、明暗には天馬が、獣はシンプルに空中戦が強いので空から攻めてくる可能性は大いにあります」

 「警告、感謝する」


 不思議なもんで、こうやって話しているとスキュラという生物の下半身のキモさにも慣れてきたような気が……。しない。やっぱりキモいものはキモかった。


 その後、情報収集を兼ねた世間話をしながら歩いていた。


 とにかく歩いた。まず洞窟みたいな場所に入っていく。


 「なんでこんなに明るいんですか?」

 「蛍灯石けいとうせきという発光する石を用いているのだ」


 ほう。


 そしてまた歩く。マグちゃんは飛ぶのに疲れて俺の肩で休む。マンデイは……、普通だ。この子は足が強いから。


 道中、スキュラや巨大な海蛇、不干渉地帯からスカウトされたのかメロウもちらほら散見した。たぶんラミアじゃないかなという生き物や、ヒレのついた馬も。さすがの水棲生物の多様さ。水中戦だけは拒否しなくては。


 で、歩く。また歩く。


 「すみませんマ・カイさん。どこまで歩くんですか?」

 「泳げばもっと速いのだが陸を移動するとどうしても時間がかかる。ここは要塞だからな。簡単な構造じゃない。カトマト様が休んでおられる場所まではもうすぐだ。後少しだけ辛抱してくれ」


 島の地下を延々と移動しているような感じかな。地味に面倒くさい。


 「にしても不思議な地形ですね。まるで意図的に造られたような……」

 「さすがは代表者。鋭いな」

 「と、言いますと?」

 「この島はカトマト様が造れたのだ」

 「島を造る? どうやって?」

 「その昔、水の魔法でこの島を造ったと言われている。この通路もそうだな。水の魔法で掘ったらしい」


 あれ? でもここって海だよな。植物って塩で枯れるんじゃなかったか? 海水で地下を掘ったりなんかしたら土地にも塩が含まれると思うんだけどな……。


 うぅむ。わからん。


 そのまましばらく歩いていると巨大な空間に出た。中心に湖のようなものがあり、天井はかなり高い。蛍灯石がふんだんに使用されているみたいで、昼間のように明るくどこか宗教的な雰囲気のある空間だった。


 「しばし待たれよ」


 とマ・カイが入水。


 すげぇな。


 水の生き物だろうから泳げるのは当然だろうが、なんの躊躇なく入っていった。エラはついてなかった気がするけど呼吸はどうするんだろう。ていうか本当に泳げるのかな。泳ぎに適した体には見えなかったが……。


 「マンデイ」

 「なに」

 「たぶんだけどね、水の領地の攻略は情報戦がメインになると思うんだ」

 「うん」

 「だから作戦に必要な情報は絶対に他者に漏らさないってのを守って欲しい」

 「うん」


 マグちゃんにも釘を刺しておこうか。


 「マグちゃんも、いい?」

 「わかっタ」


 どうなるかはわからないが情報が漏れたら終わる。メロウやラミア、あの巨大な蛇、スキュラ相手に水のなかでは戦えない。ずっと有利な状態で戦えるようにしておかないと、メンバーの命を守れないはず。


 「こっちに存在しているということはあっちに存在している可能性がある。相手にリズのような生き物がいないとも限らない。今後、作戦について話し合う時はすべて通信機を利用して欲しい」

 「うん」「わかっタ」


 その場で待機していると湖の中心がモコッと盛り上がって、そこに巨大な魚が現れた。エラがついてるから肺呼吸ではないようだ。


 体色は白、赤、薄い青。顔しか見えないが細長い体をしているのはなんとなくわかる。ヒレが長く、ヒモみたいだ。水魔法でコントロールしているのか、体は空気に触れていない。


 美しく、そして怖い。前世で見た目が近い生き物がいるとするなら、深海魚リュウグウノツカイ。もちろんサイズや威圧感は比にならんがな。


 生物のセンサーがビンビンに反応しはじめる。


 これは強個体。たぶんカトマトだ。水龍というからトカゲや蛇みたいなのを想像していたが、すっごく魚だった。


 「あなたが水龍カトマト様ですね」


 ……。


 オッケイ。構音器官はない感じね。だがなんとなく表情や動きでカトマトの考えていることがわかる。ムドべべ様よりはコミュニケーションがとりやすそうだ。


 そうしているとスキュラのマ・カイが陸に上がってくる。


 「あっ、マ・カイさん。どうもありがとう」

 「いや、礼には及ばん」

 「ところでカトマト様は僕の声は聞こえているのでしょうか」

 「あぁ、振動で理解される」

 「それではマ・カイさん。申し訳ないのですが少し席を外してもらっても大丈夫ですか?」


 眉間にシワを寄せるマ・カイ。やはり良くは思われないよな。


 「なぜだ」

 「カトマト様に水の内戦に関しての助言をしようと思っています。しかしこれは機密事項。カトマト様以外の誰にも聞かれるわけにはいきません」

 「安心しろ。私はカトマト様の手足。機密事項の扱いにも慣れている」


 やっぱりそうくるか。


 「獣のガンハルトという個体が敵に寝返り、反乱を起こしました」

 「ん?」

 「彼は獣の代表者の盟友であり、訓練された屈強な生物でした。しかし敵に呑まれてしまったのです」

 「それは外の話だろう」

 「いいえ。水でも起こりうる。敵は心をいじり、負の感情を増幅させます。国有数の将の精神を乱し、竹馬の友同士の仲を裂き、故郷を捨てさせることさえさせました。誰も信用できない」

 「であればカトマト様も信用できないのでは?」

 「いまは信用する他ありませんが、もし敵方に寝返れば……」


 不穏な空気が流れる。だがしょうがない。誰にも聞かれるわけにはいかないのだから。


 「カトマト様はそう易々とやられるお方ではないぞ」

 「でしょうね。それくらいのことは僕も理解しています」

 「ならば……」

 「マ・カイさん。どうかお願いします」


 沈黙。そして。


 「いかがなさいましょう、カトマト様」


 そう問うと、マ・カイは湖に手を触れる。


 「はっ」


 どうやらカトマトは水の振動でコミュニケーションを取るらしい。俺でも出来るのかな。


 「ファウスト殿。カトマト様の命だ。私はこの場から離れる。だが間違いは起こすなよ? 私は君を気に入っているんだ」

 「もちろんですとも」

 「では、失礼する」


 どの世界でも、どの地域でも国を守る兵士ってのは似た雰囲気をもってる。ユキさんとかもそうだったけど、正直に言うとちょっと苦手だ。一生物として付き合う分にはいいんだけど、立場がプラスされるとどうしても委縮してしまう。


 「カトマト様、突然の訪問をお許しください。僕の名はファウスト・アスナ・レイブ。ワシル・ド・ミラ様とおなじ代表者です」


 ……。


 怒ってるような感じはしない。


 「早速ですが一つ確認をしたいのですが、水に極めて耳がいい生物やこの会話を遠くから理解できる生物はいますか?」


 ……。


 うん、わからん。


 「いるなら水魔法で一本の柱を、いないなら二本の柱を作ってください」


 湖の水が二本、盛り上がる。


 よし。


 「わかりました。それでは、僕の考えを言います。マンデイとマグちゃんもよく聴いておいてくれ。たぶん一度しか言わないから」

 「うん」「わかっタ」

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