第116話 親仔
とりあえず仕事は一段落した。
まだ塞がっていない傷はあるものの、出血も感染もなく経過は良好。
もう少し体力が戻ったらマンデイの治癒魔法で完治までもっていけるとのこと。その後はリハビリになるだろう。
折れた骨を繋ぐために体内に金具を入れているそうだが、取り外しはもう少ししてからではないと出来ないらしい。自分が知らないうちに金具を入れられているというのは妙な感じだ。
体のことを考えるならもう少しゆっくりした方がいいのだろうが、現状そうも言ってられない。
「マンデイ」
「なに」
「ちょっとやりたいことがあるから調べ物をして欲しい」
「わかった。なにを調べる」
「不干渉地帯に生息する生き物だ。コミュニケーションが取れるくらいの知能があって、そこそこ戦える生き物をピックアップして欲しい。群れで生活する習性があればなおいい。性格は穏やかで交戦的でないもの、繁殖期に暴れるみたいな特徴もない方がいいな」
「うん」
「最低でも三種、可能なら四種。ルゥの所有物の中にその生物の魔核があればそれをもってきて。なければその種と交渉して魔核を譲って貰えないか頼んでみようと思ってる」
「わかった」
ボーッとしてる時間はない。創造の時間だ。
スーツの改良はいつも通り。少しずつ品質を上げていく。それしかない。スーツの新調に関してはすでにアイデアがある。
ケリュネイア・ムースの一件のようなどうしても苦しい場面。戦いたくないが戦わなくてはならない場面でこそ真価を発揮するスーツ。綺麗に戦う必要はない。どこまでも
戦える普段着はわりとすぐに終わりそうな気がする。
耐刃、衝撃耐性、魔法耐性は基本だ。動きやすいようにアシスト機能と暗器。いままでに培ってきた技術でなんとか……。
あぁあ……。
作業に没頭すればフューリーやミクリル王子のことを考えないで済むかと思っていたが、無理だな。
いますぐにフューリーの元へ駆けつけたい。不干渉地帯の外が荒れてるというのが気になる。だがしかし幼い主を抱えた不干渉地帯を放ってはおけない。
「ファウスト」
「どうしたマグちゃん」
「魔核ヲなに二使ウ」
「主の友達を造ってやろうと思ってる。それなりに強い生き物が出来たら安心してここを離れられるだろう?」
「ファウストの仲間モ増やシタ方ガ良イ。リズとヨキが抜けタ穴ハ大きイ」
マグちゃんも俺とおなじことを考えていたか。
「体が小さくて賢くて良い子が生まれたら仲間にしてもいいかなと考えてもいいと思ってる。でも優先するのは主の友達だ」
「わかっタ」
「ねぇマグちゃん、主はいまなにしてる?」
「考エ込んでル」
「なにを?」
「親二捨てられタ事だト思ウ」
「どうして捨てられたことを知ってるの? 産まれたばかりなのに」
「お腹ノ中デ話ヲ聞いていタ」
おっと、それは予想外だった。
「連れてきてくれる?」
「わかっタ」
殺す殺さないのあのやりとりを全部聞いていたのか。
元々ケリュネイア・ムースが早熟なのかそれとも主が特別なのかはわからないが、相当なトラウマになったのは間違いないだろうな。産まれてすぐに命を奪われようとしたのだ。それも実の親から。
主は少しふっくらしているように見えた。足取りも確かだ。
ゴマでうまくいったからといって主でも成長するとは限らない。人工のミルクでちゃんと育つか若干の不安があったのだが、この感じなら大丈夫だろう。マンデイ先生の診察でも異常はないし。
「ファウストさん」
「へ?」
「なにか?」
「いや、普通に喋ってるから。ちょっとまえまで上手に喋れなかったでしょ?」
「喉から音を出すのに慣れていませんでした。お怪我の具合はいかがですか?」
えぇっと……。
この仔、産まれて何日目だっけ? こんなに速く知能って成長するの?
「まだ少し痛みます。体力も戻っていません。それよりも驚きました。主様がこんなに早く成長するなんて」
「僕が特別なのかもしれません。主であり忌仔でもあるのですから……」
「主様、忌仔だということにこだわる必要はありませんよ。あれはケリュネイア・ムースという種族の中でそう呼ばれているというだけの話です。あなたはアルビノという特殊な個体なのです。僕もあまり詳しくはないのですが生まれつき色素がないだけですね。同族を喰らうというのは迷信ですよ」
「しかし迷信だけで我が子を手にかけようとするでしょうか。なにか根拠があったのでは……」
親に対する愛があるから責めたくない。だから幼い者は悪い出来事を自分の責任にしようとする。まえの世界でもあった。虐待された子供が親を庇う。自分が悪いんだと思い込む。
「主様、知的な生き物はわからないという状態を恐れるのです。なぜ白い仔が産まれるのかがわからない。だから怖い。だから壊そうとする。壊してしまえばもう怖がる必要はありませんからね」
「……」
「あなたの親のアルマンさんとツェネルさんは立派なケリュネイア・ムースでした。確かにあなたを愛していました。ですが同時に恐怖も感じていたのです。わからないという状態が怖ろしくて仕方なかったから」
「……」
「もう一度ご両親の元に戻りたいと思いますか?」
「……いいえ、戻れば殺されるでしょうから」
重いな。重すぎる。
これは人生から逃げ続けた俺のような人間に解決できる問題じゃない。明らかにキャパを超えてる。
ううう、どうしたもんか。
相手は不干渉地帯の主だ。体だけ救ってもしょうがない。
いずれこの土地の生物の王になならなくてはいけないのだから、いまのうちに器を形成しなくてはならん。
救うなら心も。
「コホン、主様」
「はい」
「もしあなたが良ければですが、僕の子供になってみませんか?」
「え?」
「僕には何人か子供がいます。一番上の子はマンデイ、僕の治療やあなたの世話をしていたやたら綺麗な女の子です。その下にマグノリアがいます。この子ですね。やたら速くて可愛い子。その下にはハクがいます。やたらひねくれた怠け者のフロスト・ウルフですね。白い狼」
「わかります。ファウストさんの仲間ですよね?」
「えぇ、全員僕の自慢の子供です。で、もし良かったらあなたも僕の子供になりませんか? アルマンさんとツェネルさんを忘れろとは言いません。ただ僕のことを本当の親だと思って甘えてみませんか?」
「でも僕なんて……」
「なんですか? 忌仔だから生きる価値がないですか? 本当の親に虐げられたから生きる意味がないのですか?」
「……」
「僕の子供になるのは嫌ですか?」
「い、嫌じゃありません。でも迷惑をかけたら……」
本当に良い子だな。
きっとこの子ならドベベやハマドを越える最高の主になる。
「迷惑? 上等です。子供のためならちょっと位の迷惑なんてなんのその、それが親ってもんですからね」
「ファウストさん……」
「嫌じゃないなら今日からあなたは僕の子です。誰にも文句は言わせません。アルマンさんにもツェネルさんにもこの世界の誰にも! いいですか? いまこの瞬間です。いまこの瞬間からあなたは僕の子になります」
「は、はい」
「今日から僕の事はダディと呼びなさい」
「それはちょっと」
「ならお父さんでもパパでも父上様でもファウストでもなんでもいいです。あなたが僕を父親と思い、安心して暮らせるなら呼び方なんてどうでもいい。わかりましたか?」
「はい、父さん」
「あと敬語は止めましょう。親子なんだから」
「じゃあ父さんも」
「わかった。俺はずっとここにいること出来ないけど、一緒にいる間は腹いっぱい甘えてくれ。えぇっと……」
「ガイマン。僕の名はガイマン。母のお腹にいる時に聞こえていました。男ならガイマンにしようって」
「了解。よろしくね、ガイマン」
「うん」
俺みたいなヘタレ野郎は最初に退路を断った方がいいんだ。親という役割があればもう投げ出せない。保護者としてガイマンを立派な主にしてやるんだ。心も体も。
「そうだガイマン。お前に友達兼護衛を付けてやろうと思ってる。いまマンデイが候補の生き物を調べてるから後で一緒に見ような」
「わかった。ありがとう、父さん」
なんということでしょう。先程まで萎れた花のように落ち込んでいたガイマンの表情がぱーっと明るくなったではありませんか。子供の笑顔というのは素晴らしい。満ち足りた気分にさせてくれる。
なんだこれ。
なんだこのいままでに感じたことのないこの感情は……。
「ガイマンよ」
「なに?」
「おぉガイマンよ」
「え? なに?」
「お前はなんて……、なんて可愛い奴なんだ!」
ガイマンよ。おぉガイマンよ。
そうか……。
これが……、これが父性か……。
「ファストがまた壊れタ」
「なにがあった」
「父性デ壊れタ」
あっ、マンデイが帰ってきた。
「助けて! マンデイ姉さん。父さんが変になった!」
変? なにが変だというのだ。俺とガイマンは親子じゃないか。ヨシヨシしてなにが悪い。
「ファウスト離れて。主が恐怖を感じてる」
「断る! ガイマンの毛はフワフワしてて良い匂いがするんだ! これは俺のだ!」
「その仔は誰のものでもない」
「ヤダヤダヤダヤダ」
騒ぎを聞きつけたハクが面倒臭そうにこちらにくる。そして鼻で笑う。
またアイツがバカをしてる、みたいな感じで!
「おいハク! いま鼻で笑ったな! 見たぞ! バカな奴だみたいな感じで笑ったな! 今日という今日は許さんぞ!」
「ファウスト。傷口が開くから興奮しないで」
「いまハクが笑ったんだ!」
このひねくれ犬め!
「ファウスト、落ち着いテ」
「落ち着いてる! 俺はいま幸せなんだ! 幸せをかみしめてるんだ! それなのにハクがぁ、ハクがぁぁああ」
もう辛抱ならん。フューリーさん家の里子に出してやる!
「マグノリア、ファウストに鎮静毒を」
「わかっタ」
え?
「おい止めろ。マグちゃん? ダメだよ?」
「ファウストにハ鎮静ガ必要」
「おいバカ! 止めろ」
止めろ、止めろっ――
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