第98話 闘技場

 ◇ ファウスト ◇


 『マグちゃん。無事?』

 『うン』

 『よくやった、ゆっくり休んでくれ』

 『わかっタ』


 良い感じに攻めてる。こちらの損害も少ない。


 敵の戦力はチラホラ散見される程度。


 余程のことがない限り、ここから巻き返される可能性はないだろう。


 あっヤバいフラグみたいになった。違いますよー。フラグの神様、これは違いますからねー。


 詰めの一手としてジェイと二人で雨を降らせたが、なかなか良かった。うちには雨が降ることによって、ちょっとひく位の強化をされるメンバーが二名在籍している。


 まずはマンデイ。


 ただでさえバカみたいな火力をしている彼女だが、水と光魔法の使い手でもある。普段のメインは蹴りとメイス、補助として光魔法を目眩めくらましとして利用しているが、雨が降るとまた別のスタイルをとれる。


 降った雨を使って拘束、ゆっくりとスーツで力を溜めて、全力の攻撃が打てるのだ。


 敵はあの高火力を回避することも出来ずに正面からもらうことになるわけだ。同情する。本当に気の毒だ。


 次にハク。


 種族的な魔法の偏りとして、フロスト・ウルフは氷魔法を使う。普段は空気中にある水分を使って氷の玉を生成したり、直接的に凍傷を狙うようなスタイルなのだが、雨が降ると状況が一変する。


 具体的にどうなるかというと、いま眼下に広がっている光景、凍傷で足がもげた兵士や、氷の彫刻。こんな風になる。


 少しやりすぎな気はする。本当に気の毒だ。


 一方、雨に弱いメンバーもいる。


 その代表格がマグちゃんだ。


 高速で飛行するマグちゃんは雨が当たったら痛い。といって重量の観点からスーツの耐久性にも限界がある。


 飛行速度が落ちるのは耐久力が皆無のマグちゃんにとってかなり辛い。


 だが今回は最初から【愛の毒薬】を生成して疲れ切っていたマグちゃんに無理をさせるつもりはなかった。彼女がするのは最低限の仕事のみ。つまり、敵のラピット・フライと送り雀の殲滅だ。


 それが終わった時点で撤退する。雨の戦場には立たせない。


 戦場の上空を飛行していると、見慣れたシルエットが目に入ってくる。


 『マンデイ、ゴマ、ハク、無事か?』

 『ユキを倒した』

 『『gujoなぢyobiらぃ』』


 なんだ? ゴマとハクのテンションがやたら高い気がする。【ホメオスタシス】効いてるから感情の起伏はないはずなんだけどな。


 後で過剰なコミュニケーションを取られそうだ。あの巨体をスリスリされて潰されそうになるやつ。


 『よくやった。そろそろ仕上げをするから準備をしててね』

 『うん』


 制空権も取れてる。


 ドミナ・マウが操作する飛竜はもういない。


 綺麗に掃除された空を優雅に飛んでいるのは不干渉地帯の主、ムドベベのみ。地面に転がる飛竜の残骸、その上空をゆったりお旋回するムドベベの姿は、完全に空の王者の風格だった。


 『ムドベベ様、お疲れ様でした。さすがは不干渉地帯の主様、危な気ない戦いぶりでした』


 ……。


 …………。


 感情はよくわからないが、喜んでいそうな感じはする。


 そのまま飛んでいるとバッサバッサと敵を斬り伏せていっているヨキを見つけた。


 『ヨキさん無事ですか?』

 『あぁ問題ない。が、リッツを逃した』


 まぁヨキは死ににくいから正直あんまり心配してなかった。一度体を破壊した上で魂を壊さないと完全には死なないし、不干渉地帯の獣のフォローもある。普通の戦場で命を落とすような性能には造ってない。メッタメタに対策されない限りは無事だろう。


 『舞将リッツの優先度は低いので気にしないで下さい。そろそろ決着が着くでしょう。もう一踏ん張りです。頑張りましょう』

 『あぁ、わかった』


 後は……。


 壁上で執行人をしているリズか。


 『リズさん。無事ですか?』

 『私はなんの怪我もしてません。ですが……』

 『ですが?』

 『ルベルさんを殺してしまいました。最初は殺さないように肩を撃ったのですが、それでも止まらなくて』

 『リズさんがそこで引き金を引いたからこそ、ここまで状況が安定しているんです。もしルベルに釘付けにされていたら、ドミナ・マウを攻撃することなんて出来なかったのですから』

 『そう、でしょうか』

 『少なくとも、リズさんのお陰で誰一人欠ける事なくここまで戦況を安定させる事が出来ました』

 『……』


 後でメンタルのフォローが必要かもしれない。


 飛竜隊と魔術師隊には悪いが、彼らの出番は少ないかも。このまま残った戦力でデ・マウを遠距離からチクチクしたら決着がつきそうだし。


 と、思ったのも束の間、デ・マウがなにかの魔術を発動した。


 すると戦場にいる獣、兵士、【ホメオスタシス】の処置をしていないすべての生き物が、変になった。自分の腕に噛み付いたり、敵味方関係なく武器を振るったりと、阿鼻叫喚の様相だ。


 おそらくデ・マウのとっておきだろう。戦場に死体を量産する手段。


 出来れもう少しデ・マウに魔力を吐かせたかったのだが、あんまりのんびりしてると被害が拡大する。贅沢も言ってられない


 『皆さん、生存第一でもう少し時間を稼いでください。決着をつける』


 と、指示を出したのだが、不干渉地帯の生物を狂わされて傷つけられ、プチンときてしまったムドベベ様が破茶滅茶な規模の魔法をデ・マウに飛ばした。


 可哀想に、ありゃどんなに魔術が凄かろうと助からない南無三南無三レベルの魔法だったのに、土煙が晴れると魔法を食らうまえと変わらず魔術を行使し続けるデ・マウがいた。


 さすがは稀代の魔術師の兄弟。千年の時を生きぬいた男。体を乗り換えて弱っていてもこれだ。


 俺は地上に降りてフューリーにジェイを引き渡した。


 「まちなさい。私はまだ戦えるわ」

 「ここからは戦える戦えないの話じゃありません。生きるか死ぬかの話になります」

 「この私が死を恐れるとでも!?」

 「ジェイさん。あなたはまだ生きていなくてはいけない。世界一の魔法使いになるんでしょ?」

 「アンタだって一緒じゃない! まだ生きていないといけないじゃない!」

 「僕には死んでも倒さなくちゃいけない相手がいるんです」


 俺とジェイが言い合っていると、フューリーが助け舟を出してくれる。


 (ジェイ、この男はそう簡単には死なん)

 「わかってるわよそんなこと! でも……」


 まったく過保護な奴だ。


 「ジェイさん、安心して見ていてください。絶対に勝ってきます」


 惚けた様に俺を見るジェイ。


 「わ、わ、わかったわよ! さっさと行きなさいバカ! ちゃんと戻ってこないと承知しないわよ!」

 「当然。僕を誰だと思ってるんですか」

 「待ってるから……」

 「はい!」


 俺は翼を広げて飛ぶ。


 大丈夫。負けない。


 俺はマンデイを抱えてデ・マウの射程外の高高度へ飛んだ。


 それを確認したリズが壁の上に備え付けてある号砲を撃つ。


 『心の準備は出来てるか、マンデイ』 

 『出来てる』

 『それじゃ、あの性悪ストーカー根暗非モテ残念野郎をぶっ飛ばしに行こう』

 『うん』


 空中にルドが【ゲート】を繋げる。


 そこから出てくるのはウェンディとワイズが指揮する飛竜隊。


 俺とマンデイは下降する。デ・マウの元へ。


 飛竜隊が決められた場所に柱と玉を落下させる。


 俺は玉をめがけて飛ぶ。


 そして、玉が備蓄していた魔力を解放し、柱へとリンクさせる。



 【電気魔法・闘技場コロッセオ



 間を空けず双子ちゃんが【ゲート】から出てくる。


 「いくよオスト!」

 「いいよヴェスト!」

 「「はい! 障壁」」


 想定されるパターンは無数にあった。


 不干渉地帯の先代の主、ハマドを毒で倒すパターンや、ヨキが押し負けるパターン、リズが釘づけにされてドミナ・マウを攻撃できないパターン、雨を降らせてもマンデイが前線を押せないパターン、誰かが負傷し救援が必要なパターン、すべの箇所で競り負けて撤退以外の選択肢がないパターン。


 だが、どう展開しても戦えるように準備をしてきた。メンバーにも立ち回り方を指導し、必要な物品は創造し、不備のないよう環境を整えてきた。


 戦況に応じて柔軟に動き、適切に対処できるだけの力が、俺たちにはある。


 だが詰めの一手、これだけは殆どのパターンに共通していた。


 デ・マウと戦う上で最も面倒臭いのは付与術と幻覚の魔術。攻略するためにはコレをなんとかしないと話にならない。


 と、言うわけで、付与術にはボディリング、幻覚の魔術には【ホメオスタシス】を創造して対処した。だが生物の大量発生スタンピードで新しく生まれた生物にそれらを造り配布するのには手も物も足りなすぎた。


 だからこちらも敵を弱体化をすることにした。毒である。


 こちらの生物には【愛の毒薬】の症状を緩和するために特別に調合した解毒剤を使っておく。その上で毒を散布。これで敵軍だけが弱るという状況が生み出される。


 毒が入るとどうなるか。デ・マウは弱った仲間をフォローするために魔術と付与術をフル回転しなければならなくなる。負担を増やすことが出来るのだ。


 詰めの一手を切るのは相手の軍が毒と戦闘で疲弊した頃合い。デ・マウが強化をし続けて大量の魔力を消費した後だ。


 その段階で、空から闘技場が降ってくる。


 仕組みは俺と子機の関係と一緒。


 地熱発電で余っていた魔力を貯め続けていたタンクを衝撃に強い玉の形に変形させ、ある特定の物に魔力を送り続けるよう設定する。子機とドローンの役をするのは柱。玉から送られてきた魔力を電気に変換し、ドームを形成する。電気のドームの中にいる者が外に出る場合、また外にいる者が中に入ろうとする場合、ビリビリビリビリと痺れて骸骨になるという仕組みである。


 デ・マウが【闘技場】を抜け出すためには玉か柱を破壊するしかないのだが、そんなことは出来ない。なぜなら俺とマンデイが邪魔をするからだ。


 しかし外から電気のドームを崩す方法がある。外から柱を攻撃すればいいのだ。


 弓兵や魔法使いが遠くからチクチクすればいいだけ。実に簡単である。


 が、それも出来ない。なぜなら電気のドームの外側に双子ちゃんが障壁を張っているから。だからドームを構成する柱は絶対に安全、な、だけじゃない。双子ちゃんの障壁にはある特徴がある。あらゆる物を遮断する、という特徴だ。


 ドームの中にデ・マウがいる。そしてデ・マウは魔術と付与術で味方の支援をしている。現在は狂化の魔術。ドームの外側に張っている双子ちゃんの障壁はあらゆる物を遮断する。


 するとどうなるか。


 いままでデ・マウに強化され、毒で弱った体を無理に動かしていた兵士たち。痛みも感じずに戦い続けた彼らは、思い出す。


 絶望的な状況や、体の痛みを。


 デ・マウは触れた魔術を分解する魔術殺しの魔術を使用する。だから双子ちゃんの障壁に触れたい。でも触れるためには【闘技場コロッセオ】をどうにかしなくてはならない。


 外の人はデ・マウを救いたい。でも障壁はあらゆるものを遮断する。


 後は俺とマンデイがデ・マウに勝てるかどうか。これにかかっている。


 「やぁ、こんにちはデ・マウさん。僕はファウスト・アスナ・レイブ。で、こっちがマンデイ・ファウスト・レイブ。初めましてになるのかな? どうぞよろしく」

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