第87話 雌 ハ 強イ

 眠たい。意識が朦朧もうろうとする。辛い。


 睡眠不足は創造の敵だ。生産性を著しく下げる。


 ふかふかのベッドで泥のように眠りたい。だが仕事はまだ残っている、


 農園はフル稼働。眠っているあいだに変な成長をされると確実に期限に間に合わないから仮眠もとれない。マンデイはルゥとマクレリアの世話とか色々大変そうだから頼みにくいし……。


 「ファウスト」


 おっ、マグちゃん。毒生成のしすぎでグロッキーだったけど、元気を取り戻したようだ。


 「どうした?」

 「飛竜ガ来てルらしイ」


 体勢を整える暇なんてなかったと思うんだが……。随分と早い対応だな。焦ってくれてるのかな?


 「迎撃しよう。マグちゃん、毒は使える?」

 「使えル」


 ムドベベ様にも協力要請をしなくちゃだな。さすがに疲れ果てた俺とマグちゃんペアじゃどうにもならん。


 「わかった。相手が生きてる飛竜なら乗り手を攻撃してくれ。ドミナ・マウが操ってる死体なら送り雀をとして。マンデイはゴマとハク、ヨキさんに声をかけて戦闘準備をして欲しい。俺とムドベベ様、マグちゃんが飛竜を落とすから捕縛、あるいは飛行能力を奪う。フューリーさんはムドベベ様を呼んできてください。リズさんは木の上から狙撃。一発撃ったら移動を忘れないように。それでマグちゃん、敵の数はどれくらい?」

 「一頭」


 ……。


 はい?





 絶対に嘘だ。


 ウザ飛竜がこんなちんちくりんのはずはずがない。


 「本当にあなたが竜将ワイズなんですか?」

 「ですです。僕がワイズです」


 違う。だまされるものか。


 だが、これが嘘だとすると……。


 うぅう、まったくわからん。


 もし俺が相手の立場で、亡命者を装った人質救出作戦をするなら、もっと竜将っぽい奴を選出する。威厳がある奴、落ち着いた奴。


 少なくともコイツだけには任せない。


 なんかバカっぽいし、交渉事とか向いてなさそう。


 でも飛び方的に本物っぽかったんだよなぁ。


 なぜ一頭?


 飛竜隊の根幹はチームワークだ。いままで戦ってきたからよくわかる。一頭が敵の注意を引き、後ろから刺す。味方が傷ついたら率先して救助に。味方がいるからこそおとりにもなれるし、ある程度リスキーなことも出来る。


 だが、これでは……。


 ヤバい。マジでわからん。


 うちの身内の残念担当の子も敵陣に一人乗り込んで戦争を止めようとした経歴があるが、まさか自分がされるとは思わなかった。


 罠だよな? ガチじゃないよな?


 「ワイズさん、訊きたいことが山盛りなんですが……」

 「なんでしょうか」

 


 Q,あなたはどうして一人で来たんですか?


 A,一人の方が警戒されないかと思いまして、はい。それに僕は逃亡兵。現在いま周りにいる乗り手はつ、つ、つ、妻のウェンディさ、ゴホン、ウェンディだけ。さっき結婚したばかりなのに、不干渉地帯を飛ばせたせいで殺された、なんてのが嫌だったので……。



 Q,危害を加えられるとは考えませんでしたか?


 A,あなたと戦っている時に戸惑いのようなものを感じました。生き物を傷つけることへの躊躇ちゅうちょを。だからあなたなら僕の気持ちが理解できるのではないかと。



 Q,気持ちとは?


 A,王国は飛竜を潰して意思のない兵器にしようとしているのです! 竜騎士同士の救援、救助も禁止されました! このままでは飛竜が絶滅してしまう!



 Q,王子を救出しに来たんじゃないんですか?


 A,はい。



 Q,ホントに?


 A,あっはい。僕は愛国心から兵士になったのではなく、飛竜が好きで竜将をやってたので王子様の救出にはあまり興味がありません。ただ僕に最高の仕事を与えてくれた恩人でありますので、あまり酷いことはしないで欲しいです。



 Q,ホントにホントに?


 A,本当に。



 Q,ウェンディさんはいまどこに?


 A,飛竜の谷という場所にいます。王国の飛竜と野生の飛竜がケンカしないように管理していま、はっ! どうしてつ、つ、妻の名を!?



 Q,ワイズさんが言ってましたけど?


 A,そうでしたっけ?



 Q,王国の飛竜が野生の飛竜の縄張りに入っていっても大丈夫なものですか? ウェンディさんがどのような人物かはわかりませんが、一人でどうにかなるような問題ではなさそうですが。


 A,ウェンディさ、ゴホン、ウェンディは可憐な女性で、頭が良くなんでもそつなくこなします。飛竜も基本的には気のいい連中なんでこちらに攻撃の意思がなければ襲ってくることはありません。彼女がいればうまくいくでしょう。



 うぅん。信じるべきか疑うべきか。


 いまミクリル王子を奪われたら、すべての労力が水泡に帰す。


 どうしたもんかな。


 『マンデイ』

 『なに』

 『ワイズの話に信憑性があると思うか?』

 『わからない』

 『だよねぇ』


 罠かな。罠だとしたら、どこに仕掛けが隠されてるんだろう。


 疑わしいのは飛竜の谷か。


 そっちに注意を向けて王子を奪還する気かも。


 とりあえず話の真偽は確かめよう。


 王子の護衛をヨキ、フューリー、リズ、ゴマ、双子にお願いして、マンデイはルゥとマクレリアの面倒を。残りで飛竜の谷に行ってみるか。


 「ワイズさん、ウェンディさんに会いたいのですが、可能ですか?」

 「会ってどうするつもりですか? もしかして協力する見返りとしてあんなことやこんなことを……」

 「あっ全然興味がないので安心してください。ワイズさんの話の真偽を確かめたいだけです」

 「でもウェンディさんは可憐ですよ」

 「人の奥さんに手を出すほど落ちぶれてません」

 「そ、そうですか」


 やっぱ違うなぁ。想像してたウザ飛竜とまったく違う。


 この人があんなトリッキーな攻め手を……。


 ん?


 あっ、そうか。そういうことか。


 「もしかして僕を迎撃した時の戦略を練ったのは奥さんですか?」

 「え? あ、はい、そうですけど」


 なるほど納得しました。


 「ルドさん【ゲート】を。ゴマ、リズ、オスト、ヴェスト、ヨキをフューリーとミクリル王子の元へ送って貰います。マンデイは留守番してルゥとマクレリアの面倒をお願い。マグちゃん、ハク、ジェイさんは付いて来て。今回の目的はワイズさんの話の真偽を確かめること。なので谷の飛竜には手を出したり生態系を壊すようなことはしないように。ワイズさん。最後に確認します。僕に言ったことに嘘はありませんか?」

 「ないです」


 うぅん。一回カマかけとくか。


 『ワイズにカマかけます。いまから言うことは嘘ですので』


 メンバーにだけは通信で確認てしておいて……。


 「わかりました。みんな、もしワイズさんの話が嘘だと判明したらその場で飛竜全滅に目的を切り替える。相手を無力化した上で翼をもぎ取り死体を利用できないようにするつもりだから戦闘準備はしていってくれ。あとワイズさん、もし嘘だったらあなたもあなたの家族も命はありませんので覚悟をしておいてください」


 さてどう出るかな。


 「大丈夫です」


 うぅん自然だ。嘘はついてなさそうなんだよなぁ。となるとマジなのかな? やっぱり残念悪魔系統の人なのかな?


 いやまて。飛竜が好きだという設定自体が嘘だという可能性もある。飛竜が全滅してもなんとも思わない人物。あるいは飛竜を攻撃させるのが目的とかもあるか? さすがに考えすぎな気はするが。


 マズい。思考が迷宮入りしてる。




 そんなわけで、飛竜の谷まで移動したのだが、飛竜の谷は実在したし、とりあえず罠らしきものはなかった。


 飛竜の谷はなんとも美しい場所だ。


 桁違いのスケールの自然がある不干渉地帯でも見ないような独特の地形。


 峡谷きょうこくと表現すれば一番近いかも知れない。


 切り立った崖に挟まれた空間。空から射す柔らかい光が、まるでやりすぎた宗教画みたいに谷を照らしている。光と闇の明確な輪郭りんかく、流れる川の水の音、飛竜の鳴き声。


 ここ、前世だったら絶対に観光スポットになってるわ。


 「綺麗な場所ですね」

 「はい! 僕はここが大好きなんです。飛竜の楽園。デルアの宝です。外敵も少ないので、ここに住む飛竜の性格は穏やかで思いやりのある子が多いし、食べ物も水も沢山ある。あ、でもいまの時間帯に巣にいる子は気が立ってるので刺激しないようにしてくださいね」

 「気が立ってる?」

 「子育て中の母親がいるので」

 「なるほど、繁殖期なんですね」


 そういえば、普通の飛竜よりも少しキーの高い鳴き声が聞こえるな。


 「いや、デルアの飛竜に特定の繁殖期はありません。他の地域の飛竜には決まった繁殖期があるのですが、デルアの飛竜は好きな時に繁殖行動をするんです。環境が安定しているからかもしれませんね」

 「へぇ」

 「飛竜は意外とロマンチックなんですよ。愛していないと結ばれない。そして一度結ばれた相手とは絶対に離れない。普段は温厚なんですけどね、恋人や妻、夫を傷つけられると豹変します。だからよく観察して接しないとダメです」


 飛竜は奥が深そうだ。


 いれば輸送とか楽になりそうな気がしたんだけどな。知識がないと飼うとなると難しいのかも。


 だが……。


 「結構おもしろそうですね、飛竜」

 「そうなんです! ファウストさんならわかってくれると思ったんですよ! 戦ってて感じました、本当は優しくて生き物に愛のある人なんだろうなって。うわさなんて嘘だって」

 「妙な噂が立ってるみたいですからね」

 「えぇ、不干渉地帯に呪われた頭のおかしい鳥人間が無差別に攻撃してくるって」


 の、呪われた……。


 言いたい放題だな。


 「心外ですね」

 「ですです。こうやって話してみると全然頭がおかしい感じじゃないですもんね!」

 「呪われてもいませんしね」



 Gyuryaaa!



 ん? 飛竜がケンカしてる。出血してるようだ。


 もしかして王国と野生の飛竜が……、とワイズに視線を送る。


 するとこう返ってきた。


 「あぁ、大丈夫ですよ。あれは二頭共野生の飛竜です。大方オスの方が浮気でもしたのでしょう。色好っぽい顔をした子ですし」


 よくわかるな。さすがは竜将。


 にしても激しいケンカだな。一方的にやられてるのがオスかな? 可哀想に。


 「飛竜のケンカは凄いですね」

 「あれは特に凄いです。おそらく一度や二度の浮気じゃないんでしょう。あのメスの子、怒り狂ってますから」

 「攻撃してる方がメスなんですね」

 「えぇ、どの生物でもメスは強いです」


 メスは強い、か。


 そういやうちの女性陣も強いな。


 もしマンデイとあんな風にケンカしたら……。


 いやよそう。これは想像したらダメな種類のものだ。


 「確かに。メスは強い」


 もう浮気なんてしちゃダメだよ。飛竜君。




 「それでワイズ君は私に黙って狂鳥の所に行ってたわけだね?」

 「はい、そうです」

 「つまり君がやったことは、神の土地、巨大生物がわんさかいる危険な土地の上空を飛んで、好戦的で慈悲がないと噂される狂鳥のアジトに乗り込んで、竜の谷の情報を漏らして、そしてその頭が変だって言われてる鳥人間とその一味を君がなによりも大切にしているこの竜の谷に導いて、新婚ホヤホヤの愛妻に引き合わせてるわけだね?」

 「……」

 「君はアレかな? 飛竜を愛しすぎて脳みそまで飛竜サイズになっちゃったのかな? 昔からおバカな子だったけどここまでバカだとは思わなかったよ」

 「でも結果よかったじゃないですか。僕が思った通りファウストさんは優しい人だし」

 「もし噂通りの狂った鳥だったら君は八つ裂きにされて飛竜は全滅して私はなぐさみみ者にされてたかもね。でも良かったね、うまくいって」

 「……」

 「これからもそういう風に自分で勝手に考えて行動すればいいよ。それで私が傷つくことになっても飛竜が苦しむことになったとしても君がやったことなんだから後悔しちゃダメだよ?」

 「すいません……」

 「え? なに聞こえない」

 「すいませんでしたっ!」


 やっぱりメスは強い。

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