第36話 農家サン

 オシッコ用の砂は水分で固まり、形が出来る。そして水分を抜けば砂に戻る。


 つまり水分が橋梁かけはしとなり、一つの塊になっているのだ。


 俺の周りには似たようなものがいくつも存在している。例えば管理者の声。単体としては唯のノイズだが、それがある配列になった時、意味をもつ。


 生物の体もそうだ。目にみえないほど小さな物質が集まって細胞になり、細胞が集まって組織になり、組織が集まって器官になっている。物質と物質、細胞と細胞の懸け橋になっているのは水分であり、情報なのだ。


 なにも最初から完成された体を造る必要はない。ヨキの存在が懸け橋になり機能する、いくつもの細胞、あるいは物質を造ってしまえばいい。


 臓器は必要ない。骨も筋肉もいらない。


 例えば食事をする時、決まった形の臓器が消化するのではなく、ヨキの体を構成する全細胞で吸収してしまえばいいのだ。そうすれば普通に食事をしているように見える。


 だが外皮はどうするか。俺が造ったものは黒くなってしまう。体のすべてが黒色の人なんていないぞ。あっ、そうだ。特徴を付与せず、色だけを指定すればいい。配置をコントロールするのはヨキ自身。自らの輪郭に沿って、色つきの細胞を置いていけばいいんだ。


 敵から攻撃を受けたら体を小さな細胞に分解してしまえば衝撃を受け流せる。実体のないレイスの強みが生きるってわけだ。こりゃ狩りが楽になるぞ。


 集団で生活するにしても人と同じ見た目をしているため、まったく問題がない。しかもヨキが成仏して意思を失えば高度な指示が出来なくなるから、体は無数の物質に戻る。捨てられた体について思い悩む必要もない。そのうえレイスが別の意思を獲得しても流用できる。


 これだ。これが解答だ。


 どんなパターンにも対応できる。


 「マンデイ」

 (なに)

 「ヨキの体を造れる」

 (どうするの)

 「砂だ。砂で造る。ヨキの指示で動き、形になる砂で体を造るんだ。オシッコで固まった砂を見ていて思いついた。砂の塊は一つの物に見える。だが本当は水分でまとまった集合体にすぎない。生物もそうだ。細胞の集合体にすぎない。ヨキがうまくコントロール出来れば普通の生物と同じように動けるようになる」

 (へぇ)

 「なんだ、反応が薄いな」

 (うまく想像できない)

 「明日だ。明日見せてやる。それとな、もう一つアイデアがある。それも明日だ」

 (楽しみにしてる)


 この興奮を抑えるのには少し骨が折れそうだが、不眠はいいパフォーマンスの敵だ。今晩は眠ろう。




 翌日。


 「おはようございます。ルゥさん」


 朝食時、みんながそろったタイミングでルゥに声をかける。ルゥは黙ってこっちを見ているだけで返事をしない。チッ、無精じじいめ。


 「血液を少しくれませんか? 口のなかの粘膜でもいいので」

 「なになに。ルゥの体を使うのぉ?」

 「えぇ、昨日考えてたんです。僕の周囲には種族的に優れた生物、ルゥさんのように圧倒的に強い個体がいる。しかし代表者である僕は残念ながら弱者です。まず認めることからはじめました。自分は弱いのだと。そのうえで考えました。僕だけに出来る方法でスペシャルな存在になれないかと」

 「で、ルゥの体を使うことにしたの?」

 「そうです。強い生物や個体がいるのなら、その一部を再現すればいい。僕の能力は創造することです。より良いものをベースにして防具や体、武器を造っていけばいい。これが僕が強くなる、僕だけに与えられた道です」

 「なるほどねぇ。いいんじゃない。で、血はどこからとるのぉ?」

 「指先からとりましょう。少し痛いですが」


 と、ルゥの表情をのぞき見るが、まったく変化がない。これが怖いんだよなぁ。せめてなんか変化があってくれ。嫌がってるのか許可してくれてるのかまったくわからん。


 「いいですか?」

 「大丈夫だよぉ」


 通訳ご苦労、マクレリア。


 作業、開始。


 外に出ると小雨がぱらついていた。


 まずカプセルとマッドサイエンティストゾーンに屋根と壁を造った。アホの主様が攻撃してきても大丈夫なように、衝撃や打撃に強くしておく。ついでに生み出されるエネルギーを使って発光する電灯と、ランダムに地面を走行する簡単なラジコンを造っておいた。ラジコンはゴマの玩具用。


 発電機のお蔭で魔力の心配をしなくていいのはやっぱり楽だ。これからも様々なエネルギー確保のソースを考えていこう。最後に鏡を造って作業の第一段階が終了した。


 昨日サボったせいでいつもよりマンデイとハクの魔力が少ない。申し訳ないことをした。早速マンデイとハクをカプセルの中に入れる。


 目論見どおりゴマはラジコンを追いかけてくれた。非常に楽しそうだ。良い物を造った。


 俺はベースとなるルゥの細胞の培養をはじめた。彼は人という種族のなかで最も優れた遺伝子をもつ個体の一人だ。常識外れの長寿、比肩するものがないほどの魔力変換効率。ルゥが後天的に獲得した能力も勿論ある。だが、それ以上にベースのスペックが高い。この細胞が、どういう働きをしてくれるのかが楽しみだ。


 「ヨキさんにしてもらいたいことがあります」

 「なんだ」

 「自分の体のイメージを固めてもらいます。爪の形から髪の生え方。顔のパーツの場所、角度。小さな部分まで完璧に」

 「わかった」

 「鏡を造ったので、それを見てしっかり覚えてください」

 「あぁ」


 よし、ヨキの体を構成する細胞造りだ。イメージするのは砂。ヨキの指示に従って動く砂だ。軽くて簡単には壊れず、エネルギー効率がいいものを。ヒダをつけてもいいかもしれない。細胞同士の結合がしやすくなるだろう。


 「おい」


 チッ。なんだよ、集中しているのに。


 「なんです?」

 「映らないぞ」

 「え?」


 幽霊、鏡に映りませんでした。


 しょうがないな。別の手段を探してみよう。


 とりあえずヨキの体のイメージは保留。細胞造りをはじめる。


 ヨキの体を構成する細胞の形や機能はわりと簡単に決まった。


 機能性や目的を考慮すれば、デザインは限られてくる。制限されるだけ、選択肢が絞られるだけ、造りやすい。


 問題があるとすれば新しい素材。今回成長する因子グロウ・ファクターのベースにするルゥの細胞だ。


 彼は個体として老いている。細胞も若くはない。あれこれ試してみたが、細胞を若返らせる手段は思い浮かばなかった。やはり【創造する力】、生き物には無力だ。


 このまま造ってしまうのも手かも知れん。なにせ最強の個体、どうにかなりそうな気もする。


 だがそれが最も理想的な形とも言えない。ヨキがこれからずっと使っていく体だ、妥協したくない。それともルゥの細胞の使用を見送って俺の細胞で造るか? それも一つの手ではある。ルゥの細胞を使うというアイデアだけを温めておいて、いずれ技術力や知識が追いついた時に実行に移してもいい。


 マンデイずっと勉強してるし、なんか打開策があるかもしれないと、魔力の供給を一時中止、尋ねてみた。すると。


 「分化のタイミングで未成じゅくな細胞をさい取して……」

 「な、なんて?」


 すっかり賢くなってしまったマンデイ大先生の意見はこうだ。


 俺の培養液はAという細胞から、それを模倣したA´という細胞を造るものなのだが、老いた細胞はそのまま老いた細胞としてコピーされる。だから一つの細胞Aを分化の途中で止めて、未成熟な細胞aに変換。そのaをコピーしていく。


 出来たa´は、その状態のまま発達させず、活性化させつつ成熟させていく装置を造る。すると老いてダメージを受けた細胞は、若々しく、ベストな状態の細胞になるのではないか、とのことだ。


 うん、さっぱりわからん。


 もしかしてこれが成功したら老いとは無縁になる? 新しい体を造り続ければいいのだから。


 むむ、なんか俺、手を出しちゃダメな分野に手を出してる気がするぞ。


 とりあえず開発するだけしといて、悪用されないように見張っていればいいだけの話かな?


 マンデイには再びカプセルに戻ってもらって、未成熟のままの細胞を採取するための環境を造りはじめる。


 まず細胞を活性化させるシステム。


 発電機によって生み出された魔力を、再び吸収しやすいエネルギーに変換させるフィルターを造る。


 これはルゥの細胞、A´で実験を繰り返そうか。最もルゥ細胞がポジティブな反応をするエネルギーに変換させるのだ。


 さっそく試してみるが、なかなかうまくいかない。悪戦苦闘しているうちに日が暮れくる。もっと時間が欲しい。


 家に戻って食事をとったが、細胞のことが気になってしょうがない。


 「マクレリアさん。保存食みたいなの出来ませんかね」

 「どうしてぇ?」

 「こっちに戻ってくる時間が勿体なくて」

 「そんな自分を追い詰めなくてもいいじゃない。気持ちはわかるけどさぁ」

 「ゆっくりしてる時間はないんです。僕はまだまだ弱い。せめてフューリーさんと同レベルくらいにはなりたい」

 「そっかぁ……。食事は届けてあげるよ。ま、無理しない程度に頑張って」

 「はい」


 俺が作業に戻ると伝えると、マンデイと二匹の犬、ヨキもついてきた。ついでだからマンデイとハクには、魔力の吸収をしてもらおう。


 カプセルゾーンに戻った俺は設備の増強からとりかかった。


 まず建物全体を半球体に改造。箱型より風や揺れに強いだろう。衝撃や振動に強くするために、いくつかの柱を造り補強した。


 安全に家に戻れるように、魔術の通路を建物のなかに設置。外界との接触がなくなるため電灯は多めに造っておく。次いでいくつかのファンを創造、常に新鮮な空気が入ってくるようにする。建物の隅にベッドや、微生物による分解を促進させたトイレ、地熱を利用した風呂も造ってみた。


 この場所にいる時間が長くなるんだ。生活は快適な方がいい。


 そういえば実家を出てから風呂、入ってなかったな。濡れた布で体を拭く程度だった。


 楽しみだな。ベッドも家の物とは比べ物にならないほどフカフカしてる。


 魔王討伐したら家具屋さんでもはじめるかな。


 あっ、もちろんマンデイ用の読書用スペース、ゴマとハクの遊び場とかも忘れてないよ?


 これからは、よりいっそうの魔力不足が懸念される。二基目、三基目の発電機を創造しなくてはならない。あって困るものじゃないしね。


 実験用シャーレや、培養液で満たした容器も大量に造っておいた。そろそろ白衣と色つき眼鏡が必要になるかもしれない。


 ここは【農園】と名付けよう。


 新しい細胞や道具を栽培する農園だ。俺はさしずめ農夫といったところ。


 オッケイ。完璧だ。細胞造りにとりかかろうか。


 やることは山積みだ。にしても、お風呂、いい感じだな。しっかり疲れがとれるように広めに造ったんだ。ゴマやハクも入れるように浅い箇所を造るという愛の設計。勿論ジェットバス付きだよ? ノリで創造した入浴剤も楽しみだ。気持ちいいだろうな……。いや、作業だ。まずルゥの細胞を活性化させるエネルギー造り。これをしてしまわないことには話にならん。あっ、なんか培養液に浸かった細胞って、お風呂を連想させるな。


 いいなー。気持ちよさそうだなぁ。




 地熱風呂は、とてもいい湯加減でした。


 (気持ちいいね)

 「そうだなマンデイ」


 明日だな。明日から本気だそう。

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