第158話 盛信の最後

 桃と紅は凧を追いかけていたが当然間に合わず爆発の後、倒れている井伊直政を見つけた。


「井伊様、しっかりしてください。上様はどこですか?」


「桃殿か、上様は後方へ引かれた。いや、いかん。上様は戦に参加する気だ、止めてくれ!イタタ、叫ぶと響く」


「死ぬ怪我ではなさそうですね。じっとしててください、後でまた来ます」


 2人は直政をそのままにして勝頼を追うため後方へ向かった。相変わらず冷たいというか冷静な人達だ。最も適切な行動を選択できる。女子だが見習うところが多い、慶次郎が気に入ってるのもわかる。あの爺さんとくっついたらいいのになあと思いながら大の字になって空を見上げた。 えっ!


「えええええええええ!!!! イタイイタイ」


 叫んだ、痛かった、そんでもって痛さで気を失う井伊直政であった。






 信勝が後方の戦場へ着くと、それに気づいた慶次郎が


「上様、ご無事で。その格好はまたまた。何やら音がしましたがやはり空からですか?」


「例の凧に爆薬がぶら下がっていて落ちてきおった。それと敵の甲斐紫電が降りて来ていきなり斬りかかってきた。余ではなく影武者にだがな」


「ほう。見事な攻めですな。ただ今回は敵にとっては小手調べでしょう。さて、今、盛信軍は残り百名程。マキビシの向こう側に竹襖を設けて、そこから矢を撃ってきています。どうやら鉄砲は持っていない様子。捨て駒ですな」


「油断はするな。今回伊賀忍び、兵もだいぶ失った。これ以上消耗したくないところだ。敵の増援でもくればひとたまりもないぞ」


「増援はないでしょう。ここは京の街から近いゆえ人の目が多いので。盛信なら武田の内乱になりますが、秀吉が軍を差し向ける理由がありません。義が立たぬゆえ。関白でなければできましょうが」


 関白という立場が行動を狭めているという事か。戦を抑えるのが役目だからな。つまり闇討ちしか手がないという事だ。


 1人の鎧武者が敵陣の前に出てきた。


「武田五郎盛信である。武田信勝殿に一騎打ちを望みたい」


 前線にいた高城が叫んだ。


「無礼であろう。上様に一騎打ちをせがむとは言語道断。武田家の恥さらしめ、代わりにそれがしがお相手致す。大御所武田勝頼の側近でたかぎ...」


「待てい!」


 信勝が叫んだ。え、上様?何でここにいるの、しかもなんて格好?信勝は慶次郎に雪風を預け、刀を腰のベルトに挿し、槍を持って前へ出てきた。高城は


「上様。よろしいので、しかもその槍!」


「他の者が手を出さぬよう見張っておれ。卑怯者には容赦するな。武田信勝である。叔父上、一騎打ち、お受け致そう」


 いいのか、これ?高城は迷っていた。勝頼は強い、たぶん俺といい勝負だろう。信勝様って強いの?これで負けたらどうするの?困って前田慶次郎を見たら腹を抱えて笑っていた。何という肝の座った御仁、いいや違う、この人はただ面白ければいい人だったよ、参考にはならん。こりゃ参った。


「高さん。ここは任せてもらおう。今度余と手合わせしてくれ、大御所が言っておった。今、日ノ本で一番強いのはお主だとな」


「いや、上様。それがしで良ければお相手はいつでも致しますが万が一の事があっては」


「余が負けると思っておるのか?」


「そ、それは………、真っ当な勝負なら上様の勝ちでしょうが、秀吉の息がかかっております。何をされるかわかりません。それに将軍自ら一騎打ちなどと前代未聞です」


「前代未聞は大御所の得意なところではなかったか?まあもし卑怯な真似をする者があればその時は頼む。だが叔父上は信玄公の子、そのような事はせんよ。一騎打ちを申し出た意味を考えよ」


 信勝には色々な思いがあった。勝頼が失踪した時、穴山、小山田、そして五郎盛信が信勝から離れていった。信勝の武田家には従えないという事だ。


 それを家督を継いだ若い信勝は解決できずにいた。武田家が分断してしまった。そこに勝頼が戻って、小山田、穴山を攻め決着がついた。勝頼がいて、いたからできたともいえる。信勝は悩み悩みさらに悩み、そして必死に学んだ、戦のやり方を、民、兵を味方にする方法を。


 残りは五郎盛信だ。残ったこいつは、こいつだけは信勝自ら決着をつけたいと思っていた。盛信が何で出ていったのか、盛信には盛信の考えがあったのであろうが出来る事なら本人から聞きたい。


 今、盛信は追い込まれている。最後の意地を見せようと恥を忍んで一騎打ちを申し出たに違いない。


 受けなければいけない、将軍としてではない。武田家の主人として直接盛信を成敗するのだ。盛信もそれを待っていると思いたい。





 信勝と盛信は互いに槍を持ち、5mの距離をおいて向き合った。


「信勝殿、ご立派になられた。兄上の若い頃に似ておるな。兄上には世話になった。運命かはわからんが、今日この時、このような事になってしもうた。無様な叔父を笑うが良い」


「叔父上。叔父上には叔父上のお考えがあったのでしょう。それがしを武田の頭領とはお認めにならなかった。それはそれがしが未熟であったためと思うております。ですが、今、この信勝は征夷大将軍でござる。今の信勝にも不服がござろうか?叔父上、お答えいただきたい」


 立派になった。今ならわかる、秀吉に踊らされただけだと。だが、秀吉は関白になった。選ぶ男を間違えたとも思えん。いなくなった兄上が戻ってきて将軍になるとは誰が想像できようか。


「信勝殿。今となっては無意味でござる。関白か将軍か。どちらが勝つのであろうかの。この盛信如きを討てぬようでは勝ち目はありますまい。参る」


 お互いに槍を構えた。盛信が仕掛けた。突き、払い、そして上段から振り下ろす。信勝は軽くあしらう。


「叔父上、それでも信玄公の子ですか?その程度の腕でこの将軍に一騎打ちを望むとは笑止千万」


「まだだ、これからよ」


 一方的に攻めまくる盛信だったが、信勝は全て受け流した。信勝は幼少から川根の伊賀村で忍びの子供達と武術修行を行い徹底的に鍛えられた。槍術、剣術、武術、どれを取っても一流だ。


 盛信とて信玄の子である。そんじょそこらの武将よりは強い。ところがいくら攻めても柳のように受け流されてしまう。


「ハア、ハア、強い。兄上のようだ」


 槍で突きを放った盛信だったが、その槍の柄を信勝が狙っていた。スパン、という音がしたように感じた瞬間、盛信の槍先が地に落ちた。


「な、なんという切れ味だ」


 信勝の槍は斬鉄を用いた特殊品だった。勝頼が前田慶次郎にあげたのと同じものだ。盛信は座り込み天を仰いだ。


「もはやこれまで。信勝殿、いや上様。武田家をお願い申す」


「叔父上。その首頂戴いたす、ごめん」


 信勝の声とともに盛信の首が飛んだ。

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