第83話 敵は北条か?

 三島山中城を攻めていた北条軍は中々攻めきれずにいた。小山田信茂不在とはいえ、猛将小山田の部隊である。小山田信茂からは北条が攻めてきたら味方の支援が来るまで籠城するように言われており、兵糧の蓄えもしていた。北条軍は籠城する城を囲い、兵糧攻めをしつつ富士方面に兵を進めた。兵糧が充分にあるとは考えていなかったのだ。そのうちに落ちると思っていた。


 田子の浦まで進んだところで、突然武田軍とぶつかった。物見の報告では富士川でぶつかると予想していたので北条軍は慌てた。


 武田軍は穴山梅雪隊に駿河勢を加えた五千と小山田信茂だった。


 勝頼は穴山隊に鉄砲1000丁を持たせていた。お互いに鉄砲を撃ち合いその後陣形を整えお見合いが数日続いた。北条軍は武田軍の鉄砲の多さに驚き仕掛けられず、武田軍も北条の方が兵が多く、鉄砲も相手が射程距離にいなければ意味がない。で、結局お見合いになった。


 その時、勝頼が後詰めで向かっていることを聞き、穴山は焦った。この状態で勝頼に来られては面目が立たないと、小山田に相談した。


「お屋形様がこちらへ向かっているそうだ。せめてこいつらを蹴散らし山中城の近くまで進んでおきたいのだが」


「ごもっともである。だが兵の数は北条の方が多い。地形的に廻りこむのも難しい。ここはお屋形様を待つ方が、お、真田殿が来たようだ」


 真田昌幸は遠江の国衆と旧徳川勢合わせて五千を連れて合流した。


「穴山様、小山田様。真田昌幸参上仕りました」


「真田殿。お屋形様はどうなされた」


「準備があるのでそれがしに先に行けと。それと、あまり顔を動かさず海を見て下され」


 海には戦艦駿河はじめ武田水軍の鉄甲船が浮かんでいた。砲台を敵陣営に向けている。昌幸は穴山に作戦を提案した。穴山は勝頼が来る前に前進しておきたい、この膠着状態を崩せるならと許可を出した。


「だが、上手くいくのか?」


「真田隊は訓練を充分にしております。合図でいかようにも兵が動きます」


「そうか。真田隊の後は、穴山隊が突っ込む、良いな」


「承知致しました」


 昌幸は本多忠勝に作戦を指示し、陣形を整えさせた。そして井伊直政に空に向けて鉄砲を三発撃つように指示した。鉄砲の音とともに船が動き出した。


 北条駿河攻略軍の大将北条氏繁はこの戦に反対だった。武田を攻めて勝てるのかと氏政に何回か詰め寄ったが、水軍の仇をとって敵の船を手に入れたら和解する予定だと言っていた。北条水軍の船の壊れ方を見ると明らかに何かの武器で破壊されように見える。このままでは海路は思うようにならなくなるだろうから動くのだそうだ。


 戦はそんなに甘くない。ただ戦に出た以上駿府目指して進むしかない。風魔が駿府で騒ぎを起こしその間に進軍するはずが、こんなところでお見合いになってしまった。失敗したのか?


「忍びなんぞに頼るからだ」


 その時、敵陣から鉄砲の音がしたので攻撃かと正面の武田軍を見た。何やら慌ただしく陣形を変えている。

 前衛に鉄砲、弓矢避けの竹襖を用意させ、兵にはいつでも敵陣へ突き進めるよう準備をさせた。


 その時、海の方から轟音がした。







 真田昌幸が駿府から出発した後、勝頼はお市の帰りを待っていた。翌日、お市が馬に乗って戻ってきた。


「徳姫様が怪我をしたというのは本当ですか?」


「ああ、信平も誘拐されたよ。俺は信平を取り返しに行く。悪いが徳を頼む」


「お屋形様。昨日の夜考えたのですが、何かおかしくないですか?この戦、何かにのせられている感じがします」


 お市はそう言って徳姫の看病へ向かった。勝頼は怒りに任せ自分を見失っていた事に気付かされた。おかしいだと?何がだ。北条か、風魔か?


 北条は水軍をやられた仕返しだろう。風魔は何だ、小太郎の敵討ち?今回風魔は同時に四ヶ所へ仕掛けてきた。清水港では楓を取られた。目的は武田の船の調査だろう。


 城下に火を放ったのは陽動であわよくば燃やしてしまえというところか。城に忍び込むのが本来の目的?俺を暗殺する気だったのか?


 大崩はお市が尾行されたか?造船所の占拠が目的か?そういえば、城に忍び込んだ敵が小太郎を殺した人間を探してたと言っていたな。風魔は私情で動いている?


 北条はどこまで本気なのか?今、武田に仕掛けて勝てると思っているのか?いくら考えてもわからなかった。茜を呼んで、北条の動きと他の武将との関係がどうなっているか最新の情報を聞いた。


「北条は上杉とは半同盟状態。佐竹とは敵対、里見とは水軍がぶつかっている様子。それと甲賀者が小田原、常陸でうろついていました」


「甲賀だと。秀吉か?」


「そこまでは」


「調べろ!」


 秀吉だと。織田の手紙には越中へ進軍していると書いてあったが。待てよ、信平の誘拐は偶然なのか、それとも狙ったのか?このままでは武田は小田原城へ攻めかかる事になる。上杉謙信が11万の軍勢で落とせなかった小田原城へだぞ。前世で秀吉が全国軍で包囲した小田原城。いつまでも巨大な小田原城を武田勢だけで囲むのは危険だ、武田領が手薄になる。そこで織田に攻められたら織田と北条のはさみうちになってしまう。


「それが狙いか。ならばどうする?」


 勝頼は出陣を遅らし、二日考えたのちに出陣した。念のため佐竹へは北条を攻めるので、背後から牽制してもらいたいと文を出した。






 田子の浦では、海の方から轟音がして海辺の松林や砂浜に砲弾が降り注いだ。距離があり、北条軍へは届かなかったが北条軍は驚き怯えて陣形が乱れた。


 その瞬間、真田昌幸率いる鉄砲隊が前に出て一斉に鉄砲を撃った。入れ替わりに穴山隊の鉄砲も加わりとにかく撃ちまくった。直後敵陣に走り出し突っ込む一人の男、そう本多忠勝だ。長槍を振り回す姿は鬼の如く。近くにいる者はことごとく殺された。その後に突っ込む三河武士達。三河の兵は強い、今川義元が織田を攻める時に必ず三河勢を先に当てたのには自軍の戦力を使わないという意味もあったが、三河武士が強いので安心して任せられたからだ。


 三河勢に負けてられるかと、穴山率いる旧今川勢が突っ込んで行く。北条軍は立て直しの為、引いていった。しんがりの軍も強く、追撃を断念した。


「敵ながら見事な引き際。大将はどなたなのですか?」


 昌幸は小山田信茂に聞いた。


「北条氏繁殿のようだ。流石だの。北条はお屋形はともかく、ご親戚衆は強い」


 穴山隊、本多忠勝も戻ってきた。忠勝は無傷だった。


「真田殿の作戦が上手くいった筈なのだが、大して削れなかったな」


「穴山様。敵の大将の引き際が見事でした。もう少しやれると思ったのですが」


「戦とはそういうものだ。思うようにはいかぬ。このまま敵を追いつつ山中城の支援に向かおうと思うがどうか?」


 穴山梅雪は昌幸に聞いた。昌幸は信玄時代に戦場では軍監を務めていた。昌幸の言葉は信玄の言葉と思うように言われていた。ここの大将は自分だが昌幸を立てたのである。


「そうすべきかと。そのうちにお屋形様も合流されるでしょう」


 穴山軍は山中城へ向かって進んだ。


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