第79話 風魔忍者の逆襲

 北条氏政は風魔小太郎から、北条水軍を沈めたのは武田に間違いが無いこと、風魔の者が二十名武田忍びに倒され、先代風魔小太郎も亡くなった事を報告した。


「何だと、ではお主は何者だ」


「風魔小太郎でございます」


 どう見てもこの間会った小太郎と同じにしか見えない。氏政は初めて風魔を怖いと感じた。気持ちを切り替えて、小太郎に武田を攻める事を宣言した。上杉は越中へ進軍しているし、絶好の機会である。氏政は父、氏康の遺言、武田と結ぶ事が面白くなかった。攻めるきっかけを探していたところだった。


 実は先日、羽柴秀吉から文がきていた。秀吉はひらがなしか書けないが、丁寧に北条を称えていた。織田も今は武田と結んでいるがそれは背後を気にせず西を攻めるためである。本願寺、毛利の次には武田は邪魔になる。


 その時に頼りになるは北条である。今は織田は上杉とも同盟が破断し戦の最中、北条家が武田を削っていただければ切り取り次第と信長様もおっしゃっています。いずれ武田は共通の敵になるでしょう。武田は佐竹とも結んでいる様子。機を逃しませぬよう。


 と書いてあった。織田のいうことを鵜呑みにしたわけではないが、このまま武田を放っておくことはできない。この北条こそが関東の覇者なのだ。織田が何と言おうと関係ないが、今のところは乗ってやろう。


 これは秀吉の独断であった事を氏政は知らなかった。信長には勝頼と戦う意思はなかった。秀吉はすでに秀吉個人で暗躍を始めていたのである。


 織田が味方になるのなら武田と結んでいる必要はない。それに先に仕掛けたのは武田だ。戦のため重臣を招集した。重臣は氏康の遺言をたてに反対したが、氏政は押し切った。


 風魔はそれに先駆け、駿府、上州へ忍び込み情報収集に努めた。三島を守る小山田は安倍川の工事で駿府にいるため警戒はしているが落としやすい。箕輪城には内藤昌豊がいて防備に気を配っている。甲斐への侵入も難しい。


 攻めるなら本拠地に近い東海道沿いだと報告をした。


 北条は軍議を開き、大道寺政繁に上州へ、北条氏邦に津久井方面から甲斐へ牽制の軍を出させ、本体は三島へ攻めかかった。





 徳姫は男子を出産していた。勝頼は信平ノブヒラと名付けた。この子の時代には戦の無い平和な時代になってほしいという想いを込めて。


 お市は隔週で大崩の造船所に泊まり込みで通っていた。最初の頃は籠に乗って行ったが、今では護衛の兵とともに馬に乗って通っている。ちょうど里美の暇つぶしに騎馬を教わったのである。


 高校の時バスケ部だったのが良かったのか直ぐに馬に乗れるようになった。


 信勝は川根に行きっぱなしである。伊賀の忍者訓練所に住み込みで鍛えてもらっている。勝頼が子供の頃から忍びの訓練をして役に立った話を聞き自主的に申し出た。子供元気で留守がいい、と呟いたが突っ込むお市がいないので皆そうなのかとうなずいていた。


 茶々は大好きな信勝兄上がいないので信平の子守を手伝っていた。茶々は浅井長政の子である。徳姫は複雑な想いで茶々を見ていたが、過ごしているうちに茶々が好きになった。気がきくし面倒見がいいのである。


 自分が小さい頃と比較すると余りにも違う。将来誰に嫁ぐのやら、でも幸せになって欲しいと願った。




 武田の忍びも北条を見張っていた。小田原城下には町民に扮した忍びが長年住んでいる。北条が軍を編成しているのを見て、繋ぎの者に駿府へ走るよう伝えた。念のため、三日おきに三度使者を走らせた。


 これは服部半蔵の指導で使者が捕らえられたり、殺されても伝わるようにと今の武田軍では当たり前になっている手法である。


 最初の使者は箱根山中で風魔に見つかり殺された。二番目の使者は薩埵峠で北条の物見と戦闘になり相討ちとなった。三人目の使者が駿府へ着く頃には北条は三島山中城に攻めかかる寸前だった。


 勝頼は報告を聞き上州は内藤、跡部に。甲斐は信豊と五郎盛信に。三島山中城へは安倍川工事に当たっていた小山田と穴山信君に向かうよう指示をだした。穴山には岡部、朝比奈ら旧今川家臣をつけた。


 北条がどこまで本気かわからないが、遠慮せず叩くよう命令し、信濃勢に上州、甲斐の後詰めに向かわせた。真田昌幸には駿府へ旧徳川家臣を連れてくるように命じた。念のため山県昌景を上州へ、武田信廉を古府中に控えさせ変化に対応できるようにした。


 結果として兵が分散したが、これが北条、というより風魔小太郎が北条氏政に提案した武田軍分散作戦だった。


 北条が山中城へ攻めかかり、目が外に向いている間に、駿府城下で火事が起きた。風魔が火を放ったのである。


 それとほぼ時を同じにして、清水港、造船所にも風魔が現れていた。


 風魔忍者は強い、少なくとも1対1では負けないという自負がある。なのに二十人もの同胞が、風魔小太郎もいたのに全滅させられた。武田は強い、認めざるを得ない。同じ失敗をしないのが忍者である。前回の反省を踏まえて、武田の戦力を分散し、勝利の確率をあげた。


 できれば小太郎を殺した相手を倒したい。誰だかはわからないがこの戦で何かわかると踏んでいた。





 駿府城下では突然出た火に町民が慌てふためいていた。火を見つけた武田家臣が物見櫓に登りカン、カン、カンと鐘を鳴らし火事を知らせた。


 武田商店の従業員は慌てて外へ出て、火の元の近くにある消火栓へ急いだ。駿府は水が豊富な土地であり、井戸が沢山あった。駿府城下には各所に井戸があり、その横には布で作られたホースが用意されていた。鉄パイプにホースをつなぎ火の方へ向け、スイッチを押すとモーターが回り水が放水された。


 現代の消火栓と同じ仕組みである。井戸からポンプで水を汲み上げ放水する。電池は五分しか持たないが、予備の電池も用意されている。従業員は三箇所の消火栓から水をかけ火消しに努めた。


 火をつけた風魔忍びは初めて見る火消し道具に驚きつつも、火消しの邪魔をするために放水している人に向かって斬りかかった。それを駆けつけた武田の兵が守りながら叫んだ


「火をつけたのはこいつだ、捕らえよ」


 火をつけた風魔忍びは五人いた。茜とあずみは屋根の上から挙動がおかしい者を探して、火をつけた五人を見つけていた。逃げる五人に先回りをして屋根の上からリボルバー雪風を連射し、三人を殺し二人に大怪我をさせ、捕らえた。


 この騒ぎの中、駿府城に正面から風魔忍びが三名紛れ込んだ。火事は陽動の意味も含んでいた。駿府城には忍びが忍び込めない工夫がしてあるが、正面からは普通に入れるのだ。城の兵は火事騒ぎで城下へ出ている。簡単に城に入れたがそこには真田昌幸の家臣、本多忠勝と井伊直政が待ち構えていた。


「虎松よ、やはりきたぞ。殿の読み通りだ」


「本多様、初陣の相手が忍びになるとは。世の中わからないものですな」


「これは初陣では無いぞ、初陣は戦場でだ。さて、やるぞ」


 風魔は忍び刀を持ち、斬りかかったが、忠勝に歯が立たない。まともに戦っては勝ち目がないので苦無を投げつつ庭へ逃げた。


 忠勝は苦無を刀で薙ぎ払ったが、火薬が爆発して一瞬目を離した。その隙に庭へ逃げられてしまった。その間に直政が一人を斬った。


 風魔忍びはこの騒ぎにつけこんで城に入り、調査するのが目的だったがもうそれは叶わない。何とか城から逃げ出そうと庭から反対側の部屋に入ろうとした。


 運悪くその部屋には徳姫と信平がいた。風魔はこの二人を人質に取った。

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