仙獣捕獲録
はまだ語録
第1話 天馬捕獲録 その1
雲海を龍が悠然と泳ぎ、海原では
ここは仙界。
矛盾した
ただし、仙界は仙人のための世界ではない。
仙界には仙人以外にも
高い知性を備え、仙術さえ操る生き物を総じて『仙獣』と呼ぶ。
仙獣は道理を超えた世界を
*
『あのさぁ、貴方、
澄んだ鈴のような声音だが、その響きには軽蔑が多く含まれている。
「そうかな?」
彼が今立っているのは人一人分の足場しかない荒嶺の峰である。
とても高い山の頂だ。
劉剣の眼下には果てしない雲海が広がっている。
しかし、劉剣は強く吹きつける風を気にした様子も見せず、むしろ、心地良さそうな顔で目を細めて微笑んでいた。
劉剣の年の頃は十代半ばに見える。
小柄で柔和な顔立ちの少年とは思えないほどの胆力である。
しかし、それも当然だろう。
彼は外見通りの少年ではないのだから。
ただ、劉剣の余裕綽々という態度さえも気に食わない水月鏡は強い口調で言葉を続ける。
『間違いないわね。四凶を捕まえろなんて試験、貴方程度の道士がどうにかできるわけがないじゃない! はっきり言ってちょっとどうかしているわよ。分かっているの?』
「うん、分かっているよ」
『なら――どうして、そんな楽しそうなのよっ』
劉剣はその問いに答えない。
細い糸目を歪めることなく、無邪気に周囲を見渡している。
そして、「あ」と呟き右手である一方を指す。
「うん、『
『……聞いているの? 貴方は会話をする気があるのかしら?』
「聞いているってば。でもね、試験の内容がそう決められたんだから、僕にできることは頑張るだけなんだよね」
『
「諦めるなんて道だけはないかな」
水月鏡はため息のような声で『やっぱり、莫迦なのね』と繰り返した。
劉剣はとくに反論せず、ゆっくりとした足取りで虚空へと一歩踏み出した。
何もない場所をシッカリと踏みしめ、二歩目、三歩目と歩き出す。
独特の歩法である。
歩幅に変化はないのに、一歩ごとに進む距離が倍々に伸びて行く。
術が安定したことを感知してから、水月鏡は質問する。
『縮地法か。これって
「禹歩だよ」
「反閇はできないの?」
「反閇もできるけど、僕は禹歩の方が苦手なんだよね」
「ふーん、違いが分からないけどね」
細かい違いはあっても縮地法である以上、結果には大差ない。
移動術は圧倒的な速度で目的地に到達する手段でしかないからだ。
ただ、劉剣は移動術の細かな違いさえも習得していた。
しかし、水月鏡はそれを練習熱心だ――なんて感心しない。
道士である劉剣は仙人を目指して修行中の身である。
移動仙術としては上等に部類される縮地法を道士である劉剣が習得しているのは努力の
性格は素直だ。
しかも、努力家。
しかし、劉剣はどうしようもない頑固者でもあった。
「あんたってどうして……」
「?」
「はぁ……もういい」
ため息交じりの水月鏡の声は――劉剣の懐から響いている。
彼女は仙人でも道士でもない。
一枚の鏡だ。
大きさは手のひらに収まる程度で、桔梗を模した細工が施されている。
だが、言葉を解し、特別な力を持っている鏡だった。
仙人が創り上げた神秘の道具を
鏡の宝貝である水月鏡は劉剣のお目付け役兼試験達成の相棒だった。
劉剣が四凶を捕まえるために師匠から与えられた道具は水月鏡だけで、あと自力でどうにかしなければならない。
『で、貴方は何を捕獲するの? まさか、いきなり四凶を狙うつもり?』
「そんなまさか」
『良かった。そこまで無謀じゃなかったか』
「うん、方針としては四凶を捕まえるために必要な仲間を集めようと思うんだ」
『へぇ、それはどんな仙獣?』
「とりあえず、仙界で四番目に速い仙獣を仲間にしようと思うんだ」
『それって……?』
「天馬だよ」
*
劉剣は道士である。
人間界での生を全うし、
そこで現在の師匠でもある
ついに、仙人の資格まであと一歩というところまで錬を積み重ねた。
しかし、彼は信念から攻撃仙術を一切覚えようとしなかった。
どうして攻撃仙術を頑なに拒むのか、そして、その信念が生まれたのか――彼は語ろうとしなかったので理由を知る者はいない。
だが、そのために仙人資格取得に大きな制限をつけられてしまった。
普通であれば、そこまで凶暴でない仙獣(例えば、
四凶は四瑞と対になる、
死地とも言うべき難題であった。
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