第1章 難波遠馬
刑務所を出所してから丸一年が経っていた。虚像干渉が上手く使えなくなっていた僕は、普通の人と何一つ変わらない生活をしていた。今までは過去を変え、未来の科学技術を今で作っていたため、何一つ不自由なく過ごせていたのに、それはもうできなくなっていた。
町役場の課長たちは、僕に仕事に復帰するよう勧めたが、その誘いを僕は断った。
密かに作った未来の製品を知り合いの会社に売り込み、それらの特許を取った僕はお金に苦労はしていなかった。
それよりも、僕は五ヶ月もの失われた家族との時間を取り戻したかった。仕事を辞めた僕は、その長い空白を埋められるほどの思い出を、志桜里たちと作っていた。
そんな時、難波から久しぶりに電話がかかってきた。
「久しぶりだな久遠、急で悪いんだけどな、ちょっと国立中央公園に来てくれんか、話したいことがあるんだ」
「そっか……分かった。今から行けばいいんか、国立中央公園に?」
「待ってるんだから、必ず来いよ……久遠」そう言って、一方的に電話は切られた。
難波は僕に時間を伝えなかった。それはまるで、僕を試しているかのようだった。僅かにしか使えない虚像干渉を使い、難波との待ち合わせの時間を視た。そして、待ち合わせの五分前には着くように僕は家を出た。ただ、志桜里には何も告げることなく……
僕がいつここに来るかを知っていたように、難波とほぼ同時に公園に着いた。
「久しぶりやな久遠、刑務所での生活はどうだった? まあ、毎日ネズミの死体処理とかしとったら気がおかしくなるよな」
難波は刑務所内でのことを見てきたような口調で話した。彼の電話を取ってからずっと違和感は感じていた。それに、難波を疑っている僕にとっては、彼への信頼を取り戻すチャンスだった。ただ、すでに僕の中で答えは決まっていた。
信じたくはないが、彼も虚像干渉を使える人間なのだと。
「難波、なんでそんなこと知っているんだ?」
僕は家族にさえ刑務所内での生活について話をしていなかった。
仮に誰かにそのことを話せば、一番可哀想な目に合うのは志桜里と恒平だ。そのことを分かっていたからこそ僕は話せなかった。その上で僕の置かれていた状況を知ることができた難波に危機感を覚えた。
たとえ、同じ虚像干渉だったとして、難波がそれを使える力が計り知れない。下手に動けば、反対に自分が殺されてしまうかもしれない。
難波がどれだけ過去や未来を視て知っているのか、それに彼の考えていることが僕には全く分からなかった……
幾つもの思いが頭をよぎる中、難波は僕の問に答えなかった。
「久遠、お前仮釈放中だろ。こんな人目に付くところに居ていいんか?」
難波は自分が呼び出した相手に向かって、そう言い放った。もちろん仮釈放中という事も、誰にも話していなかった。
「結局、難波はどこまで知ってるんだ?」
僕はすぐさま難波自信を話の引き合いにだした。
「そうだな……なあ久遠、本当はとっくの昔に気がついてるんだろ。お前が今までから使ってきた虚像干渉を、俺が使えるんやってこと……」
僕が疑問に思っていることを、難波は何も隠すことなく平然な顔をして言った。
今自分が話していることが、どれだけ僕を怯えさせていることか彼は知らないのだろう。僕は聞きたくなかったことをこんなにもあっさりと言われ呆然としていた。
ただ、彼は僕のことなどお構いなしにまだ話を続けていた。
「久遠がなぜ警察に何度も捕まったか、教えてやろうか? まあ、薄々感じていたかも知れんがな。まあ、俺が未来を視て、久遠の隠れている場所を警察に密告したんだ。えっ、どうしてかって? だって俺の計画には久遠がいてはならない存在だったからな。しかも、お前はくしくも俺に自分の隠れている場所を教えていた時があるんだぞ。本当に馬鹿だよな、久遠は。俺を疑っているくせに情報を教え続けるんだからな」
難波の話を聞いて、僕の不安、疑念は全て解決したが、心のどこかで彼が話したことが嘘であって欲しいと思い続けていただけに、相当衝撃があった。
全てを見透かされた僕は、もう何も隠す必要はないと思い、これまでのことを振り返り始めた。
「なあ、難波。僕は過去を――未来も変えられる……」
難波は驚きもせず、顔色一つ変えず聞いていた。
それどころか、「何が言いたいんだ?」、と彼はそう言った。
「そうだな……。僕が難波のことを疑ったのは一度や二度のことじゃないんだ。思い当たる節がいくつかあるからさ――でも……それでも難波を信じていたから、刑務所に入っているときも情報を教えてたんだ。それに、心のどこかで難波が虚像干渉を使えないでいて欲しいと思っていたから。なあ、難波……いつから虚像干渉を使えたんだ? それにどこまで虚像干渉を使えるんだ?」
「俺は虚像干渉を使えるが、久遠みたいに過去を変えることはできない。俺が変えられるのは未来だけだ、過去は変えられない。変えられる未来はざっと五十年先ぐらいやな」
僕がどこまで虚像干渉を使えるのか、難波は知っているようだった。
難波の話を聞いた僕は、疑問の引き出しを開けて、今までのことを整理した。
「なるほど、だから不老不死の薬を作るとき手際が良かったのか。僕が難波を初めて疑ったのは、警察に捕まらないよう逃げているときに逃げきれなかったとき。でも、それは難波が邪魔をしていたから。そして、それに今聞いた話を加えると、難波は虚像干渉を使えて未来を視ることが出来る。だから、僕の行動をお見通しだったんだな」
「まあ、そういうことだ。ただ久遠がまだ知らないこともあるがな……」
そして、難波は恐ろしい計画を立て実行していることを僕に伝えた。
「僕が知らないことって?」
「そっか、久遠は虚像干渉が使えないんやったな。名前はまだ付けてないけど、俺の理想はこの能力を使って人類を支配下に置いてやることなんだ。お前は俺を止めると言うんだろうな……。でも、戦争をしたところで俺が死ぬことはない。もはや、不老不死の薬を飲み、未来の技術で作った兵器を止められる者はいない。たとえ久遠であってもな。まあ、心配するな。久遠が邪魔でも、すでに不老不死になったお前を殺せる自信はない。と、いうことは、不老不死になった久遠の家族を殺すことはないということだ」
「そんな計画しちゃダメだ。自分でも分かっているんだろ、それがどれだけの人を傷つけるのか……」
「やっぱり久遠は俺を止めるよな。そんなこと初めから分かってたんだ。それでも、今の世界で人は本当の幸せを掴むことは無理だと思う。みんなが平等に生活できることこそ、今の世界に必要なことなんだ。久遠はそう思わないか?」
「……それでも僕は難波を止める。難波の親友として」
「そっか――でも久遠は俺と平等に戦えると思うか? 俺は未来が視えるんだ。それに、
俺の計画は既に始まってるんだ、邪魔はするなよ」
難波の言う通り、虚像干渉が使えなくなった僕が難波に勝てるはずもなく途方に暮れていた。そこに帰りが遅くなった僕を心配して迎えに裕衣が来た。難波の言葉は時間の経過を忘れさせた。
公園の時計は六時を指していた。いつもはご飯を食べている時間だった。
「あ、難波君久しぶり。一年ぶりぐらいかなあ」
「おう、久しぶりだな。そうだなあ、一年ぶりぐらいかな。子供は元気にしてるのか?」
「うん、元気にしているよ。今も一人で留守番してくれてる。でも難波君、おかしなことを聞くよね。未来が視えるのに恒平のこと知らないの? 元気にしていること、知っているよね?」
僕たち二人は、裕衣の言葉に違和感を覚えた。
そして、裕衣は僕たち二人に衝撃の言葉を発した。
「実はね……私も虚像干渉を使えるんだ。初めて竜也くんに虚像干渉の話を聞いたときは
信じられなかったよ。だって、ちゃんと話してくれたんだもん。竜也くんはいつも一人で背負ってきたからね、話してくれて嬉しかった。難波君が使えるのは前から知っていたよ。でもさすがに驚いたよ、難波君が竜也くんの邪魔をしていたんだから。こんな感じでいいかな? 難波君も言ってたけど、私もまだ隠しておきたい秘密があるからね」
「そっか、なら久遠。そろそろあのことについて話したらどうなんだ」
「そうだな」
僕は覚悟を決めて、裕衣に今まで自分が変えてきた過去の話をした。
しかし、裕衣は僕たち二人の予想を裏切ることを言った。
「何を言ってるの竜也くん、難波君。過去を変えたのは竜也くんかも知れない。でもね、私はそれを知っていて、竜也くんの告白を受け入れたんだよ。それに、ごめんね竜也くん、今まで黙ってて。でもね、竜也くんは過去や未来を、難波君は未来を――私は竜也くんと同じで過去と未来を……。でも、二人みたいに長い期間の過去や未来を変えられないの。私が此処に来た本当の理由を言うと、難波君の計画を止めようとする竜也くんを止めるために来たんだ。今のままでは難波君は止められないよ。だから今日は家に帰ろう」
裕衣は念を押すように言った。
「そうだな、今日は帰んなよ。今のままじゃ相手にならんからな。それに、久遠に俺の計画を止めて貰いたいんだ……」
言っている意味が分からないと言おうとしたが、裕衣に無理やり家に連れ戻される形となった。
「裕衣、あそこで難波を止めないと……」
いつもなら、話の途中で口を挟まない裕衣が珍しく遮ってきた。
「まだ大丈夫だよ。たぶん、私の方が虚像干渉で未来を視る能力が強いはずだから、心配しないで。だって、未来は鮮明に視えるのに、過去はないに等しいぐらい視ることができないの。それに、私は未来なら何百年先でも視れるの。だから、私が一番未来を視る力が強いと思ってるの」
そう言った裕衣の言葉を、僕が受けとめない理由がなかった。
「難波君は自分の計画の完成に向けて、まだ未来の兵器を作っている最中だから、竜也くんが止めたい気持ちも分かるけど、難波君が兵器を作っている間に、私たちは私たちで難波君を止める方法を考えないといけないと思うんだ」
「確かに難波を止めたいけど――戦うことなく難波を止められないのかな。僕たちも兵器を作って対抗してもいいんだけど、そうなるとしていることは難波と変わらなくなるだろ」
「そうだね、そう考えると難しいよね」
裕衣の言葉には懐かしさが含まれていた。
幼い頃から一緒に歩んできた親友が、僕や自分を置いて一人で全てを背負い込もうとしている……そして裕衣には未来が視える。それがどれだけ裕衣を苦しめているのか、僕には分からなかった。
「未来が視える裕衣に分からない事は、僕も分からないな。もう夜も遅いし考えるのは明日にしようか。これ以上話をしてて恒平が起きたら可哀想だからね」
「そうだね、今日はこの辺にしとこうね」
僕たちは寝室に行き、布団に入り寝ようとした。しかし、難波のことを考えると眠れるはずがなかった。それでも、少しは寝ないといけないと思い、昔から使っていたもみじ柄の羽毛布団を足元において寝ることにした。
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