第61話 ウィリアムとバロック
アベルが起床した後に俺たちは再び荒野を調査することとなった。
「見て下さい。リオンさん。これはメガロガルウの糞ですよ。まだ新しい。ということはこの近くにいるかもしれません」
大型の肉食モンスターのメガロガルウ。毛むくじゃらの四足歩行で牙や爪が攻撃手段のベーシックな獣のモンスターだ。当然この荒野に生息しているから糞の1つや2つは落ちているだろう。
「それはそれで貴重な生態の痕跡だけど、今はカイゼルディノの調査が優先だ」
レンジャーの本能なのか、モンスターの痕跡にやたらと敏感なアベル。そうしたレンジャーの能力に今まで助けられてきたこともある。特定のモンスターの位置を特定して追跡したり、逆に逃走したり。そう考えるとやはり、パーティに1人はレンジャーがいれば安定する。
「くんくん、臭うな」
「パド君。そりゃ、ここに糞があるから臭うのは当たり前だよ」
「違う……血の臭いだよ。においの成分的に肉食傾向が強い。あっちの方角だ!」
パドが指さした方向に二つの人影が見えた。
「同業の冒険者か? 2人とも行ってみよう」
俺はアベルとパドを引き連れて、人影がある方角に向かった。近づくにつれて人影が鮮明になってくる。体格的に恐らく2人共男。癖のある赤髪とサラサラの銀髪も見える。人影もこちらに気づいた様子で警戒している様子が伝わってくる。
銀髪の男が物凄い勢いでこちらに向かって走って来た。速い! 並の冒険者では目に追えないほどだ。俺は杖を手に持ち構える。話し合いができればいいが、いきなり攻撃された時に反撃できるようにするためである。
「アンタ達。何モンだぁ?」
銀髪の男が斧をこちらに向ける。一触即発の空気だ。とりあえず先制攻撃は免れた。ここで俺が年長者として会話をしよう。
「俺たちは冒険者だ」
俺が冒険者の証である腕輪を見せる。アベルもパドも空気を呼んで同じように腕輪を見せた。銀髪の男も腕輪を付けていることから冒険者か。
「なるほど。ランクとロールも聞かせてもらえないか?」
「俺はリオン。Eランクのヒーラー。こっちのアベルはDランクのレンジャーだ」
「ふーん。そっちの小僧は?」
銀髪の男が視線をパドに向ける。
「何が小僧だよ。オッサン」
「お、おいパド!」
初対面の人間にいきなりオッサンはないだろ。俺は温厚な方だから我慢できるけど、人によってはキレられても文句言えないぞ。
「ハハ。すまん。いきなり小僧は失礼だったな。でも、俺はまだ32歳だ。オッサンはないんじゃないか?」
良かった。そこまで短気じゃないな。話は通じそうな雰囲気は出た。この調子で……
「三十路過ぎてるとかジジイじゃん」
こいつ……!
「あ? ジジイだ? 言葉には気を付けろよガキ」
「ま、待ってくれ。すまない。こいつも悪気があって言ったわけじゃないんだ。ただ単に口が悪いだけで。すまない。俺が後でちゃんと教育するから」
不穏な空気を感じ取った俺はすかさずフォローに入った。三十路を過ぎて生きている冒険者は中々のベテランだ。色んなところにも顔が利く場合があるし、変な根回しされると今後の活動に関わる。怒らせて得することはない。
「まあいい。保護者なんだからきっちりガキの躾はしておけよ」
銀髪の男は斧を収めた。こちらに対する敵意はなくなったようである。
「流石にガキを2人もつれて密猟なんてしないだろうしな」
密猟という単語がこいつの口から出た。ってことは、こいつは密猟者の監視をする立場か。というと……
「もしかして、アンタはアンブレラナインのメンバーか?」
「メンバーどころかリーダーだ。名前はウィリアム。よろしく頼む」
ウィリアム。さっき、会ったアンブレラナインのメンバーの話によるとAランクのタンクだ。かなりの実力である。
「それより……リオンと言ったか。あんたは本当にEランクのヒーラーか?」
「ああ。俺は紛れもないEランクのヒーラーだ。Aランクなら全世界のギルドに登録してある冒険者のデータを見れるだろ? 疑うんだったら、それで確かめてみれば良い」
「ふ、ふふ。Eランクねえ。俺のスピードを目で追えて、戦闘態勢をとっさに取れるやつが、そんな器に収まるわけがねえよな?」
こいつ、先程の俺の一瞬の所作を見抜いていたのか。確かに、迂闊に武器を構えてしまった。流石にAランクと呼ばれるだけはある。強さだけではなくて、分析力も優れているというわけか。
「なあ、リオンよぉ。俺と一戦交えないか? 模擬戦ってことでお互い素手で戦おうぜ」
「悪いけど、本職のタンク相手に格闘戦を挑むほどバカじゃない」
俺は愛用の杖で魔力を増幅させて魔法を放って戦うタイプだ。素手での戦いなんて冗談じゃない。
「そうかい? 身のこなし的に体術も結構やれそうな気がするけどな」
確かに俺もある程度は体術の心得はあるが、それは格闘タイプのCランクのアタッカーと素手でやりあって良い勝負をする程度しかない。Aランクのタンク相手に勝てるわけがない。
「やめろ。ウィリアム」
癖のある赤髪の男がウィリアムを制止した。
「バロック……ああ、わかったよ。悪かったなリオン」
ウィリアムはバロックと呼ばれた男の言うことを聞いて素直に引き下がった。
「ウチのリーダーが済まない。私はバロック。アンブレラナインのサブリーダーだ。リーダーは気性が荒くて好戦的でな。私がいつも止めているんだ」
バロックが頭を下げる。
「いや、気にしないでくれ。別に気分を害したとかそういうのはない」
「そうか。それなら良かった。ところでキミたちはどうしてここに?」
バロックは疑問を俺たちにぶつける。冒険者もむやみやたらに危険地帯に赴くわけではない。何かしらの目的や依頼があるのだ。
「ああ。実はな、俺はこのアベルが引き受けた生態調査の付き添いでここにいる。カイゼルディノってやつのな」
「カイゼルディノ……だと!」
ウィリアムの顔色が変わった。それと同時にバロックも俺たちに冷たい視線を向けてきた。が、それは一瞬の出来事だった。すぐにバロックは取り繕った笑顔をこちらに向ける。
「なるほど……ちなみに、その生態調査とやらをどうしても遂行しなくてはならない理由はあるのかな?」
「理由……? まあ、報奨金やアベルの評価を上げるためだ」
至極、冒険者らしい理由だ。大体の冒険者は金や名声のためにこの稼業をしている。学や家柄がなくても、それらを得られる可能性がある数少ない職種だからだ。そこそこの学歴があるのに、冒険者をやってる変わり者なんて、俺やセオドアくらいなものだ。
「そうか。それならば、他の仕事を探した方が良いかもな。この仕事は正直危険だ」
バロックが表情を崩さずに言い放つ。その笑顔の裏には、なにか意図が隠されていそうだ。
「なんでオッサンたちにそんなことを言われなきゃならんの?」
パド。お願いだから静かにしてくれ。
「て、てめえ! またオッサンって……!」
「落ち着け、ウィリアム! カイゼルディノはランクC相当のモンスターだ。そのモンスターを軽々と捕獲する密猟者がいる。奴らは恐らくBランク相当の実力者だ。でなければ、アンブレラナインに気づかれずにカイゼルディノを密猟なんてできない。そんな密猟者とキミたちが鉢合わせをして、戦闘にでもなってみろ。この大地に還ることになるだろう。だから、ここはAランクの私たちに任せて欲しい」
バロックの言っていることは理解できる。けれど、なんだこの違和感は……? 俺は何かを見落としているのか?
「というわけだ。撤退するかどうかはキミたちに任せるが、私としては撤退をオススメする。死にたくないのならな」
「そういうことだ。リオンはそこそこ腕が立つみたいだけど、流石にガキ2人抱えての戦闘は厳しいだろ?」
バロックとウィリアムはそれだけ言い残すとその場をサッと立ち去った。
「リオンさん? どうしますか?」
アベルが俺の表情を伺いながら問う。彼も彼なりに俺が何かを感じ取っていることを察しているのだろう。
「正直、この依頼に拘る必要もない。密猟者と鉢合わせする危険は確かにある……でも、俺の中で何かが引っ掛かる。でも、お前たちをこれ以上危険な目に遭わすわけには……」
「なに言っているんですかリオンさん! 危険を恐れていては冒険者は務まりません」
「ああ……そうだな。パドも良いか?」
「構わないよ。僕としてはその密猟者に鉢合わせしたいところだけどね」
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