第49話 仲間の足跡

 アベルとカインを引き連れてジェルク村を後にした俺たちは冒険者ギルドがあるブルムの街へと戻って来た。人助けはこれで終わり。今日からまた冒険者稼業が始まるんだ。


「リオンさん。あなた達の冒険の目的はなんですか?」


「カイン? どうしたんだ急に?」


 俺の冒険の目的……それは、贖罪しょくざいのためだ。俺はランク至上主義の考え方に囚われて間違った戦いをしてしまった。そのせいで、妹であるレナの一生を台無しにしてしまった。たった1人の肉親だったのに。


「いえ、特に急ぎの目的がなければ、私のやりたいことに付き合って欲しいんです」


 俺はアベルの方を見る。アベルは首を縦に振った。アベルの目的はお兄さんを助けることだった。その目的が達成された今、アベルは現在することがない状態だ。強いて言えば金のため、ランクを上げるために冒険に出る。まあ、それはどの冒険者も同じか。


「わかった。とりあえず、そのカインの目的を聞こうじゃないか」


「ありがとうございます。イズマエルでのアラクノフォビアとの戦い。私たちはパーティを組んで戦いました。前衛のタンクと物理アタッカーはやられてしまい、残されたのは後衛の魔術アタッカーとヒーラーの私だけ。彼らの現在を知りたいんです」


 カインの言葉を聞いて、アベルの表情が曇る。イズマエルでの戦い。その結末は俺よりもアベルの方が詳しいだろう。当事者の身内なのだからな。


「カイン兄さん。残念だけど、前衛のパイソンさんとクロコさんは既に亡くなってているんだ、遺体が回収されたのが死後6日経ったことだったから、蘇生魔法ですら復活させることはできなかったって」


「そうか……私にもう少しヒーラーとしての力があれば、瀕死の彼らを助けることができたのかもしれないのに」


 カインは拳を握った。やり場のない想いを抱いているのだろう。その気持ちはわかる。ヒーラーの回復魔法も万能じゃない。傷の具合によっては、瞬時に回復させることができるとは限らない。要は回復が追い付かない状態になるのだ。経験の浅いヒーラーなら、戦闘中の回復は平時の時と比べて効力は半減以下になってもおかしくはない。


 普通なら、仲間が瀕死になる前にヒーラーが撤退指示を出すものだけど、市街地を防衛戦はそんなわけにもいかない。自分達が逃げたら避難が間に合ってない村人が死ぬ。そんな状況なら不退の覚悟で戦うしかないのだ。


「ただ、後衛アタッカーのイザベラさんの動向はわかってないよ。彼女は発見された時意識は不明でしたが辛うじて生きているとの情報があったんだ。兄さんとほぼ同じ状況だね」


「私と同じ状況……なるほど。もしかしたら、アラクノフォビアの毒にやられたのかもしれない」


 カインは顎に手をあてて考え込んでいる。カインの気持ちを察することは簡単だ。


「カイン。そのイザベラという冒険者のところに行こう。意識が戻っていればそれで良し。でも、もし毒にやられたと言うのであれば……俺が解毒魔法でイザベラとやらを治してやれる」


「いいんですか?」


「ああ。イベゼラが現在どこにいるのか。それを調べよう。Dランクの会報なら何か情報を掴めるかもしれないな」


CランクのマリアンヌやBランクのセオドアがいれば、もっと詳細な情報がわかっただろうけど仕方ない。あいつらとは一時的に組んだだけだ。2人共、自分の冒険、人生があるんだ。


「カイン兄さんのランクって今どうなっているんでしょうか?」


「ん? 私はDランクのヒーラーのはずだ」


「いえ、そういうことじゃありません。リオンさんは元々Bランクのヒーラーでしたが、今はEランクになりました。ランクは下がることがあるんですよね? なら、長い間冒険に出てなかったカイン兄さんのランクはどうなっているんでしょうか?」


 まあ、確かに身近に落ちぶれたランクのやつがいれば不安になる気持ちはわかる。


「そのことなら心配ないぞアベル。俺のランクが下がったのは、冒険に出ているのにも関わらず成果を上げてないからだ。腕輪のデータが蓄積されなければ、ノルマ未達の判定は受けない。活動休止期間中が長引いたところで腕輪のデータが蓄積されないから、ランクは下がらないんだ」


「そうなんですか。それなら腕輪を壊し続ければ、ノルマ未達でもランクは下がらないってことですか?」


「ああ、理論上はそうだが、故意に何度も腕輪を壊すと冒険者ギルドを出禁になる可能性がある」


「え? そうなんですか?」


「ギルドに睨まれたくなかったら、何度も怪しい挙動はしないことをオススメするぞ」



 俺たちはギルドに行き、受付で申請をして資料室の使用許可を得た。ここに行けば過去の会報を見ることができる。3人で手分けして当時の資料を探す。中々に膨大な量の資料で目的のものを探し出すのに苦労をする。


「えーと……あった。イズマエルの記録です!」


 アベルが資料を発見した。イズマエルの記録。その最後のページを開く。


『アラクノフォビアの襲撃

 水の月 鏡花の日 新種の蜘蛛型モンスターが襲って来た。モンスターは人の言語を話し、自らをアラノクフォビアと名乗る。

 たまたま、イズマエルの村に宿泊していた4人組の冒険者。Dランクのタンク:パイソン、Cランクのアタッカー:クロコ、Dランクのアタッカー:イザベラ、Dランクヒーラー:カイン。彼らが新種のモンスターと対峙した。

 このパーティはDランク相当の実力者が大部分を占めるものの、Cランクアタッカーのクロコを中心に連携を取れることもあってか、パーティ単位として見ればCランクの上位に位置する程の査定をしても差し支えない。そのパーティが成す術もなく壊滅させられてしまった。

 イズマエルの村も滅ぼされたこともあり、このアラクノフォビアはギルドとしてはBランクの危険度に認定する。

 戦闘を行った冒険者の面々は、ギルドのヒーラーが、パイソンとクロコが死亡を確認。現存する回復魔法では彼らを直せないと判断し、埋葬することに決定した。イザベラとカインは生存したものの、意識不明の重体。ヒーラーの検診の結果、体の損傷を治しても意識が目覚めなかった。更に精密検査をしたところ、両者は神経毒に犯されていて、解毒しない限りは目覚めることはないとのこと。

 幸い、両者ともに故郷に待つ家族がいる。それぞれの故郷に帰して、療養してもらうこととなった。』


「やはり、イザベラはまだ生きている……! イザベラの故郷はクレイア国のグルトガ地区にあります」


 カインは希望を見出している。一方で俺はあんまり気乗りがしなかった。


「クレイア国……マジかよ」


「クレイア国……! あ、聖クレイア教の発祥の地ですね!」


 聖クレイア教。この世で最も信者を多く抱えている宗教だ。この国の宗教もそれに染まっていて、法律も倫理観も社会の基盤も聖クレイア教の法典に背かないように作られている。


 そして、クレイア国はヒーラーの聖地でもある。最も回復術の体系が研究されている場所。この地で回復術を学ばない者は、回復術師に非ず。そんな格言もあるほどだ。俺も一時はBランクまで上り詰めた身。当然、この地で修行した経験がある。


「グルトガ地区は本部とはかけ離れているし、良いか」


「あれ? リオンさんはヒーラーなのに、聖クレイア教を信じてないんですか?」


 カインが首を傾げる。カインもヒーラーだ。聖クレイア教の教えを忠実に守っているんだろう。


「まあ、なんというか。アレだな。俺が信じる信じないは別として、俺はそこから破門されている。本部に足を踏み入れようものなら処刑されかねない」

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