雨の日のコンビニ強盗
和來 花果(かずき かのか)
第1話
午前三時。
二十四時間営業のコンビニエンスストアといっても、さすがに客はまばらだ。店内を物色している客は二人。
そのうちの一人が会計をすませて店を出ていくと、それを待っていたように、残りの一人が足早にレジに近寄ってきて言った。
「金を出せ!」
深夜のコンビニエンスストアに強盗。珍しくもないのかもしれない。
夏だというのに、目深にかぶった黒いニットキャップにサングラス。大きな使い捨ての白いマスクで、顔はほとんど見えない。
レジの内側に立っている男性の胸には、店長と書いたバッジが付いている。背が低く、ぽっちゃりした体つきなので、ずんぐりむっくりに見える。店長は人の好さそうな顔をひきつらせ、チラリと防犯カメラに視線が泳いだ。
強盗犯は目ざとく店長の視線を捕まえると、「防犯カメラの配線は、昼間のうちに切っておいたから、俺を捕まえるのは諦めるんだな」と得意気にせせら笑った。
最近、市内のコンビニエンスストアでは強盗が立て続けに起こっている。事前に防犯カメラで撮られないように細工する手口が同じなので、同一犯とみられていたが、映像が残っていないため、これまで足取りが掴めていなかった。この男の犯行に間違いないだろう。
防犯カメラに映像は残っていないが、男の服装は、目撃証言をもとに作られた警察の注意喚起のチラシに書いてあった犯人の特徴と一致していた。
いわゆるファストファッションの店で買いそろえたらしい、無地のTシャツに黒のパンツ。同じく無地のスニーカー。
「おま、お前が……」
お前が連続コンビニ強盗の犯人か、と店長は問いただしたかったのだろうが、動揺しているせいか、言葉が震えて出てこない。空調は快適な温度に調整されているが、額には大粒の汗が浮かんでいる。
店長は初めて遭遇する緊急事態に、余裕をなくしている様子だ。逆に強盗犯はこれまでに何度も経験を積んできて、余裕があるのか、ニヤニヤと笑って手の中のナイフをクルクルと回したりしている。そのナイフはコンビニエンスストアで売っている商品だ。店内で物色するフリをして、たった今、盗んだのだ。
凶器から足取りを辿らせないようにするためか、凶器もターゲットの店の品物を使うのが、この犯人のいつもの手口なのだ。
「おら、早く金を出せっ」
急に声を荒げ、店長にナイフを突きつけた。
「袋はお持ちですか?」
店長は、つい、いつもの習慣でエコバッグを持ってきたか、と聞いてしまった。
強盗犯は一瞬、何を言われたのか、とぽかんと口をあけたが、すぐにニヤリとして「丁度いい大きさのビニール袋ください」と言った。
「は、はい!」
店長は失言を取り戻そうとするかのように、ビニール袋をレジ下から取り出すと、キャッシャーの中のお金を袋にせっせと詰め込み始めた。途中で、一枚ではお金が透けて見えることに気が付くと、もう一枚レジ下から袋を出して二重にした。そして袋の中に手を入れてお金を調えるという気配りまでみせた。店長は見かけによらず、几帳面な男なのだ。
一日の売り上げに加え、もともとおつり用に入れてあった小銭まですべて袋に入れると、おそるおそる強盗犯に差し出した。強盗犯はコンビニ袋を受け取ると、中から五円玉を一枚つまみ出し、お金を入れるトレーに落とした。
「袋代」
そして犯人は慌てる様子もなく、ぶらりと出口に向かった。店の外に設置してあるゴミ箱に、ナイフを捨てる。凶器を持ち歩くような危険を冒さないようにしているのだが、捨てる場所が盲点なのか、凶器が見つかったことはこれまでなかった。
そのため凶器は犯人が持ち去っていると見られており、自宅には犯行現場のコンビニエンスストアから盗んだ凶器がコレクションされているのでは、と言われていた。
いつの間にか、外は土砂降りの雨になっていた。犯人は店内に引き返して来ると、入り口近くに置いてあった傘立てから、売り物の透明なビニール傘を引き抜いた。
「あっ!」
店長は思わず、といった感じの声をあげた。最後の1本だったからだろう。急な雨の日には傘が売れるものだ。
「傘の金も払えってか?」と、犯人がすごむと、店長は黙って首を横に振った。犯人は満足げに、そうだろ、最初から黙って寄越せばいいんだよ、などとブツブツいいながら傘を開き、土砂降りの中を歩き去っていった。
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