第32話

 グラスを干した。









 冷えたウォッカをグラスに注ぎながらも、自らに歯噛みする。


 計画は上手く行ってる、“アイツ”は今の所役に立っているし結果から見れば祝福してやるべきなのも分かっている。


 なのに、何故こんなに気に入らないのか。いや、理由は分かっている。奴は浄化戦争の英雄だ。俺達の同胞が山程死んだ、あの戦争の。


 しかし奴は今ではそれを悔いている。違う道があるのでは無いかと、手を取り合う道があったのでは無いかと。


 キセリア人こと“色抜き”の身でありながら、俺達の同胞の行く末を心から案じている。同胞が、不当な理由で虐げられるのを見逃せない。


 安っぽい正義感ならどれだけ良いか。鼻で笑って「分かった様な口を利くな」と背中を蹴飛ばして終わりなら、どれだけ良いか。


 問題は奴が、損得勘定を抜きにしてでも心からそれを願っている事だ。誰からも相手にされなかろうと、金貨一枚投げて貰えずとも、奴はその為なら自らの全てを懸けて闘うだろう。


 喉にまたもウォッカを流し込む。


 現に、奴は座っているだけで毎日金貨の袋が転がってくる様な立場だったのに、その立場を捨ててまで帝国に抗議した。見返りどころか、金の椅子から蹴落とされ周囲にも見放され、最近に至っては自分まで殺されかけたと言うのに。


 そしてとうとう今では、我等が同胞の仲間となり剣を振るっている。


 気に入らない。アイツの過去も活躍も、アイツ自体も。あるいは、アイツが気に入らない自分自身か。


 果たしてアイツが気に入らないのか、自分が気に入らないのか、それさえも曖昧になってきた様な気がした。


 ふとグラスを持った手を止める。ウォッカの瓶が空になっていたのに気付き、溜め息を吐いた。


 飲み過ぎだ、明らかに。


 こうして見ると、自分も随分と考え事が増えた気がする。作戦や方針の事では無い、主に考えても解決しないような事を考え込んでしまう事が。


 そんな悩みに頭を掻きながら、俺は床につく事にした。









 「メニシコフさん、少し宜しいですか」


 翌日そんな言葉と共に、極秘裏にデイヴィッドの監視に当たらせていた部下の一人から報告があった。


 「どうした?」


 変わった動きが無い限り、定期報告以外は必要無いと予め部下には命じてある。つまり、こうして報告に来るという事はアイツに不自然な動きがあったと言う事だ。


 「件の目標ですが、どうやらあの任務から帰還して以来、やたらと技術班方面に出入りしている様です」


 「恐らくヘンリックとでも会ってるんだろう、そう珍しい事じゃない。ヘンリックは良い奴だからな」


 現に、十人に聞けば十人が頷く程にヘンリックは人柄が良い。団員からしても、その人柄の良さから仕事抜きに会う奴も多い。


 「技術班方面に行く事ぐらい、そこまでおかしい事じゃないだろう。その件に付いては大丈夫だ」


 「いえ……それが……」


 珍しく言葉を濁す部下に、此方も眉を潜める。


 「どうかしたのか?」


 「その…………技術班方面に行くだけなら問題無かったのですが……“魔女の塔”に出入りしている様でして」


 「魔女の塔?」


 少し考え込んで、合点が行った途端に顔をしかめた。あの野郎。


 「……あの魔女もどきに会ってるって訳か。成る程、確かにそりゃ問題だ」


 溜め息と共に頭を掻いた。


 ニーナ・ゼレーニナ。技術班有数の天才かつ、技術班有数、恐らくは一番の変人。技術班の一部では魔女とさえ呼ばれている、とんでもないガキだ。


 その才能と技術は非常に有用なのだが、いかんせん人柄に問題がありすぎる。正にヘンリックと対極にあると言っても良い。


 まず人の話を聞かない、下手すりゃ返事もしない。勿論愛想も無く、人と会うのを露骨に避ける。口を開けば技術の話か、理解出来ない用語ばかり。


 だが、我が団に欠かせない人物でもある。我が団において帝国軍を大きく引き離した、画期的な個人運用高機動航空機、ウィスパー。


 そのウィスパーを開発したのは、よりにもよってニーナ・ゼレーニナ、たった一人だからだ。それも、開発も製作さえもただ一人で。


 今ではそのゼレーニナも自分の設計した灯台のごとき奇妙な塔に籠り、一人で研究・開発を続けている。それでも時折、画期的な開発図案を発案するのだから舌を巻く他無い。


 今では技術班の連中は話すらしないが、技術班の一部では“魔女”と呼ばれ、まるでお伽噺の様に語り継がれている始末だ。


 出来ればアイツには知らないままで居させたかったものを、何でよりにもよって、そんな奴とアイツがつるんでるのやら。


 再び溜め息を吐きながら、呟いた。









 「英雄サマに塔の魔女か、とんだ童話だな全く」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る