ブスは恋しちゃいけません!
江野ふう
#01
朝は8時10分に家を出る。
そうすると、家を左にちょっと曲がった角のところで
茶色い髪をさらさらと風になびかせて、走って行く彼は、私に気づくこともない。校則で禁止されているから、茶色い髪はもちろん染めているわけではない。もともと色素が薄いんだと思う。色も白いし、瞳の色も茶色い。
身長は168センチ。
「俺、170センチないんだよなぁ」
って、
それに170センチとかなくても、私が、宮原くんを好きなのには変わりがない。
頭のいい彼は京大の法学部を目指してるんだって噂に聞く。
彼女はいる風ではないけれど、
クラスの女子が円座になって話している真ん中で、キャーキャー言いながら大声で宮原くんへの愛を語る犀川さんはライバルだなと思った。宮原くんは相手にしてなさそうだけど。でも、自分が好きなものについて自信を持ってみんなに宣言できる彼女が羨ましかった。
教室の席順でもそうだ。成績の良い宮原くんと犀川さんはいつも近くに座っている。
今から思えば何がよくて今通っている高校を選んだのか分からない。偏差値が高いから、親に勧められるままに何の疑問もなく受験した。
中高一貫教育の私立椿ヶ丘学園に高校から編入した私を待ち構えていたのは、中学から通っている子たちに追いつくため、一時限70分授業一日7時間だった。当然部活は禁止。監獄みたいな半地下の教室で勉強漬けの日々を一年過ごし、高校二年目は成績順でクラスが決まった。
理系が4クラス、文系が2クラス。そのうち文系上位のE組にギリギリ残った私はクラスの中では、後ろから数えて10位ぐらい。学年で上位5本の指に入る宮原くんや犀川さんからは遠い席にちょこんと座っているだけ。
席も遠いし、共通の話題もないから、同じクラスになって10ヶ月が過ぎ、春にはピンクの花で満開だった桜も、葉さえ落ち、枝だけになろうとしているのに、私は宮原くんと直接喋ったことすらない。
私は、宮原くんを教室の端っこから眺めていることしかできなかった。
「ねえねえ!
宮原くんのことを下の名前で呼ぶ女子は、このクラスで――というか、この学校で林さんしかいない。林さんは私の隣に座っている。腰のところでスカートを三重ぐらい折ってるんじゃないかな。大きな眼をくりくりさせたポニーテールの女の子。笑顔が眩しい。
「やだよぉ!ちゃんとやってこないのが悪いんだから、おとなしく先生に叱られろっつーの」
「ええっ!?いじわるぅ!!!だって、問題超難しくない?凪みたく頭よくないから、普通にできないんだもん!いっそ白紙で提出しようか……」
林さんは宮原くんの幼馴染なんだそうだ。幼稚園が一緒で、小学校でいったん離れて、中学から椿ヶ丘学園でまた一緒になったらしい。
もしかすると、宮原くんは林さんが好きなんじゃないかなと思う。
いつもイチャイチャじゃれ合っている。
第一、林さんはとてもかわいい。長くて上向きにカールした睫毛だとか、細い脚だとか、小さな頭だとか、笑った時にできるえくぼだとか、アイドルみたいだ。
私、生まれ変わるなら林さんになりたい。
林さんみたいにかわいかったら。
犀川さんみたいに頭がよかったら。
私だって自信を持って宮原くんに話しかけられたかもしれない。
「あなたって本当にブスね」
幼稚園に通っていた頃からだ。私の顔を見る度、母は言う。
「笑ったら本当にブサイク。黙ってすましてないと見られたもんじゃないわよ」
母が言う通り、私はブスだから、人に負けないように一生懸命勉強してきたはずだった。でも、椿ヶ丘では私は授業に着いて行くのがやっとで、しかも、最近太ってきた。
ブスで、頭悪くて、デブ。
多分、こんな私に好かれるのは、宮原くんには迷惑だ。
だから、私は宮原くんを見てるだけ。
決して近づかない。
近づいてはいけない。
好かれなくていいの。
嫌われたくないんだ。
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