【WEB版】突然の再会

 行きつけのファミレス。

 私はメロンソーダを浴びるように飲んでいた。


「おや、誰かと思えば佐藤さんじゃないか」

「ああん!? 何見てんだテメェ!」


 酔っぱらいのように返事をした私。


「ははは、見たところそれは……ワイン、なのかな?」

「メロンソーダとアルコールを一緒にすんじゃねぇよぉ!」


 ブチ切れる私。

 見知らぬナンパ男は困惑した様子を見せる。


「随分と飲んでいるようだね。ボクのこと、覚えていないかな?」

「……ああん?」


 情報。

 スーツ、若い、そこそこイケメン。


「知らねぇ!」

「あはは、そうか、覚えていないか」


 少し寂しそうに俯いたイケメン。

 その姿を見て、ふと思い出した。


「おまえ、鈴木か?」

「どの鈴木かな」

「近所でいつも泣いてた鈴木」

「ひどい覚え方だな。でも正解。久しぶりだね」


 あー面影ある! 面影あるある!


「おー鈴木ぃ! 久しぶりだなぁ! チャラチャラしやがって、最近何してんだよ?」

「ははは、痛いよ。佐藤さんは相変わらずだね」

「なーにが佐藤さんだよ。昔みたいに愛ちゃんって呼んでくれてもいいんだぜ」

「じゃあ、ボクのことも健太で」


 社会人になって偶然再会した幼馴染。

 久々に会ったとは思えない程に話が盛り上がる。


 ケンちゃん、愛ちゃん。

 そんな風に呼び合って遊んでいただろうか?


 中学くらいまでは顔を見ていた気がする。

 高校進学を機にめっきり合わなくなって、それっきり。


 それでも話題は尽きない。

 高校で部活は何をやったとか、大学どこ行ったとか、とにかくいろいろ。


「へー、ケンちゃん起業するんだ。かっこいー」

「はは、起業するだけなら誰でも出来るよ」

「なにやんの?」

「それは流石に言えないよ。愛ちゃんは、何しているの?」

「わたし? 私はねー、無職になりましたー」

「……それは、悪いことを聞いたね」


 気にすんなよと背中を叩く。

 私は残ったメロンソーダを一気飲みして、少しトーンを落として言った。


「技術者って、どうして軽視されるんだろうね」


 これは、ただの独り言。


「難しいこと勉強して、いっぱい頑張って、高度人材とか言われて就職は楽だけど給料は別に高くない。ずっとずっとデスマーチで身も心も削りながら自動化したら、じゃあもう要らないからバイバイ。なにこれひどくない?」


 働き方改革とやらの影響で解雇された敗北者の冴えない愚痴。


「頑張ったんだよ!?」


 劣悪とか、過酷とか、そんな言葉では形容できない職場だった。文字通り命がけの環境。実際に心が壊れた同僚も居た。私が初めてコスプレして現れたとき、周囲は「あっ」という反応だった。


 それでも、私は、私たちは頑張った。

 決して逃げ出さず、ひとつひとつの業務を自動化した。


 自分のために。

 あるいは、仲間のために。


 成し遂げた直後、あの瞬間を私は忘れない。

 普段は寡黙な同僚達が歓喜する声、パチンとハイタッチした手に感じた熱。


「……ほんと、がんばったのにな」


 上手に言い表せない感情が目から零れ落ちる。

 私の誇り、宝物、思い出、成果。会社は何とも思っていなかった。


 べつに、何かを望むわけではない。成果に見合う報酬が欲しいとか、姿形の見えない会社に復讐したいとか、私を解雇することを決めた新社長をギャフンと言わせたいとか、そういう禍々しい熱も無い。


「……悔しいな」


 ただ一言、呟いた。

 他にはもう、何も言えなかった。


「……」


 ケンちゃんは唇を噛んで話を聞いていた。


「あの、愛ちゃん」

「ごめん、忘れて」


 私は言葉を遮って言う。


「スタートアップって大変でしょ。同情で雇おうとか、そんなこと考えなくていいよ」

「……」


 図星だったのだろう。

 ケンちゃんは口を閉じて、気まずそうに目を逸らした。


 ほどなくして、会計。

 別れ際、ケンちゃんが私に言う。


「そういえば、どこの会社に勤めていたのかな」

「RaWi株式会社。一応大手だけど、知ってる?」

「もちろん、凄いじゃないか」

「ただのブラックだよ」


 じゃね、と帰ろうとした私を引き留めて、


「佐藤さん……って、知らないかな?」

「佐藤は私ですが」

「あはは、それはそうなんだけど……」

「冗談。でも……うーん、私以外に居たかな?」


 一応、会社に六年居る。

 佐藤というありきたりな名前は、しかし一度も目にしていない。


「オルラビシステムって、聞いたことあるかな」

「おーよく知ってるね。私が作ったやつじゃん」


 ケンちゃんは目を見開いた。

 そして、急に私の手を握って言う。


「ずっと探していた。君が欲しい」

「……は?」


 もちろん求婚の類ではない。

 優秀なエンジニアを求めていたスタートアップの社長が、私をヘッドハントしている。それだけの話。


「いや、私もう仕事とか、今は、無理だよ……」

「君は最高のエンジニアだ!」

「ちょいちょい、なに急に、声大きいって」

「オルラビシステム。あれは芸術品だ。あれ以上のシステムをボクは見たことがない。それを生み出した君が……そんなこと、ボクは許さない。絶対に許さない」


 息を飲んで、顔を上げた。


「……なんでケンちゃんが泣くんだよ」

「悔しいからだ」


 すっかり男らしくなった幼馴染。

 昔と同じように涙目で、だけど昔とは違って、私から目を逸らさない。


「……なんなんだよ」


 きっと初めて、私から目を逸らした。

 顔が熱い。心が熱い。きっと今のが、私が欲しかった言葉だ。


「約束する。ボクは世界を変える。君が輝ける場所は、ボクが作る」


 結論から述べれば、私は幼馴染の誘いに乗った。

 理由はいくつかある。一番は、コスプレしたまま働いても構わないと約束してくれたからだ。

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