第47話 昏い誘惑


     /由羅


「あ……」


 見つけた。

 直接彼の家に行く勇気は無くて、ここなら……と思って来てみて。

 見つけることができた。


 真斗。

 うん……元気そう。

 ちょっと安心する。


 だって真斗、あの時あんなだったから。

 よし、行って声をかけよう――そう思って。


 一歩踏み出したところで、身体が震えた。

 それ以上、歩けなく――ううん、近づけなくなる。


「――――」


 私の視線の先にあるのは、真斗だけじゃなくて。

 もう一人。


「…………っ」


 知らず、私は手を握り締めてしまっていた。

 震えるほどに。


「やっぱり一人じゃなかったわね」


 後ろから、声がかかる。

 私を助けてくれて、そしてここまで一緒に来てくれた少女の声。


「……うん」


 予想していたことだけど、嫌な現実だった。

 真斗とジュリィが、一緒にいるなんていうことは。


「真斗のばか……」


 どうしてだか、そんな言葉が出てきてしまう。

 ばか……ほんとにばかだ。


 真斗ってば、昨日ジュリィに……殺されそうになったのに。

 どうしてあんな風に、普通に一緒にいられるのだろう。


 そう考えて、自己嫌悪してしまった。

 馬鹿は自分だ。

 私こそ、真斗を殺して……なのに一緒にいて欲しいと思ってしまっている。

 もっとひどいのに。


「私、どうしよう……」


 どうしていいのか分からない。

 昨日ジュリィが言ったことが本当ならば、真斗の命はジュリィが――あのひとが、握ってることになる。


 私が何かすれば、真斗が殺されてしまうかも知れない。

 私は何もできない。

 どうすることも。


「だめよ。そんなに殺気立っては、気づかれてしまうわ」


 優しくたしなめてくれる少女に、私は思わず縋ってしまう。


「ねえ……どうすれば……いいの? 私、どうすればいいのか……」

「欲しいのでしょう?」


 欲しい、というのとは違う気がするけど、でもきっと似たようなものだ。

 私は頷く。


「では力ずくで奪ったら? あなたにはそれくらいの力、充分にあるのだから」


 そうは言うけど。

 それができないから、私は立ちすくんでいるのに。


「でも……真斗、エクセリアにって……ジュリィが」

「そのようね」


 あっさりと、少女は肯定する。


「あの人間が死んでいるかどうかはともかく、普通の人間にしては存在力が強すぎるわ。介入があったのは間違いないでしょうね」

「それじゃあやっぱり……」

「そうね。存在力の強さとは裏腹に、とても脆いわ。肉体を再利用しているようだけど、それでも糸が切れれば長くはもたない」


 何も、できない。

 私が真斗のことを思っている限り、何も。


「方法は、無くもないわ」

「え?」


 思わぬ言葉に、私は顔を上げる。


「問題は二つ。一つは人ゆえの肉体の脆弱さ――その存在力の無さ。もう一つは一度死んでしまったせいで、自身の存在への干渉力を手放し、エクセリアに支配されてしまっていること……ね」

「ど、どうすればいいの?」


 言っていることはよく分からなかったけれど、私ははやる気持ちを抑えられずに先を尋ねる。


「誰もが認識できる充分な存在力をもった身体を用意して、なおかつエクセリアの支配から奪えばいいわ。わたしは観測者ではないから、イメージを具現化するだけの認識力はないけれど、材料さえあれば、それに準じたもの程度ならば造れるしね」

「う……、よ、よくわからないけど……?」

「ドゥークを見たでしょう?」

「?」


 いきなり知らない名前のようなのを言われても、わたしはきょとんとなるだけだ。

 少女はというと、ちょっとだけ不愉快そうに、頬を膨らませる。


「もう……。一応わたしのお気に入りなんだから、忘れたりしないで」

「え、えっと……?」

「昨日、あなたを助けた者がいたでしょう? 彼のことよ」

「あ……」


 言われてみれば、あの時私を庇ってくれたのは、背の高い男の人だった。

 あれがきっと……。


「彼と同程度の存在のものならば、提供できるわ。もし支配権を持ちたいというのなら、自分で造ってみてもいいと思うけれどね」


 そう言われても、やっぱり分からない。

 分からないけど、きっと何とかなるのだろう。


「ともあれ、あなたの好きにすればいいのよ。殺したいなら殺して、奪いたいなら奪って……手に入れればいいの。ね? 由羅」


 それは、とてもとても甘いささやき。

 そして、誘惑。

 私は、それに。


「…………うん」


 頷いてしまう。

 このままで、いいとは思わない。

 このまま、ジュリィに負けたりしない。


 今は、あの時とは違う。

 思い出し、考えると、昏い気持ちになっていくのが分かる。


 ……あんまり好きな感情ではないけど。

 私は、決心する。


「そうする」


 私のその答えに、少女は満足そうに……微笑んだ。


     /真斗


 深夜。


 本当なら黎のボディーガードということで、事務所に詰めてるはずだったのだが、今夜は所用があるとかであいつはどこかへ行ってしまっている。しかも俺は来なくていいとのことだった。

 一応上田さんがくっついてるらしいから、まあ大丈夫だろう。


 俺はというと、おかげで今夜は自由の身。

 帰ってぐっすり眠っておくのが一番とは思うのだが、そうはしなかった。

 今俺は、深夜の町中を歩いている。


 まるで数日前に戻ったかのように、市内を歩き続ける。

 目的も、まああの時と似たようなものだ。

 あの時は誰とも知れぬ殺人犯を捜していたわけだが、今は行方不明のあいつを捜している。

 どっちも由羅のことであるが。


「ったく……。元気にしてるんなら出てきやがれってんだ」


 何時間か歩き続けて、さすがに疲れて悪態をつく。

 そんなに都合良く出てくるとは思ってなかったが、出てこないとそれはそれで腹立たしい。


 それとも……やはり黎にやられた傷が、未だ癒えていなくて動けないのか。

 多少、心配になる。


 できるならば、黎がいない所であいつと話をしておきたいというのが、正直なところでの気持ちだった。

 あいつらが顔を合わせてしまうと、話し合いになどならないかも知れないと思ってしまうからだが……杞憂じゃないだろう。


 再びあいつのマンションに行ってみたが、やはりあいつがいる様子は無い。

 ってかあいつ、本当に無事なんだろうな……。


 黎はあいつが千年ドラゴンだから云々と言っていたけど、俺にはそれがどんなものなのかは分かってねえしなあ……。


「もう少し捜してみるか……」


 寒さに身体を震わせながら歩くのを再開したところで。

 その姿が、視界に飛び込んでくる。


 紅い瞳に銀の髪。

 その、少女の姿が。

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