第44話 ジュリィ・ミルセナルディス③

 その一人って、他にもまだいるってわけかい。


「茜、わかるか?」


 難しい顔で聞いている茜に聞いてみるが、返事は軽く肩をすくめただけだった。

 とりあえず、続きを話せということらしい。

 最遠寺は小さく首を横に振る。


「あの方のことで、わたしが話せることは少ないわ。ただ……ともあれ、あの方がいるからこそ、桐生くんは存在していられる。これは間違いないことよ」

「……結局、真斗の命が人質ということか」


 不愉快そうに、茜が最遠寺を睨む。


「真斗の命はお前たちの自由、ということなんだろう? つまり、協力しなければあっさり殺すと――そう脅しているのと同じだ。違うのか?」

「……そのつもりはなかったわ」


 明らかに怒っている茜とは対照的に、静かに最遠寺は否定する。


「信じられない」

「でしょうね。つもりはなかったけど、結果的にそう思われても……仕方無いわ。わたしは協力して欲しいし、そして桐生くんの存在はエクセリア様次第なのだから」

「真斗を殺してみろ。その時は、あらゆる意味で後悔させてやる」

「…………」

「……おい」


 思わず俺は口を挟んだ。

 何ていうか、非常に空気が悪い。

 ぎすぎすし過ぎだ。


「少し落ち着け茜。あんまり最遠寺につっかかるなよ」

「何を言ってるんだこの馬鹿! 自分のことだろう!?」


 怒鳴られる。


「そんなことはわかってる。当然だろ?」

「わかってない!」


 あっさり否定してくれる茜。

 ったく……。

 冷静なようでいて、意外と短気なところは相変わらずだよな。


「いいから落ち着け。お前が怒ると話が進まなくなるだろ? 今のとこ、最遠寺も聞いたことにはちゃんと答えてくれてるんだ。でもって話はまだ終わってない。肝心なことをな」


 そう。肝心なことを、まだ聞いていない。


「最遠寺」


 茜が何か言い返すより早く、俺は最遠寺へと聞いた。


「結局お前は、俺にどうして欲しいんだ? 俺だってまだ死にたくない。できることなら協力してもいい。でも最初にも言ったけど、あいつをどうにかする手伝いだけはやる気は無い」


 沈黙の後。

 長く息を吐いて。

 最遠寺は答えた。


「わたしは今……動けないわ」

「動けない?」


 俺は眉をひそめる。


「昨夜のこと、覚えているでしょう? わたしは少なからず傷を負ったわ。はっきり言って、今この状態ではユラと闘っても勝ち目はないわね」


 自嘲気味に、最遠寺はそんな風に言う。


「それを言うならあいつの方だって一緒だろ? 第一あいつ、無事なのかよ」


 確かに最遠寺もやられていたが、由羅だって、同じようにやられていたはずだ。


「ていうかお前、あんだけ怪我したはずなのに、無傷に見えるんだけど?」

「見た目ならね」


 最遠寺は苦笑する。


「今はただ、傷が塞がっているだけ。歩くのがやっと、というところね……」


 そうは言うが、とてもそんな風には見えない。


「でもユラは違うわ。外傷ならばとっくに治っているはずよ。もちろん、体力も。そういう存在なんだから」


 あいつが千年ドラゴン――とかいう存在だから、か。


「わたしが力を取り戻すには、少々時間がかかるのよ。だからその間、桐生くんにはわたしを守って欲しい」


 誰からかなど、考えるまでもない。


「それが、俺にして欲しいことか?」

「さしあたってはね」


 過去の因縁はどうあれ、今回仕掛けたのは最遠寺だが、由羅の奴だってそれを黙って見ているはずがない。

 最遠寺の言うように回復しているのならば、反撃だってするだろう。

 そうしたらあいつは、最遠寺を殺すのだろうか。


 正直なところ、それは自然な対応だと俺は思う。

 自分を殺そうとする奴を相手に、反撃するなという方が無茶だ。


「ったく……くそ」


 本当ならば関わるべきことじゃない。

 最遠寺と由羅、二人の個人的なことだ。


 けど茜も言うように、そうして済む問題ではなくなってしまっている。

 運が悪かったのか何なのか、俺はすでに巻き込まれてしまっているからな……。


「わかった。役に立つかどうかは別として、由羅の奴が来たら、俺が相手してやる」

「真斗!?」


 僅かに驚いた最遠寺を余所に、茜が声を上げた。


「本当に、黎に協力する気なのか?」

「――仕方ないだろ? お前も言ってただろーが。俺の命が人質になってるようなもんなんだ。断ってあっさり消されでもしたら、嫌だからな」

「……っ。お前はそれでいいのか」


 歯を噛み締めた後、茜が押し殺した声で、尋ねてくる。


「まさかな」


 そんなわけがない。


「いいはず無いだろ。いくら妙な力が出せるようになったって、自分の命が誰かに握られてるなんて、それこそ冗談じゃない」


 冗談じゃない、が……今はそれをどうにかする方法など、何も思いつきはしない。

 この現状さえ、しっかり把握しているわけでもないってのにな。


「とりあえずは、いったい自分がどうなってるのかを知りたい。ついでにもう一つ、由羅を止めとく必要もあるだろ?」


 大丈夫だとは思うが、今回の一件でいつが自棄になって、元のように暴れられたら洒落にならない。

 最遠寺はそれこそ狙っているのかも知れないが、俺としては願い下げだ。

 何にせよ、由羅は止めなければならない。止めれるうちに。


 今最遠寺が動けないのなら、それは好都合だ。

 由羅のことだけ警戒してればいいんだからな。

 ボディーガードなら、ちょうどいい。


「茜、お前はどうする?」

「ふん」


 答えず、茜は鼻をならしてそっぽを向く。

 かなり不機嫌なのは、間違いない。


「私はお前ほどお人好しじゃない。勝手にしていろ」

「勝手にって、おい」

「気に入らない。それに、もする」


 それだけ言うと、乱暴に席を立ってしまう。

 って、においって何だよ。


「――九曜さん」


 すれ違いざまに、最遠寺がさりげなくささやく。


「邪魔だけは、しないでね?」

「――ふん」


 やはり何も答えず、茜はそのまま行ってしまった。

 あー……。

 あれは相当怒ってるよな……。


 最遠寺に対しても、俺に対しても怒ってるんだろう。

 俺を利用している最遠寺に。

 そんな最遠寺に従う俺に。


「九曜さんは、真っ直ぐな人なのね」


 茜が荒々しく公園を出ていった後、ぽつりと最遠寺がつぶやいた。


「まだガキなんだよ。あいつはさ」


 自分で言ってから思い出したけど、あいつってば俺よかそれなりに年下なんだよな。

 昔っから偉そうにしてるから、時々忘れるけど。


「わたしも驚いているのよ? 事情を知った上で、まさかこんなにあっさりとわたしに協力してくれるなんて」

「別に協力してるわけじゃねーぞ」

「え?」

「あいつが暴れないようにお前に張り付くのに好都合だった、ってわけだよ」

「……守っては、くれるのでしょう?」

「そりゃあな」


 由羅が誰かを殺してしまったら、意味が無い。

 例えそれが、最遠寺だったとしても。


 ともかく、もう一度あいつに会うべきだろう。

 そして改めて、あいつの意思を確認したい。

 それに、一応心配でもあるしな。

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