第25話 幼馴染との再会②

 一番の疑問をぶつけてみる。


「昨日、お前を見たんだ」

「昨日? ……昨日っていつ頃」

「夜だ。深夜。そっちの女と一緒にいるのをな」


 ……そっちの女って。


「最遠寺と……? あ」


 そこで、何となく分かってしまった。

 昨日の、夜。

 最遠寺に力試しをされる直前まで感じていた、気配。


「お前――だったのか、あれ」

「うん」

「うんって……。何やってたんだ?」

「お前と同じ目的だろう」


 同じって。


「じゃあ何か? お前もここ最近の殺人犯でも追ってるって言うのか?」


 また何で、と思う。

 その殺人犯が異端種であることは、恐らく間違いない。


 茜は異端にとっての天敵である、アトラ・ハシース。

 追う理由は分からないでもないが、わざわざ外国からこの国まで来るというのは、どういうことなのか。


「向こうで事件を起こした異端種を追っているんだ。しばらく消息が掴めなかったんだけど、この国に来たらしいことが分かって……理由は良く分からないが」

「おい、所長?」


 聞いたか、と俺は所長の方を振り返る。


「ああ、一応聞いてはいる」


 頷く所長。

 と、ちょうど上田さんがコーヒーを運んできてくれる。


「よくわかんねえけど、俺らの追ってる奴って、かなりやばい奴なんじゃないのか?」


 アトラ・ハシースほどの者が、わざわざ国外にまで追手を差し向けるほどの相手。

 何ていうか、俺の手に負える奴なのかと思ってしまう。


「――そうでしょうね」


 口を挟んだのは、今まで黙っていた最遠寺。


「アトラ・ハシースですら、もう三人ほど返り討ちにされているでしょう」

「……よく知っているな」


 ちらりと一瞥して、茜が言う。

 どうやら事実らしい。


「お前は?」

「わたしは最遠寺黎。九曜家のあなたなら、最遠寺の名くらいは知っているでしょう?」


 簡単な自己紹介に、納得したように茜は頷く。


「なるほど。最遠寺の家の者か。でもアトラ・ハシースとこの国との繋がりは薄い。唯一あるといえるのが、私の実家なんだが……」

「そうね。けれどわたしたちも、何もしていないわけではないわ。世界はもう、ずいぶんと狭くなったのだから」


 確かに最遠寺の言うように、例え今まで繋がりが無かったとしても、お互いの存在を知っている以上、いくらでも繋がりを持つようにすることはできるということか。

 と、所長が口を挟む。


「おいおい黎君。返り討ちにされているって、そんな話、おれは聞いてないぞ?」

「……ごめんなさい。けれど、まだ今回の殺人犯と同一という確証がなかったから」


 だから今まで触れなかったと、最遠寺は言う。


「ふむ。まあ今わかっただけでもいいがな。しかし……となると、おれが思っていた以上に物騒な相手ということになるな」

「……だな」


 俺も頷く。

 アトラ・ハシースを三人も返り討ちにできる力を持った奴、ねえ……。まともな相手じゃないな、それ。


「しっかしさ。そんなやばい相手なのにお前が派遣されるようになるなんて、ずいぶん認められているってことじゃないか?」


 茜がここまで派遣されてきたのは、こいつが日本人ということもあるかも知れないが、それだけでそんなやばい奴を追わせたりはしないだろう。


「別に……。そんなことよりも真斗。今回のことからは手を引いた方がいい」


 いきなり、茜はそんなことを言った。


「手を引けって、お前」

「私がここに来たのは、お前を見てもしかしてと思ったからなんだ。昨日私は柴城さんに会って、この町でのことを聞いた。その時は知らなかったけど、後でお前を見て……もしかして柴城さんの所に関係があるんじゃないかと思った。お前は九曜にいた。京都市で九曜の家と関係があるのは、計都神社か柴城さんのところくらいだからな」


 ……なるほど。


「で、わざわざ警告に来てくれたってわけか」

「そうだ」


 あっさりと、茜は頷いた。


「正直に言って、危険すぎる。相手はまともな精神じゃないだろうし、たぶん、力も尋常ではない。妖魔か魔族かそれはわからないけれど、間違いなく危険な人外のものだ」

「俺には手に負えない……ってことか」

「聞いたはずだぞ? そいつはアトラ・ハシースの者をすでに三人も殺しているんだ。殉職した彼らより私のランクが上だとはいっても、絶対大丈夫というわけじゃない。もしかすると私だって返り討ちに合うかもしれないんだから」


 それだけ相手のことは得体が知れず、危険であると、茜は言った。


「下手をすれば、お前も殺されるぞ?」


 ……こいつがこっちを心配して言ってくれていることが分かって、俺は小さく頷く。


「そっか。なるほどな」


 まあ俺自身、そんな危惧を持ちはしたのだが。


「けどさ、俺のことはいいとしても、お前は大丈夫なのか? 仮に俺が手を引いたあと、お前の死体でも見つかりでもしてみろ。目覚めが悪いったらねーだろ」

「その時は私は死んでいるから、私は気にならないぞ?」


 おい。


「俺が気になるって言ってるんだが」

「冗談だ」


 ……もうちょっと気の利いた冗談言えって。


「でも心配しなくていい。私はたぶん、真斗より強いから」


 ……む。

 いやまあ、それはそーだろうけど。

 でも何か傷つくぞ、その言い方って。


「お前さあ、もうちょっと気を遣えよな。俺が落ちこぼれでけっこう悩んで頑張ってたの、知ってるだろ?」

「私だってそうだ。何を今さら」

「レベルが違うだろうが。ったく……」


 確かにこいつは昔からこんな感じで遠慮が無かったけどさ。


「っていうか、そういう話じゃなくて、その相手がお前より強かったら、やっぱりお前もやばいだろうが」

「……うん。そうだな」


 そうだなって、おい。


「でも大丈夫だ。私も駄目だと思ったら、ジョーカーを使うから。……あんまり頼りたくはないけれど、死ぬよりはいい。私もまだ死にたくはないから」


 ……ジョーカー?


「何か切り札でもあるのか?」

「……たぶん」

「たぶんって、何なんだよそりゃ?」

「だからジョーカー。死神。この町にはそれがある……いるんだ。運良くか悪くはわからないけど。あれならば絶対に何とかなると思う」

「よくわからねーけど……まあ、お前がそんなに自信を持っていうんだから、大丈夫なんだろうな。安心しとく」


 きっと茜の協力者か何かなんだろうけど、よほど強いってことか。茜がここでま言い切るんだから。


「うん」


 こくりと、茜は頷く。


「それと、今話に出た死神のことだけど」


 何か思い出したように言う。


「死神って、ジョーカーのことか?」

「そう。もしお前がこれから関わるかもしれない異端の者の中で、彼女だけには関わるな。これは柴城さんにも言っておく」

「ほう」

「なんだ? その切り札って……異端種なのか?」


 珍しい話だ。

 異端のことは何から何まで毛嫌いしているアトラ・ハシースに、異端の協力者がいるなんて。


 まああり得ないことでもないか。

 毒には毒をもって……なんて言葉がある世界だし。

 しかも彼女ってことは、女ってことか。


「……それはよくわからない」


 俺の質問に、難しい顔つきになって、茜は言う。


「でもお前が仕事で関わることがあるとしたら、それは多分異端としてだと思う。あれは、その……何だか良くわからないんだ。何考えてるか今ひとつわからないし、怖いんだけど、けっこう優しいところもあるし……」


 茜自身、何やら困っているような様子だった。

 あさっての方向を見ながら、非常に喋りにくそうに話している。


 何か、気になるぞ。

 その切り札って奴。


「ともかく、関わるんじゃない」

「んなこと言ったって、そいつが誰だって事前に知らない以上、どこでどう関わるかなんてわかんねーだろ?」

「それはそうだけど……。たぶん、向こうから問題は起こさないとは思う……裄也がいるから。でもお前たちが馬鹿な関わり方をしたら、容赦無く始末されるぞ。危険度で言ったら、今回の犯人よりずっと危険なんだ」

「……そんな物騒な奴に、お前んとこの組織はよくパイプを持てたよな」

「違う。個人的な知り合いなんだ。アトラ・ハシースは彼女に恨まれているから、そうであるというだけで殺されかねない。私だって……」


 何やら思い出したのか、顔をしかめて口をつぐんでしまう茜。

 どうやら相当ヤバイ奴らしい。

 何かよく分からんけど。


「とにかく、もしどうしても会いにいかなければならなくなったら、玄関から会いに行け。そうしたら話くらいは聞いてくれると思う」

「はあ。……だとさ、所長」

「茜君が言うのなら、気をつけないとな」

「変な事件を拾ってこないでくれよ。……って、今回もう、拾ってきちまったみたいだけどな。で、どーすりゃいいんだ? 俺」

「私はやめろと言った」


 にべも無い、茜。


「う~ん……」


 唸る所長。


「大丈夫よ、桐生くん」


 茜とは反対意見を、最遠寺は口にした。


「あなた一人ならば確かに危ないけれど、わたしがいるのだから」


 ……そーいやこいつ、昨日パートナー宣言してったっけか。


「お前がどれだけできるのかは知らないが、真斗は別だろう。あれから努力をしたのかもしれないが、それでもたかが知れている。危険には変わりない」


 うーん……自覚しているとはいえ、ちょっぴり傷つくぞ、茜。そうはっきりと弱いと断言されると。


「過小評価のし過ぎよ。桐生くんならば役に立ってくれるわ」

「それならいいけれど……」


 不満な表情の、茜。

 俺は困ったように、所長を見た。


「そうだなあ……。まあお前を外すことはできる。バイトだし、断る権利もある。後の仕事は黎君に引き継いでもらうことになるがな。本当は、お前に黎君をサポートして欲しかったんだが」

「……柴城さん。私はあなたもこの件から手を引いた方がいいと思う」


 茜が言う。


「相手は本当に、危険なんだ」

「そいつは難しいな」


 渋い顔で、所長は頭を横に振る。


「黎君が派遣されてきたことからも分かるように、今回のことには上の連中も積極的に動いている。まだ確認の段階だというのにな」

「…………」

「そういうわけでな、茜君。おれも立場が色々と微妙なんだ。九曜の君の意見は聞いておきたいところだけど、かといって最遠寺の方を無視するわけにはいかない。おれは今じゃ関西で動いてるけど、元々はあっちの出身だからな」


 まあ所長としても、立場的に苦しいところだろうな。

 その辺りに関しては、俺は落ちこぼれってこともあって、どうでもいいといえばどうでもいい。けっこう他人事なのである。


「では、共同作業というのはどうかしら」

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