第12話


クロエの九歳の誕生日。


僕は、用意していた魔蜂のハチミツと、《聖銀のネックレス》を彼女にプレゼントした。

僕が取り出した《聖銀のネックレス》に、彼女の目は釘付けになった。


「今年の誕生日プレゼントだよ」

「……ありがとう……」

「今から付けてあげるね」

僕はそう言って、彼女の首の後ろに両手を回し、ネックレスを取り付けようとした。

自然と、彼女の顔と僕の顔が近くなる。


そういえば、普段は、彼女とここまで近くなることはなかった。


意図していなかっただけに、僕の心臓は破裂しそうなぐらいに高鳴っている。

彼女のブラックダイヤのような瞳に、流れる黒髪、桜色の唇、まっすぐの鼻筋。

それらがすべて、僕の眼前にあるのだ。


僕はその美しさに見とれてしまい、ネックレスの留め具を止めることすら忘れてしまった。

彼女の瞳が僕をのぞき込んだまま、僕は動くことができず、時間が過ぎる。


ふいに


頬に柔らかいものがあたった。

彼女の唇だった。


慌てて僕がネックレスの留め具を止めて、彼女を見返すと。


クロエは顔を真っ赤にしながら、僕に言った。

「お返し!……これはプレゼントのお返しなんだから!」


そういうと、彼女は背を向けて、走り去ってしまった。


後に残された僕は、頬の熱を感じながら、彼女の後ろ姿を眺めることしかできなかった。



---------------


「はぁ……」

僕が余韻に浸っていると、タナカが騒ぐ。

『もうそれいいから。狩り行くぞ!今日からは、オーク道場だ!』

僕は彼に言われるがままに、『オーク道場』に向かった。



俺の眼前には、一面の森が広がっている。

なんでも、この森に、オークが大量に生息しているそうだ。


「これは……視界が悪いし、戦いづらいな」

正直な感想が漏れた。

オークは小兵でも三メートル近いらしい。

地の利も相手にあるし、モンスターは嗅覚も優れているし。

こっちのほうが小回りが利くぐらいしか良いところないかも。


『まぁな。ただ、オークは頭が悪すぎるから、戦いやすいところもある。同種でも仲が悪いから、基本、単体で行動してるしな』

「ふーん……」


僕は歩を進めて、森の中に入っていった。


虫の奏でる音色や、小動物が動く音が耳に響いてくる。

暗闇の世界のなかで、僕だけが孤立しているように感じた。


夜の森のなかには、月明かりもそこまで入ってこないので、ほぼ前が見えない。

『慣れるしかないな』

いや、それ、何の解決にもなってないだろ……。


僕とタナカが、そんなやりとりをしていると。


前方から、枝木を踏み折る音が聞こえてきた。

かなり強い音から、相当の体重をもった生き物だと分かる。


オークだ。

オークが僕に接近しようとしている。


僕は構えをとって、腰を据えて、相手をうかがう。

僕には見えていないのに、どうやらオークは僕のことを捉えているようだ。

的確に、僕に向かって近づいてきている。


そして、ある程度近寄ってきたかと思うと、足音は止んだ。



僕の呼吸音だけが聞こえる。

まだ、正確にどこに相手がいるのかも分からない。



打。

庇。


前方の茂みから音がしたかと思うと、こん棒が全力で横殴りをしてきた。

僕は、脇を締めて腕と脚でガードをしたが、吹き飛ばされた。

背中から近くの大木に叩きつけられる。


僕は、《ヒール》を放ちながら、立ち上がる。


だが、そこにはすでに第二撃が振り下ろされる。


僕は、やっと、オークの姿を視界に捉えることができた。

右膝を沈ませるようにして右ダッキングをしてかわす。


背にしていた大木にこん棒が打ちつけられ、一瞬、相手の動きが止まった。



踏。



僕は、左足の裏で、オークの左膝を前方から踏み抜いた。


パキキキュッ


膝蓋骨が音をたてて、砕けた。


「グウゥゥゥウァオオオオオ」

オークが呻きながら、左膝に手を当てて、腰を沈める。


いまだ!

僕は、右フックをオークの顔面に叩きこむ。


だが、効かない!

手ごたえが脂肪をたたくような感触だった。


くそっ!

僕は、うずくまっているオークの背にローキックを入れるが、これも脂肪に阻まれる。


オークは、僕の攻撃を嫌がるように、手を振り回す。

相手にリーチがあるので、うかつに飛び込むこともできない。


僕は必死になって、攻め手を考える。

純粋な打撃では、脂肪を貫通することができない!



僕は手刀を作った。


そして、オークの間合いの中に入る。

膝を抱えながらオークが放ったフックをかわすと、喉元に前から手刀を入れた。



ぶちゅぶちっ


皮膚と血管がちぎれるような音がし、僕に大量の返り血がかかってきた。

だが、そのまま僕はさらに踏み込み、手刀で喉を貫通させた。


オークは即死だった。


----------------


オークの死体を《インベントリ》に入れて、しばらく休憩をし、そして『オーク道場』から撤収することにした。


相性が悪すぎる。

僕の正直な感想だった。

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