第388話 困った時に助けてくれるのは苦労して得た力だよ
11月1週目の金曜日、ライトはトールと一緒に屋敷の庭にいた。
「父様、今日もよろしくお願いします」
「うん、よろしくね」
何をしているのかと言えば、<杖術>獲得のための稽古だ。
トールが生まれ持って会得しているスキルは、<法術>と<雷魔法>、<状態異常耐性>の3つだ。
トールが大きくなってアンデッドと戦うことになった時、近接戦闘が一切できないなんてことは避けたい。
だから、ライトはトールに<神道夢想流>の下位スキルである<杖術>を会得させるべく、トールが3歳になってから、木の杖を使って時間を見て稽古をつけている。
ちなみに、<杖術>の稽古以外にも<法術>や<雷魔法>の練習、読み書き計算の勉強もヒルダやアンジェラ、ルクスリアと分担して面倒を見ている。
ライトも自分一代だけで全てを解決できるなんて思っていない。
だとすれば、トールの育成はライトにとって全力で対応すべきものとなる。
自分が手を抜いてしまえば、トールが強くなれずに命を落とす可能性があるのだから、自分に教えられることは全て教えるつもりだ。
「じゃあ、素振りから始めようか」
「はい!」
トールも
それゆえ、きっちり100回ずつ基本の型の素振りから始める。
エイルが生まれてからのトールは、甘えることが減ってお兄ちゃんらしくなった。
兄は妹を守れるぐらい強くならねばという気持ちが芽生えたからに違いない。
ちなみに、トールの歳でイルミがどう考えていたかと言えば、体を動かすのが楽しいとか
そうだとしても、イルミを責めることはできまい。
何故ってトールが同年代の幼児に比べて早熟なだけだからだ。
さて、素振りが終わると休憩時間となる。
「お疲れ様。かなり体の軸がブレなくなってきたね」
「本当ですか? それなら良かったです」
自分の成長を褒めてもらえるのは嬉しいので、トールはニパッと笑った。
なお、この稽古風景はライトがアンジェラにカメラやビデオカメラで撮影させている。
いつもという訳ではないが、ライトがトールと過ごせる時間だからアルバム作りにはもってこいなのだ。
「汗で体が冷えると良くない。トール、自分に【
「はい! 【
トールが技名を唱えると、ちゃんと効果が発揮されてトールの体がさっぱりした。
「うん、できてるね。<法術>の熟練度も着実に上がってるよ」
「ありがとうございます!」
ライト流指導のポイントはこまめに褒めることだ。
成功体験を実感させることで、やればやるだけ上達すると思わせる。
実際に上達しているのだが、そう教えている者が思えるようにすることでモチベーションを高めている。
「そろそろ次の技に手を出しても良いかもね」
「次はどんな技ですか?」
「【
「たまに父様が使用人にやってあげてる技ですね」
「その通り。【
「わかりました」
トールが現時点で使える<法術>の技は2つだ。
自分に使った【
どちらも覚えやすく使いやすいことから、ライトが優先的に教えていた。
本当は【
こう言うと感じが悪いかもしれないが、病人がいた方が治したいという気持ちが芽生えて上達が早いのは事実なのだ。
ライトが早く上達したのだって、エリザベスを早く元気にしてあげたいという強い思いがあってのことだ。
「さて、休憩はおしまいにして、今度は打ち込みだよ。準備は良い?」
「お願いします」
ライトが<
「始め」
「やぁ!」
剣道ならば面と呼ぶべき部位に対し、トールが声を上げて杖を打ち込む。
木と木がカンという音を立ててぶつかり合い、トールは体の軸がブレないように一生懸命打ち込んでいる。
素振りの時には感じない物を叩く衝撃が伝わり、トールの腕を痺れさせようとする。
しかし、トールは打ち込みをする前から握力を鍛えるようにライトから言われていたおかげで、その衝撃に負けずに杖を持ち続けられる程度に握力も鍛えていたから問題ない。
素振りと同じく基本の型での打ち込みが終わると、ライトはトールに休憩だと告げた。
トールは素振りの時よりも汗をかいており、ライトに言われる前に自ら【
(今度は言わなくても自分からやれたね。【
「父様、訊いても良いですか?」
「何かな?」
「父様は<神道夢想流>をどうやって会得したんでしょうか?」
(ご都合主義で会得したなんて口が裂けても言えない・・・)
ライトはソードブレイカーと戦った後、ペインロザリオをアンジェラに使わせるために当時はまだスキル認定されていなかった杖術を使えると言ってみせた。
それをヘルが調整して<神道夢想流>というスキルを構築してライトに与えたので、言ってしまえばこのスキルを会得した経緯はご都合主義なのだ。
無論、ライトはルクスリアとアンジェラの2人に鍛えられていたおかげで、大体の武器をある程度使える技量を有していた。
その技量があり、<神道夢想流>に関する知識もあったからご都合主義にも対応できて使いこなせている訳だが、トールにそれを正直に言う訳にもいくまい。
「ルー婆とアンジェラに武器攻撃の基礎を鍛えてもらって、カースブレイカーって
嘘は言っていない。
一部転生絡みで言えないところはあるものの、嘘は一切ついていない。
トールに嘘をつきたくないライトとしては、これが最良の回答だった。
「ルー婆様とアンジェラですか・・・。父様、大変だったんですね」
(トールに共感されてるんだけど、ルー婆とアンジェラはトールにどんな鍛え方してるんだろうか)
チラッとビデオカメラで撮影中のアンジェラの方を見ると、アンジェラは動じることなく撮影を続けた。
アンジェラ的には特に難しいことをやらせている自覚はないらしい。
だが、ルクスリアとアンジェラの名前を出したことで、トールが<神道夢想流>をライトが会得できたことに疑問を抱かなくなったのはラッキーだと言えよう。
「困った時に助けてくれるのは苦労して得た力だよ」
「深い言葉ですね。僕も頑張ります」
「その調子だ。さて、次は対人戦の練習だ」
「わかりました。父様、胸を借ります」
「かかっておいで」
人形への打ち込みが終わったら、今度は動く相手との模擬戦を行う。
当然、ライトからトールに対して攻撃を行うつもりはない。
ただトールの攻撃をいなすだけである。
「やぁ!」
「踏み込みが甘いよ」
「えい!」
「そう、その調子」
「たぁ!」
「良いね。その勢いだ」
疲れて動けなくなるまで、トールはライトに攻撃を仕掛けた。
これ以上は厳しいと判断すると、ライトは模擬戦の終わりを告げた。
「トール、お疲れ様。今日もよく頑張ったね」
「ありがとう、はぁ、ございました、はぁ」
疲れていても稽古に付き合ってくれたライトへの感謝は忘れない。
4歳にもかかわらず、しっかりした子である。
「トール、今が一番効き目があるからこれ飲んで」
そう言ってライトが<
ライトが改良したおかげで、ルクスリアが作った未完成版よりもずっと飲みやすいからトールも嫌な顔をせずに飲める。
「はい」
ライトから手渡された小瓶に入ったユグドラ汁を受け取り、トールはそれをグイッと飲み干した。
「良い飲みっぷりだね、トール」
「父様のおかげです。父様は美味しくないユグドラ汁を飲んでたんですよね?」
「ルー婆との稽古で何が辛かったかって訊かれたら、あのユグドラ汁を飲まされたことだって絶対に答えるね」
「僕は父様のことを誇りに思います」
(ユグドラ汁の改良で誇りに思われるのはどうなんだろうか)
そう思ったものの、トールに誇られることは嬉しいライトだった。
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