第346話 そんな伝統に何も価値はありませんわ。ゴミ箱に捨ててしまえば良いんです

 ヘレン率いる少数精鋭がパイモンノブルスを攻め落とした頃、ヘルハイル教皇国某所にはノーフェイスと子供を抱えるマチルダ、爺、死使ネクロムの5人がいた。


「ノーフェイス様、パイモンノブルスを放棄して本当によろしかったのですか?」


「良いも何も呪信旅団の団員だけではパイモンノブルスを運営できない。占拠コストが占拠するメリットを上回ってるし、そもそも団員が中途半端な実力しかなかったじゃないか」


「そう言われてしまうと何も言えませんな」


「アザゼルノブルスの作戦、発案自体は悪くなかったのに実行部隊に実力が伴ってないから失敗した。爺もわかってるだろ?」


「申し訳ございません。まさか、小聖者マーリンが結婚式中に邪魔をさせまいとあのような手に出るとは私も考えておりませんでした」


 ライトはローランド達からアルバス達へのお祝いに毒が入っていたと気づくと、結婚式の間は【聖半球ホーリードーム】でアルバスの屋敷の敷地を覆った。


 そうなれば、屋敷の門の外から何か投げ込む等の妨害はできず、人質を取って要求を呑ませるしかなかった。


 しかし、その手段もアンジェラを屋敷の敷地外に配置させることで潰したのだから、爺とライトの知恵比べはライトに軍配が上がった。


 もっとも、人質を保護した後にライトが警戒を解いて【聖半球ホーリードーム】を解除したタイミングを狙うこともできたはずなのだが、現場の人間がそこまで頭が働かなかった。


 指揮官が知恵の働く者でも、行動する者達に考える頭がなければ上手くいかない典型例と言えよう。


「構わないよ。あれが今の旅団の分水嶺だった。だから、エフェン作戦を採用したんだ」


「改めて考えても、エフェンで敵を釣って旅団をリセットするというのは思い切った発想でございますな」


「そうかい? はもうそうするしかないと思ったけどね。爺もエッチーゴ商会の行商人に扮した時、そう思わなかった?」


 私という単語を発した時、一瞬だけノーフェイスから怒気が発せられた。


 マチルダが抱いている赤ん坊は寝ていたため、泣き叫ぶようなことはなかったが爺と死使ネクロムはビクッと体を震わせた。


「左様でございますな。団員の練度がまさかあそこまで低いとは思いもしませんでした」


「だろう? だから、怪盗トリックスター呪騎士カースナイトには悪いけど、パイモンノブルスと運命を共にしてもらったんだ」


 この話を最初に聞いた時、死使ネクロムはノーフェイスの第二婦人になれて心底良かったと思った。


 もしも第二婦人ではなく、ただの四天王の1人だったならば、死使ネクロムもパイモンノブルスで捨て駒にされていたかもしれないからである。


「私はノーフェイス様のお傍に置いといていただけることに感謝いたします」


「私だってやり捨てはしないさ。そこまで外道になったつもりはないからね」


 諸悪の根源の許せる外道ラインとはなんだろうか。


 マチルダを調教して絶対服従の子供を産む道具にし、パイモンノブルスの領民を皆殺しにさせ、エフェンを国中にばら撒いた。


 それどころか、自分の期待する戦力以下であると判断すると今まで従えていた団員ですら捨て駒にする。


 ここまでの外道行為をあっさりとやってのけたくせに、1回抱いた女は見捨てないという謎の倫理観を発揮するノーフェイスは静かに狂っているのだろう。


「それはさておき、ノーフェイス様、今後の方針について今一度お教え願いますでしょうか?」


「良いよ。まず、エフェンから足を洗う。爺もエッチーゴ商会の看板は畳んでね。理由はわかるね?」


「エフェンから我々のことを辿られないようにするためですな」


「その通り。それで、第一優先は呪信旅団の立て直しだ。私の後継者が育つまでの間は、アンチ教会もしくはアンチ小聖者マーリンで実力がある者の引き抜きを行う。スカウトは爺に任せる」


「かしこまりました。今度は人格に問題がないか、ノーフェイス様の期待に応えられるだけの知恵を働かせられるかも考慮して参ります」


「頼むぞ爺。間違っても戦闘だけが取り柄の頭のおかしい奴はやめてくれ」


「はっ」


 爺が任された仕事は最重要である。


 リセットするまでの呪信旅団は、少々大きくなり過ぎたがゆえに質が劣った者も散見された。


 使えない団員がいくらいても捨て駒にしかならないから、使える奴をスカウトせよというノーフェイスの指示は呪信旅団を再興する重要な要素だ。


 これは絶対にしくじれないと爺は気を引き締めた。


「ノーフェイス様、私はいかがすればよろしいでしょうか?」


死使ネクロムにもスカウトを命じる。ただし、死使ネクロムにスカウトさせたいのは死霊魔術師ネクロマンサーだけだ。理由はわかるね?」


「勿論でございます。有用性が評価され始めましたが、いまだに差別的な扱いを受けて力を発揮できない者もおります。実力があり、旅団に相応しい者をスカウトすれば教会側に損失を与えられることでしょう」


「よろしい。死使ネクロムが賢くて安心したよ」


「お褒めいただき光栄にございます」


 ノーフェイスに褒められると、死使ネクロムは嬉しそうに応じた。


 そんな死使ネクロムに頷くと、ノーフェイスは咳払いして場を仕切り直した。


「とりあえず、呪信旅団は表立っては一時活動休止だ。おそらく、教皇は呪信旅団の壊滅を盛大にアピールするだろう。不愉快ではあるが仕方ない。だが、この偽りの平和の間に呪信旅団は着実に力を蓄え、次に動く時は教会も小聖者マーリンも驚きのあまり心臓麻痺するぐらいの華々しい復活を遂げるんだ。良いね?」


「「かしこまりました」」


「ならば爺、死使ネクロム、早速行動に移ってくれ」


「「はっ!」」


 爺と死使ネクロムは深々と頭を下げると、その場から退出した。


 2人が退出し、傍にいるのが普段は口を開かないマチルダと寝ている赤ん坊だけになる。


「はぁ、肩が凝るね」


「お疲れ様です」


「みんな君みたいに僕に忠実な駒だったら、僕もここまで苦労しなかったんだけどな」


「私は駒です。ノーフェイス様の子を産む道具にして、ノーフェイス様のお世話をいたします」


「・・・自分で設定したとはいえ、いつも無機質だと流石に飽きるな」


 ノーフェイスがクイーンズハンドを使ってマチルダを調教したが、その設定は目が虚ろなマチルダの言った通りだ。


 自分はノーフェイスの子を産む道具であり、ノーフェイスの身の回りの世話をするためにいる。


 ついでに言えば、ノーフェイスを気遣うために適度な相槌は打てるが人前では喋らない。


 このような設定で調教している。


 調教したことで逆らうことが決してない訳だが、いつもこの調子だとノーフェイスもいい加減飽きたらしい。


 なんと自分勝手なことだろうか。


「マチルダ、今からお前はもう少し感情的に振舞え。ただし、ヒステリーにはなるな」


「わかりましたわ」


 そう返事をした時のマチルダの表情は、いつものぎこちない笑みではなく自然な笑みだった。


「悪くない。ついでだ、話し相手になってくれ。マチルダの使える知識を使って答えられる範囲で答えてくれれば良い。今はまだパイモンノブルスに蓄えられてた資金があるが、これを崩してくだけでは行き詰まる。何か資金を獲得できる方法はないか?」


死使ネクロムを娼婦にすれば良いのではないでしょうか?」


「・・・なんてこと言うんだ、こいつ。もしかして、死使ネクロムを第二婦人にしたことを怒ってるのか?」


「逆に怒らないとでもお思いですか?」


 勿論、ノーフェイスに逆らうことはできない訳だが、先程感情的に振舞うことを許されたマチルダは今まで黙っていた不満を口にした。


 その不満を聞くと、ノーフェイスは大きく溜息をついた。


「まあ、そうなるよね。でも許せ。正妻はマチルダだから」


「当然です。あんな品性のない嬌声しか上げられない女に負けるはずがありません。ベッドの上でも私の方が上です。婿入りした相手をベッドで躾けるため、しっかりと勉強したのですから」


「・・・そんな情報知りたくなかったっての」


 今まで余計なことを喋らせなかったため、初めて聞いたマチルダの事情にノーフェイスは仮面の下で表情を引きつらせた。


「大体、この子をずっとジュニアと呼んで名前を呼ばないのは何故です?」


「ノーフェイスジュニアだからだよ。名前はあっても呪信旅団が目的を果たした時まで本名で呼ばない伝統なのさ」


「そんな伝統に何も価値はありませんわ。ゴミ箱に捨ててしまえば良いんです」


「願掛けだから。というか、マチルダは口がキツいな。いや、私が少しは感情的に振舞えと言ったけどさ」


「自分で命じておいて後悔するだなんてもう少し考えてから物を言うべきですわ」


小聖者マーリンがこいつを論破して心を折った理由がわかったわ。この件だけは同意できる。マチルダ、感情的に喋るのをやめろ。私がしゃべりかけた時だけ話せ」


「はい」


 マチルダの設定を先程と同じように直すと、ノーフェイスは今後のプランについて独りで考え始めるのだった。

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