第287話 ザック、男には逃げちゃいけない時がある。そうだろ?
土曜日、ライトを訪ねて別々の
これは狙って起きたことではなく、偶然そうなったらしい。
ライトを訪ねて来たのはザックとアズライトであり、どちらも元クラスメイトである。
特に打ち合わせをしていた訳でもないが、2人は一緒に話をすることにしたようで、ライトを含めて3人が応接室にいる。
「ザックとアズライトが一緒なのは偶然だったんだ?」
「偶然」
「偶然です」
「それぞれ僕以外に話を聞かれても構わないの?」
「
「大丈夫です。むしろ、意見は多い方が助かります」
「何か相談しに来たの?」
「婚約」
「僕も婚約についてです」
ザックとアズライトが婚約について相談したいと言うと、ライトは眉間に手をやった。
「あのね、僕はマッチングアプリじゃないよ?」
「何?」
「マッチングアプリ・・・とはなんですか?」
「いや、ごめん。なんでもない。僕は婚約を仲介するのが専門じゃないよ?」
「アルバス」
ザックはそれだけしか言わなかったが、ライトはザックが言いたいことを十分理解できた。
「アルバスが婚約したのは僕が関わってると思ったの?」
「諾」
「僕がやったのはイルミ姉ちゃんの好みをアルバスに伝えたのと、イルミ姉ちゃんがあまりにも鈍いからアルバスがイルミ姉ちゃんのことを好きって教えただけだよ?」
「それで婚約できてるのだから、ライト君には結婚相談の才能がありますよ」
「アズライト、結婚相談の才能って何?」
(とりあえず、ザックもアズライトも婚約に関して助けを求めて来たのはわかった)
2人がダーインクラブにやって来た理由を理解し、ライトはどうしたものかと考えた。
そして、手を付けやすいザックの方から切り出すことにした。
「ザック、アリサに婚約したいの?」
「無論」
「ザックが無論っていうのは相当だね。やる気十分なんだ?」
「諾」
「ザックの通訳の才能もありますよね、ライト君って」
「才能じゃなくて慣れだよ。それはさておき、ザックはアリサが好きなんだよね? だったら告白すれば良いじゃん。アリサだってザックのことは憎からず思ってるように見えるし」
「緊張」
「告白しようとすると緊張するから、その対策を相談しに来たの?」
「無論」
「力強く肯定するところじゃないだろ・・・」
ザックが全力で頷くのを見て、ライトは小さく息を吐いた。
「ザック君は恋愛結婚を狙ってるんですね」
「そう言うってことは、アズライトは政略結婚なの?」
「はい。僕がオリエンス辺境伯家に婿入りすることになりました」
「ってことは、エマさんが辺境伯になるのか」
「そうなりますね」
アズライトの場合は、既に婚約自体は決まっているということだから、婚約に関する相談といってもザックとは中身が違うようだった。
「アズライトの悩みは何?」
「エマさんも後衛ですから、いざという時に僕が彼女を守れるようになりたいと思いました。ですが、僕には武器攻撃系スキルがありませんから、自力で会得したライト君にアドバイスをもらいたくて来ました」
(アズライトはスルト君と同じ悩みか)
前例がある分、アズライトの悩みは解決策が見えるのが早かった。
「同じ悩みでスルト君に相談されたから、アズライトの方は同じアドバイスになるかな」
「そうだったんですね。でも、エルザを守ろうとするなんて、スルト君も年齢で言えば就学前なのに
「普段はエルザの姉欲の捌け口になってるらしいけどね」
「あぁ、弟がかわいくないといつだったか愚痴を漏らしてましたね。スルト君も大変でしょう」
スルトがエルザにとって姉欲を満たすのにピッタリであると察し、アズライトはここにいないスルトに祈った。
「アズライト、普段使う杖は発動体だよね?」
「発動体です。もしかして、ライト君みたいに杖で殴れということですか?」
「雑な言い方を言えばそうなる。ウォーロックノブルスなら、ブレスレット型の発動体もあるんじゃない? 発動体を切り替えて、杖の基本の型を練習してみて。スルト君もそこから始めたから」
「あります。年上の僕としては、スルト君に負けられませんね。わかりました。その型を教えて下さい」
「良いよ。後で庭で見せてあげる。さて、アズライトの方はこれで良いとして、ザックはどうしようか?」
アズライトの悩みは解決の目途が立ったので、ライトは再びザックの悩み相談に戻った。
「模擬戦?」
「違う、そうじゃない。模擬戦で仲良くなるのはイルミ姉ちゃんとアルバスみたいな戦闘大好き人間だけだから。アリサは違うだろ?」
「諾」
「普通に話すのは・・・、まあ、ザックのペースにアリサが合わせてくれるから大丈夫だと思うけど」
その時、応接室のドアをノックする音が聞こえた。
「ライ君~、ロゼッタだよ~。クラスメイトが来たの~。入って良い~?」
ノックの主はロゼッタだった。
(カタリナでも来たかな?)
そんなことをも思いつつ、ライトはザックとアズライトに視線を送った。
2人が頷いたため、ライトはロゼッタに入室を許可した。
許可が出ると、ロゼッタがドアを開けたのだが、ロゼッタが案内したクラスメイトとはカタリナではなかった。
まさかの
ザックは予想外の事態に頭が真っ白になったようで、髪の毛1本すら揺れないぐらい固まっていた。
(ロゼッタは恋のキューピッドなのか!?)
そんな心の中のライトの疑問なんて知らず、ロゼッタがアリサを部屋の中に招き入れた。
「アリサ~、入っても大丈夫だよ~」
「えっ、今ってライト君達が大事な話してたんじゃないの?」
「平気だよ~。ライ君入っちゃ駄目だったら~、駄目って言うもんね~?」
「そうだね。アリサ、別に政治的なあれこれを話してた訳じゃないから、入ってもらっても全然問題ないよ」
「そう? じゃあ、お邪魔するね」
ライトから改めて許可をもらうと、ようやくアリサは応接室の中に足を踏み入れた。
「なんだか同窓会みたいになったな」
「同窓会ってなんですか?」
「クラスメイトが卒業後に集まるパーティーのことだよ。まあ、僕たちの場合は休校だから少し違うかもしれないけど」
「なるほど~。ライ君物知り~」
「ロゼッタ、もしかしていつもこんな感じなの?」
「いつも通り~」
「ライト君、これで良いの?」
アリサの想像していた貴族の屋敷の使用人のイメージは、ロゼッタとかけ離れているのでそう訊ねるのも無理もない。
「良いんだよ。だって、ロゼッタがこっちに移住して来た時なんて、『ライ君~、私達を雇って~。セイントジョーカーにいられないから逃げて来たの~』って言ったんだぞ?」
「えっへ~ん」
「ロゼッタは間違いなく大物だよ」
「同意」
(ザックが復活した。雑談のおかげで緊張が解けたのか)
「ザッ君相変わらずだね~」
「変わらない」
「アリサ~、通訳して~」
「通訳も何も、ロゼッタも変わらないねって言ってるだけだよ?」
「諾」
「2人は以心伝心だね~」
(ロゼッタ、そんな難しい言葉を使えたのか・・・)
何気に酷い感想だが、いつもゆるふわなロゼッタが四字熟語なんて使えば違和感を抱いたっておかしくない。
「
「アハハ~。真だよ~。ライ君とヒルダさんみたいだね~」
(爆弾投下した!?)
ライトはどうにかポーカーフェイスで誤魔化したが、アズライトは顔が引き攣っていた。
そして、当事者2人は顔を赤く染めていた。
「あれれ~? 本当にそうだった~?」
(もう止めて! ザックもアリサも顔が真っ赤だから!)
「ロゼッタさん、思い出しました。
「え~? 良いよ~」
(アズライト、グッジョブ!)
気まずい空気に耐えられなくなったアズライトは、ロゼッタは自分が引き受けるからザックとアリサをなんとかしてくれとライトに目で合図した。
ライトがそれに頷くと、ロゼッタに連れられてアズライトは一時的に退室した。
ロゼッタが一石投じ、アズライトが環境を整えた。
そうなれば、自分も2人の背中を押すぐらいのことはすべきであるとライトは判断して口を開いた。
「ザック、男には逃げちゃいけない時がある。そうだろ?」
ライトがそう問いかけると、ザックの真っ赤だった顔の色が少しずつ元に戻っていった。
ライトに言われてその通りだと思い、気合で緊張をねじ伏せたザックは片膝をついてアリサの手を取った。
「アリサ」
「な、何かな?」
「結婚してくれ」
(ストレートに言ったな。いや、それでこそザックか)
口数の少ないザックからしたら、下手に語るよりもこちらの方が言葉に重みが出る。
「わ、私で良いの? 平民だよ?」
「アリサが良い」
そう言い切ったザックの目には、嘘偽りが欠片も存在しなかった。
そこまで真っ直ぐに見られたら、アリサだって逃げずに答えないといけないという気持ちになる。
「私で良いなら是非。貰って下さい」
「おめでと~」
「あっ、ちょっと、ロゼッタさん!」
ザックのプロポーズが成功した瞬間、ロゼッタが応接室の中に拍手しながら入って来た。
その後ろから額に手をやるアズライトがいるので、2人はザックとアリサのやり取りを扉の外で耳を澄ませて聞いていたことは明らかだった。
「感謝」
「ザック君!?」
ザックはそのまま気絶してしまったようで、動かなくなった。
緊張をどうにか抑え込んでいたけれど、プロポーズが成功した喜びとロゼッタやアズライトに聞き耳を立てられていたことで恥ずかしくなり、キャパオーバーになったらしい。
こうして、クラスメイト達に見守られる中、ザックはアリサと婚約関係になった。
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