第284話 なんつーか、ライトっぽい感じがした
金曜日、アルバスが目を覚ますと見慣れない天井が視界に広がった。
長い時間寝ていた時と同じような感覚がしたので、ゆっくりと体をほぐすように動かしていると、ドアをノックする音が聞こえた。
「アルバス君、入るよ~」
イルミが静かに声をかけて部屋の中に入って来た。
アルバスは目を覚ましており、上体も起こしていたところだったのでイルミはすぐにアルバスが起きたことに気づいた。
「アルバス君、やっと起きたんだね!」
「イルミさん、ここは?」
「私の実家の客室だよ」
「ダーインクラブでしたか。ということは、俺達は戦場からここに運ばれたんですね。俺、どれぐらい寝てましたか?」
「スカジが運んでくれたんだ。アルバス君が気絶して3日経ったから、今日は金曜日だね」
「3日も寝てたんですね・・・」
「アルバス君のこと診てもらいたいから、ライトを呼んで来るね」
「はい。お願いします」
イルミはライトを呼びに行き、すぐにライトの腕を引っ張って戻って来たらしく、部屋の外から2人の声が聞こえた。
「イルミ姉ちゃん痛い。引っ張らなくたって」
「お姉ちゃんはアルバス君が心配なの。いいから早く」
「はいはい」
ライトはイルミが焦る気持ちも理解できるので、これぐらいは仕方ないとされるがままの状態で客室に入った。
「よう、ライト。世話になったみたいだな」
「世話したよ。ぶっちゃけ、Eウイルスとは異なるベクトルでヤバかった」
「マジで?」
「マジだね。スカジさんがアルバスとイルミ姉ちゃんを連れて来た時、アルバスは高熱を出してたんだ。まあ、ずっと寝てたから自覚はないだろうけど」
「全然覚えてないな。体も寝過ぎた時特有の怠さぐらいしか感じなかった」
アルバスの言い分に対し、やれやれと溜息を吐いた。
「そりゃ僕が治したからだっての。言っとくけど、あと1日来るのが遅かったら死んでたからね?」
「そんなヤバいもんだったのか?」
「ヤバい。どれぐらいヤバいかを説明する前に、まずは<鑑定>を使うぞ」
「おう。頼んだ」
アルバスの体に異常がないことは治療が済んだ時にも確認済みだが、いざ起きてみて何か悪い状況になっていたら困るので、ライトはすぐに<鑑定>でアルバスのステータスをチェックした。
(異常なし。無事で良かった)
問題がないことがわかると、ライトは頷いてそれをアピールした。
「根治してるよ。良かったね」
「流石はライトだぜ。ありがとな」
「ちなみに、アルバスに<状態異常耐性>のスキルが増えてるよ」
「それって・・・」
「今回やられたこと状態から復活したからだ。<法術>の助けがなかったら、このスキルを会得する前に死んでたってことだよ」
「あの
アルバスがハンプティ・ダンプティのことを思い出して口にすると、ライトは身を乗り出した。
「アルバス、そのハンプティ・ダンプティについてわかってることを全部教えてくれ」
「イルミさんに訊いてないのか?」
「逆に訊くけど、イルミ姉ちゃんに報告が向いてると思ってんの?」
「アルバス君、私できるよね!?」
イルミは自分を擁護してほしいと訴えたが、アルバスはその視線から目を逸らした。
「アルバス君!?」
「イルミ姉ちゃん、これが現実だよ。実際、イルミ姉ちゃんの説明じゃよくわからないところがいくつもあったし」
「むぅ。ライトはお姉ちゃんに多くを求め過ぎてると思う」
「それはない。常識的な範囲までだ」
イルミの抗議に対し、ライトはバッサリと切り捨てた。
姉弟のやり取りはさておき、ライトはアルバスの方を向いて改めて訊ねた。
「アルバス、ハンプティ・ダンプティについて見聞きしたこと全て教えて」
「わかった。まず、ハンプティ・ダンプティの見た目はフランベルジュだ」
「やっぱりフランベルジュか」
「やっぱりってなんだ?」
「イルミ姉ちゃんが剣の種類に詳しい訳ないだろ? なんかうねうねした剣って言われた時は一瞬どうしようかと思ったぐらいだよ」
「け、剣の種類についてわからなくても、お姉ちゃん困らないもん」
「いや、治療する時に困るからね? アルバスがどんな武器でやられたのか正確にわからなきゃ、治せたとしても次に似たようなことが起きた時の対応が遅れずに済むでしょ?」
「むぅ、頑張って覚える」
「そうして。まあ、今回はアルバスが首の皮1枚の傷で済んだから良かったけど、フランベルジュでまともに斬られたら、傷跡から瘴気が入って重病になることもあるんだよ? <法術>があれば治せるけど、いつでも僕が治せる状況にあるとは限らないんだからね?」
「それは困る! お姉ちゃん頑張る!」
「よろしい」
流石はライト、イルミの扱いが上手い。
自分の知識不足のせいで、人が死ぬかもしれないと気づけばイルミも勉強する気になる。
ましてやアルバスという身近な存在が今回は被害に遭ったので、余計にイルミのやる気を引き出した。
「アルバス、続きを頼むよ」
「おう。そのハンプティ・ダンプティなんだが、普通にドロップした
「なるほどね。ティルフィングが教会の手にあるから、ハンプティ・ダンプティを作ったのか」
「驚かないのか?」
「僕だって【
「あぁ、なるほど。言われてみればそうか」
初めてノーフェイスからハンプティ・ダンプティが人工だと聞いた時、アルバスは呪信旅団はそんなことまでできるのかと驚いた。
しかし、ライトに言われてみて既に自分のフリングホルニが人工的に作られたことを思い出し、ハンプティ・ダンプティへの恐れが若干和らいだ。
「どうやって作ってたか訊いたりした?」
「すまん、力を蓄えて完成したとしか教えてくれなかった」
「十分だよ。その言葉で大体わかったから」
「マジかよ。ライトすげえ」
「僕がすごいって訳じゃないよ。ルー婆から聞いたんだ。強化は聖気だけでなく瘴気でもできるってね。つまり、ハンプティ・ダンプティは瘴気を絡めた非人道的な何かの結果完成したってことさ」
「あれはそんな武器だったのか・・・」
アルバスがハンプティ・ダンプティの作成方法を聞くと、険しい表情になった。
「とにかく、ハンプティ・ダンプティをどうにかするにはノーフェイスのことについても知っておきたい。イルミ姉ちゃんから聞いた話だと、<
「なんつーか、ライトっぽい感じがした」
「僕っぽい? どういうこと?」
「スキルによる攻撃っていうよりは技術って感じだな。実際、スキルに紐づく技は使ってこなかったし。それと、意識の隙を突くのが上手い」
「もしかしたら、アンジェラみたいに<器用貧乏>を会得してるのかもね」
アルバスの体験談から、ライトはノーフェイスの保有スキルに武器攻撃系スキルや<格闘術>はないのではないかと推測した。
ノーフェイスに<鑑定>が通用するならば、その答え合わせも容易くできるのだが、ノーフェイスには<鑑定>が通用しない。
あくまで可能性の段階だと話を大きくすることはしなかった。
ライトからのヒアリングが終わると、アルバスはずっと訊きたかったことを口にした。
「ライト」
「負けたよ」
「え?」
「大陸東部での戦争の結果を訊きたかったんじゃないの?」
「そうだけどよくわかったな」
「アルバスってイルミ姉ちゃんの次に単純だから、考えてることは割と読める」
「単純ってなんだよ。つーか負けたのか・・・」
「ジェシカさんから報告の手紙が昨日届いた。アルバスが世話になってるはずだから、今回の報告はきっちりさせてもらうってね」
「姉上らしいぜ。負けたってどんな風にだ?」
「アルバスが撤退してから間もなくして、他の貴族達も呪信旅団の二つ名持ちにやられて撤退したそうだ。残念ながら、”極東騎士団”は全滅したらしい」
「そうか・・・」
ゼノビアとは知らない仲ではなかったので、アルバスだけでなくライトも声のトーンが落ちていた。
そんな空気に耐えられなくなったため、イルミが気合の入った目になった。
「ライト、突然だけどお姉ちゃんから良いお知らせがあります」
「いきなりどうした?」
「アルバス君にプロポーズされて婚約することにしたよ」
「なんだアルバス、やっとプロポーズしたんだ。おめでとう」
「「軽っ!?」」
先程までの空気と打って変わって、客室内の空気が緩くなった。
「もうちょっとこうあるだろ!?」
「そうだよ! お姉ちゃん、アルバス君の気持ちに気づいてから結構真剣に考えたんだよ!?」
「アルバスがイルミ姉ちゃんのことを好きなのは知ってたし、イルミ姉ちゃんも嫁の貰い手がアルバス以外ないからいつくっつくかなって思ってたから、正直やっとくっついたかという感想しかない」
「そこをなんとか!」
「もうひと踏ん張り!」
イルミの合いの手がおかしい気もしたが、ライトはそれをスルーしてアルバスの期待に応えた。
「いつ告白したの?」
「よくぞ聞いてくれた。パイモンノブルスに本格的な戦争の前に威力偵察に行った時だ」
「死亡フラグが立たなくて良かったよ」
「死亡フラグってなんだ?」
「なんでもない。とにかくおめでとう。悪い話だけじゃ気が滅入るから、めでたい話が聞けて良かったよ。快気祝いも兼ねて今日は僕の料理もふるまってあげる」
「「待ってました!」」
イルミだけでなく、アルバスも既にライトに餌付けされているようだ。
後に極東戦争と呼ばれた戦いで大陸東部連合軍は負けたが、いつまでもそれを引き摺っていても仕方がない。
イルミをきっかけに、ダーイン公爵家の屋敷も明るさを取り戻すのだった。
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