第269話 人の命をなんだと思ってるんだ?
1月3週目の月曜日、今度はパーシーがライト達を訪ねてやって来た。
「いやぁ、遅くなっちゃったな。リジーがどうしても早く会いたいっていうから、俺だけ今日までトールと会えなかったよ」
「年始から父様と母様の両方がいないのは拙いですからね。仕方のないことですよ」
「わかってるけど俺だって初孫だから会いたかったんだ。トールはかわいいなぁ」
パーシーが帰省した目的は、勿論トールである。
普段の執務を忘れ、今は孫を抱くただの祖父になっている。
ヒルダからトールを抱っこさせてもらい、パーシーはすっかりご満悦だ。
もっとも、エリザベスもそうだがパーシーだって地球で言えば祖父という年齢ではない。
それぞれ父母と紹介されても違和感のない年齢だろう。
しかし、ヘルハイル教皇国の貴族は総じて早く結婚するし、子供が生まれるのも早いからパーシーやエリザベスの年齢でも祖父母になることは珍しくはない。
「トールはヒルダちゃん似だな」
「お義母様にもそう言われました」
「うんうん。そうだろう、そうだろう。ヒルダちゃん、遅くなったけど、トールを産んでくれてありがとう」
「いえいえ。私がトールを産みたくて産んだんですから、そんなかしこまらないで下さい」
ヒルダがこれ以上恐縮してしまわないように、ライトは話題を変えた。
「父様、今日は泊まっていかれますか?」
「残りの用事次第かな」
「残りの用事ってトールに会いに来る以外に用事があったんですか?」
「まあね。実は、ティルフィングのことで話があるんだ」
ティルフィングは自分も気になっている
トールをヒルダに帰したパーシーに対し、ライトは先を促した。
「ティルフィングについてとは、話が大きくなりそうですね。一体どんな話ですか?」
「ライトが以前、俺に訊ねたティルフィングが
「部分的ってどういうことなんですか? ヘル様曰く、教皇なら知ってるとのことでしたが」
「俺もそう聞いてたから、ローランドにこの件を訊いたんだ。そうしたら、経緯はわからないが教皇に引き継がれるティルフィングが真の姿じゃないことがわかった」
「真の姿じゃないとは、またとんでもない話ですね」
全く予想にない展開だったため、ライトの顔が引き攣った。
「俺もそう思う。でな、今日はそこんところをルクスリア様に伺うことも目的として来た訳さ。ルクスリア様なら、何か知ってるかもしれないからね」
「そういうことでしたか。わかりました。今、ルー婆を呼び出しますから」
ライトはパーシーの考えに納得し、英霊降臨でルクスリアをこの場に呼び出した。
『あら、パーシー。こっちに来てたのね』
「ご無沙汰しております、ルクスリア様」
「ルー婆、訊きたいことがあるんだ。ティルフィングについてなんだけど」
『ティルフィング? あぁ、あの未完成品のことね』
「未完成品?」
『ええ、未完成品よ。レヴィがそう言ってたもの』
ルクスリアを呼び出してすぐに、ライトとパーシーが知りたいことの手掛かりが出て来た。
「レヴィってレヴィ=ユミルだっけ?」
『その通り。ライトが吐き気を催す邪悪って呼んだレヴィよ。レヴィが
「何があったの?」
『レヴィは元々、アンデッドに有効な攻撃手段を研究してたの。その過程でネームドアンデッドを倒した時に、ティルフィングができたの』
「できたってことは、ドロップしたんじゃなくて誰かの大剣がティルフィングになったんだね?」
『そういうこと。あの戦いは酷いものだったわ』
ルクスリアは当時のことを思い出したようで、険しい顔になった。
「ルー婆もその戦いに参加してたの? レイド?」
『レイドね。私も参加してたわ。倒したのはヴァイクっていうデスパイレーツのネームドアンデッドよ』
「デスパイレーツってどんなアンデッド? 見たことないんだけど」
『デスナイトが海辺で戦うことに特化したデスナイトだと思いなさい』
自分が知らない種類のアンデッドが登場したため、ライトはどんな見た目なのか訊ねた。
話の腰を折って悪いとは思っても、話を聞くうえでイメージが付かないと話が頭に入って来ないのだから仕方のないことだろう。
「なるほど。レイドでヴァイクを倒した時に、レイドメンバーの大剣がティルフィングになったのはわかった。未完成品ってのはどういうこと?」
『大剣がティルフィングに変わった時、持ち主が短時間での瘴気の過剰摂取で即死したのよ。手に持ってたせいで、私の【
「いや、その時は
当時の悔しさを思い出したルクスリアに対してライトは慰めた。
目の前で人に死なれた経験が、ライトにもある。
治療院で医者として働いていた時は、誰一人として死者を出すことはなかったが、バスタ山ではシスター・アルトリアをノーフェイスに殺されてしまった。
状況は違えど、目の前の人を死なせてしまって味わった悔しさは2人に共通する。
ライトの励ましからそれを悟ったルクスリアは、気持ちを切り替えて説明を再開した。
『そう言ってもらえると気持ちが少し楽になるわ。それで、ティルフィングは大剣の持ち主が死んでしまった後に発動した私の【
「そこにルー婆が関与してたんだ」
『ええ。許せないのは、レヴィが私に【
「ルー婆に大剣の主を見捨てておけって言ったってこと?」
『そうよ』
「人の命をなんだと思ってるんだ?」
『前にも言ったけど、レヴィは自分の研究のためならば、人的被害を省みないクズなのよ』
ライトだけではなく、ルクスリアも険しい表情になった。
空気が重くなったことで、トールがピクッと反応して泣き出した。
先程までは眠っていたのに反応するあたり、周囲の変化に対して敏感なようだ。
ヒルダはトールが泣き出さないように、リビングから寝室に移動することにした。
ライトはハッと気づいてヒルダとトールに謝るジェスチャーをし、ヒルダも気にしないでと首を振ってこの場から去った。
場を仕切り直すため、パーシーが口を開いた。
「とりあえず、ティルフィングはルクスリア様の【
『その通りよ。まさか、いまだに教皇に引き継がれてるとは思いたくなかったけどね』
「ルー婆、教皇にティルフィングが引き継がれた経緯を知ってる?」
『知ってるわ。元々は大剣の主の犠牲を忘れないようにする戒めのためのものだったの。でも、当時の<鑑定>使用者が、ティルフィングの瘴気を溜め込めば溜め込むだけ武器の性能が上がるって気づいたせいで、戦場に投入されるようになったわ』
今と違って、
それゆえ、ティルフィングは戒めとしての性質を忘れないように教皇が引き継ぐということになった。
これがルクスリアの知る教皇にティルフィングが引き継がれる理由だった。
「話を聞いてて疑問に思ったんだけど、ティルフィングが
『もちろん言ってたわ。瘴気を限界まで溜め込ませるか、【
「待って。
『あるらしいわ。でも、瘴気を限界まで溜め込んだら持てるのは<状態異常無効>以上のスキルを持つ者ぐらいよ。そんな人材が都合良く当時はいなかったから、誰も試せなかったわ』
「変化の可能性が2つだなんて呪信旅団が知ってたら、ティルフィングが危ないよ。父様、管理は大丈夫なんだよね?」
「ああ。基本的に俺が移動する時は、必ず持ち運ぶようにしてる。今日もセバスに屋敷に入る前に預けといた」
「それならまだ安心だね。教会に置きっぱなしで移動したら、警備がザルで過去に
「俺もそれが心配だから、ティルフィングは置いてこれなかった。ライト、今の話を聞いて思ったんだが、ティルフィングに【
パーシーの提案を聞き、ライトはそれがすぐに頭に入って来なくて返事ができなかった。
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