第234話 別に、いつもあんなに泣いたりなんかしないんだからね!
6月2週目の月曜日、ライト達が朝食後の休憩を取っているとアンジェラがスッとライトの傍に移動した。
「旦那様、急患です。ガルバレンシア商会の会頭が重体だそうです。クロエ様が
「すぐに行く。患者は応接室?」
「応接室です。使用人が絶対安静の状態で運び込みました」
「わかった」
ライトは白衣を取り出して着ると、すぐに応接室へと向かった。
応接室に入ると、男性がソファーに横たわっており、クロエがライトに駆け寄った。
「ライト君! 父さんを助けて!」
「全力を尽くします。何があったんですか?」
「ベーダーノブルスからドヴァリンダイヤに向かう途中、呪信旅団とアンデッドの戦闘に巻き込まれたの!」
「落ち着いて下さい。出血はないようですが、お父さんは何か攻撃を受けたんですか?」
「・・・ごめん。落ち着いた。あれが攻撃なのかわからない。幽体のアンデッドが私達の乗る
「クロエさんは平気だったんですか?」
「平気だった。父さんだけが意識を失って顔が真っ青になったの。体温も低くなって今に至るよ」
クロエの説明をそこまで聞くと、ライトはクロエの父親の手首に触れた。
(冷たっ!?)
氷水の中に手を突っ込んだような感覚があり、ライトは慌てて手を引いた。
すぐに<鑑定>を発動し、これが氷像の呪いであることを確認すると治療に移った。
「【
ライトが立て続けに技名を唱えると、クロエの父親の顔色がみるみるうちに元通りになった。
再びライトが手首に触れると、体温も少しずつ元通りの状態に向かって上昇していった。
治ったとは思っても、ステータスを見るまでは安心できない。
それゆえ、ライトは自分の治療が効いたか<鑑定>で確認し始めた。
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名前:ジェフ=ガルバレンシア 種族:人間
年齢:40 性別:男 Lv:45
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HP:890/890
MP:55/750
STR:900
VIT:900
DEX:880
AGI:910
INT:600
LUK:1,050
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称号:ガルバレンシア商会会頭
鉄の胃袋
忍耐の鬼
悪運
二つ名:なし
職業:
スキル:<短剣術><
装備:ガルバレンシア商会制服
備考:なし
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(ふぅ、ちゃんと治せてたか)
クロエの父親、ジェフのステータスを見て氷像の呪いが解除されているとわかると、ライトはホッと一息ついた。
氷像の呪いとは、<
体温が一定ラインを下回ると体温と共にHPも減っていく訳だが、ジェフの場合は
当然、いつまでもこのスキルが効果を発揮するはずがなく、MPが切れたらこのスキルも使用できなくなる。
今回の場合は、ジェフの体温を少しでも維持しようと
残りMPは全体の1割を切っていたことから、ジェフはかなりギリギリの状況だったと言える。
それでも助かったのだから、ジェフの”悪運”の称号は伊達ではなさそうだ。
「クロエさん、もう大丈夫です」
「本当!? うわぁぁぁぁぁん!」
もう駄目かもしれないという考えが脳裏を過ぎっても、クロエはライトの屋敷に来るまで弱気にならずに気をしっかりと持っていたのだろう。
ジェフが助かったとわかったせいで緊張の糸が切れたらしく、クロエは号泣し始めた。
余程不安だったようで、クロエは傍にいたライトに抱き着いた。
「大丈夫ですよ。お父さんは助かりました。気持ちを強く持ち続けるのは大変でしたね」
【
10分程経過すると、クロエは泣き疲れて寝てしまった。
ライトに抱き着いたまま体重を預けて寝てしまったので、ライトは起こさないようにクロエを引き剥がして空いているソファーに寝かせた。
「治せたみたいね」
「ヒルダ、これはその」
後ろから声がしてライトが振り返ると、応接室のドアの所にヒルダが立っていた。
ヒルダというものがありながら、クロエに抱き着かれていたのでライトは慌てた。
しかし、ヒルダは怒る素振りもヤンデレ気質も見せずに優しく微笑んだ。
「自分の親が死んじゃうかもって不安な気持ちを必死に堪えてたんだもの。それが爆発して近くのライトに抱き着いただけだろうから、咎めるつもりはないわ」
(ヒルダの心が広くなってる。母親になったことで変わったなぁ)
自分との間に子供を授かったことで、ヒルダが今までよりも慈悲深くなったとライトは感じた。
これが母性の為せる業なのかと感動したのだ。
とはいえ、女の部分も当然残っている訳で、ヒルダは自然な調子でライトに近づいて抱き着いた。
「でも、やっぱりライトは私のものだもん」
「わかってるって。さっきのは患者の家族のケアだから。深い意味とか何もないよ」
「しばらくこうしてても良い?」
「勿論。だけど、ここでは止めとこうね」
ジェフもクロエも起きていないならば、しばらく何もすることはない。
ライトはアンジェラに2人が目を覚ましたら知らせるように命じ、ヒルダと一緒に部屋へと戻った。
部屋に入るや否や、ヒルダがライトに甘えた。
ライトもヒルダに嫉妬させないようにするため、ヒルダのリクエストに応じ続けた。
1時間後、アンジェラに呼び出されてライトとヒルダは再び応接室に戻った。
ジェフはまだ眠ったままのようだが、クロエが目を覚ましてソファーに座っていた。
「ラ、ライト君、さっきのはあれだから! ホッとして気が緩んだだけだから!」
「わかってますよ」
「別に、いつもあんなに泣いたりなんかしないんだからね!」
「なんでツンデレみたいになってるんですか」
「泣き顔を見られて恥ずかしいからに決まってるじゃん!」
「威張ることですか、それ?」
年下のライトに恥ずかしいところを見られてしまい、クロエは色々悩んだ結果開き直ったようである。
そこに、ヒルダが助け舟を出した。
「家族が死ぬかもしれないって思った時、助けてもらえたってわかれば気が緩んで抑え込んでた気持ちが我慢できなくなるよ。そうでしょ、クロエ?」
「うん。そう言うってことは、ヒルダも経験あり?」
「私が8歳の時に母様がデスナイトの悪足搔きで死にかけて、ライトがそれを助けてくれたの。あの時、ライトは私にとって神様に思えたわ」
「それで好きになったの?」
「そうよ。大好きな母様を助けてくれた素敵な男の子がいたら、好きにならない方がおかしいと思うの。私、この人のお嫁さんになりたいってあの時よりも強く思った日はないわ」
「それはまあ・・・。実際、私もライト君がフリーだったら恋に落ちてたわ。って、違うからね? あくまで可能性の話だからね? 本気じゃないからね?」
子供の頃のヒルダと自分の身を重ねて考えたら、間違いなく惚れると思ってしまったがゆえにクロエはぽろっと本音を漏らしてしまったのだろう。
うっかり口にしてしまったことが、ヒルダを刺激する内容だと気づいて慌てて否定した。
「別に怒ったりしないわ。ライトが素敵な旦那様だってわかってくれることは嬉しいし」
「・・・私が見てるのは本当にヒルダかな? 昔のヒルダなら、容赦なく剣を抜いてたのに」
「OK。お望みならそうしてあげても良いよ?」
「すみませんでした」
ニッコリと笑うヒルダに対し、クロエは頭を低く下げた。
ヒルダが妊娠しているとはいえ、それでも自分に勝てるビジョンが見えなかったのだから無理もない。
言い出してすぐに謝るならば、余計なことは言わなければ良いのにとライトは思ったのだが、それは口に出さずに呑み込んだ。
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