第25話 アンジェラってやっぱり碌な二つ名じゃないんだね

 シスター・マリアがいなくなった後の生徒会室でジェシカが最初に口を開いた。


「ライト君、ああ、イルミと苗字が被るので名前で呼びますが構いませんか?」


「ええ、それでお願いします」


「では、改めてライト君、私が今期の生徒会長を務めるジェシカ=ドゥネイルです。クラスはG5-1に在籍してます。ライト君のクラスに私の愚弟もいるのはご存じでしょう。仲良くしてあげて下さい」


「勿論です。アルバスには仲良くしてもらってます。今日もヒルダに呼ばれるまで一緒に昼食を取ってましたから」


「そうですか。それは良かったです」


 ホッとした様子のジェシカを見て、ライトは気になったことを訊ねることにした。


「やはり、アルバスが心配ですか?」


「当然です。愚弟はここに入学する時から浮ついてたと聞いてますから。愚弟が危ない時は助けてもらいたいのです」


「わかりました。話してる感じでは問題ないと思いますが、何かあった時には友達として助けましょう」


「感謝します」


 アルバスのことを引き受けてもらえると、ジェシカはライトから言質を取れて安心した。


 次はメイリンが一歩前に出た。


「メイリン=ロアノーク。副会長。G5-1。ザックの姉。ザックのこと、よろしく」


「わかりました。まだ話せていませんが明日以降話してみます」


「感謝」


 ザックと同じく、口数が少ないのは変わらないらしい。


 だが、ザックのことを心配しているのは間違いなく、ライトがザックを気にかけてくれると知るとほんの少しだけ安心した表情をした。


 すると、再びジェシカが口を開いた。


「さて、イルミは姉でヒルダは婚約者ですからライト君のことをよく知ってますね。けれど、私とメイリンはライト君のことを聞いた話でしか知りません。ということで・・・」


「ということで?」


 わざと途中で区切ったジェシカにつられ、ライトは先を促した。


「ライト君と模擬戦をしたいと思います」


「はい! はい! 私がやる!」


「イルミはライト君と姉弟なんだから、今回は私に譲りなさい」


「えぇっ!? 私だってライトと最近全然戦ってないんだよ!?」


「それでも、この模擬戦の趣旨は会長たる私がライト君の実力を知ることにあります。ですから、私が戦うことに意味があるんです」


「むぅ」


 ジェシカの言い分を聞き、イルミは納得いかないのか不機嫌そうに頬を膨らませた。


 そこにヒルダが口を挟んだ。


「イルミ、会長はライトが教皇様から逃げ切った実力を実際に自分で戦って知りたいんだよ。だから、どれだけごねても無駄だよ」


「その通りです。手加減された状態とはいえ、私でも勝てなかった教皇様を相手に勝った実力、見せてもらわないと守護者ガーディアンコース最強を背負う私は納得がいかないんですよ」


 しれっと自分が守護者ガーディアンコースで最強だという事実を口にするあたり、ジェシカはライトの実力が気になって仕方ないのだ。


 結局、イルミの抗議は却下されライトは屋内の訓練施設でジェシカと模擬戦をすることになった。


 生徒会全員で訓練施設に移動すると、早速模擬戦の準備に移った。


 ジェシカの武器は戦斧と槍を合わせた万能武器とも称されるハルバードだった。


 それに対してライトは自前の武器がない。


 そのことに気づいたヒルダが、訓練施設に常備されている剣を一振り持ってライトに渡した。


「ライト、これ使って」


「ありがとう、ヒルダ」


 その様子を見たイルミが不思議そうな顔で訊ねた。


「ライト、まだ自分の武器を持ってないの?」


「んー、あると言えばあるけど物理的な武器はないかな」


「どういうこと? お姉ちゃんに話してみ?」


「内緒」


「むぅ。ライトのケチ」


 昔からライトに色々と訊ねては内緒にされるイルミは、ライトに対してムスッとした表情を見せた。


「ライト君、自前の武器がないのは守護者ガーディアンとしていかがなものかと思います」


「そう言われましても、僕の生活は対人戦に必要な武器は不要でしたから」


「・・・まあ、今言っても仕方ありません。それに戦ってみてわかることもあるでしょう。メイリン、審判をお願いします」


「承知」


 メイリンはジェシカに頼まれて審判を請け負った。


「ルールは簡単です。殺すのは禁止です。相手が降参するか私が満足するか、審判が止めに入ったら終了です。それでよろしいですね?」


「満足するとはどういうことですか?」


「私がライト君の実力を測れたと判断することです」


「わかりました。それで構いません」


 両者の意見が一致するとメイリンが頷いた。


「試合開始」


 メイリンが合図を出すと早速仕掛けたのはジェシカだった。


「【突撃ブリッツ】」


 ハルバードを突き出して突進するジェシカを見て、ライトは剣でハルバードの切っ先の向きをずらしてジェシカの【突撃ブリッツ】を受け流した。


「ほう、これを避けましたか。大抵の者であれば先程の攻撃で終わるんですが」


「生憎、もっと容赦のない攻撃を受けて来ましたから。受け流すのは得意です」


 ライトの発言を聞いてジェシカはイルミの方をチラッと見たが、イルミは首を傾げていた。


 てっきり、イルミの攻撃を躱し続けたことによって今の【突撃ブリッツ】を避けられるようになったと思ったのだが、ジェシカの予想が外れてしまった。


「それは誰ですか? イルミではないのですよね?」


「僕の専属メイドです。性格はちょっとアレですが、家事は万能で仕事はできるし戦闘もできるんです。僕の場合、どんな攻撃も躱してダメージを負わないことが求められますから、メイドに協力してもらいました」


「ライト、アンジェラと訓練したの?」


「なんですって!? もしかして、偏執狂モノマニアのアンジェラですか!?」


「アンジェラってやっぱり碌な二つ名じゃないんだね」


 ジェシカが口にした二つ名を聞いてライトは戦慄した。


守護者ガーディアンとして、教会学校卒業後あらゆる戦場で名を馳せたものの、セイントジョーカーに好みの少年がいなくて人知れずどこかへ行ったと聞きましたが、まさかダーイン公爵家のメイドをしてたとは予想外ですね・・・」


 (そんな有名だったんだ。そりゃ強い訳だよ)


 ジェシカの説明を聞いてライトはアンジェラの強さに納得した。


 霊体のルクスリアではどうしても模擬戦はできない。


 だから、ルクスリアはライトの模擬戦の相手としてアンジェラを指定した。


 アンジェラはルクスリアのお眼鏡にかない、ライトに戦闘の経験を積ませる生きた教本として役に立った。


 その1つがジェシカの【突撃ブリッツ】を受け流した技術だ。


 スキルではなく、これは戦闘経験を積めば会得できる技術なのである。


 しかし、会得するにはそれこそ何百何千と攻撃を受ける必要があるだろう。


 それを理解しているからこそ、アンジェラもライトが強くなるために容赦なく攻撃して鍛えた。


「では、小手調べは止めて本腰を入れましょう。【斬撃スラッシュ】」


「【防御壁プロテクション】」


 ライトが技名を唱えると、光の壁がライトと斬撃の間に現れてジェシカの攻撃を弾いた。


「【斬撃巣スラッシュネスト】」


 単発では効果が薄いと判断したジェシカが、今度は斬撃を連続して飛ばした。


 しかし、ライトの展開した光の壁の前に全て弾かれた。


「なるほど、守りに徹されてしまうとこの場では決着がつきませんね。ですが、攻めはどうするんですか?」


「アンデッドであれば<法術>で倒せます。対人戦はですね」


とは言わないんですね」


「それはまあ、いざというときの攻撃手段ぐらい持ち合わせてますよ。ですが、願わくばそんな時が来ない方が良いんですよね」


「・・・その自信、虚勢ではありませんね。良いでしょう。合格です。花丸を差し上げましょう。これにて模擬戦は終了とします」


 数秒程ライトの目をじっと見たジェシカは、ライトの言い分を信じて模擬戦を終わらせた。


「ライト、お姉ちゃんとも戦おう! 時間はまだあるし! そうだよね、会長!?」


「いえ、ありません。模擬戦が終わったら、生徒会の仕事を説明してライト君が生徒会庶務として最低限担当してもらう仕事を振り分けないといけません。ということで、すぐに生徒会室に戻りますよ」


「そんなぁ・・・」


 ライトと模擬戦をしたいイルミはがっくりと肩を落とした。


 そんな判断を下したジェシカに対し、ライトが言葉にはしないが内心称賛していたのは言うまでもない。

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