第13話 だが断る!

 エリザベスとヘレンに拳骨されたパーシーとローランドは、どちらもすぐに痛みから復活した。


 近接戦闘を得意とする者達なので、エリザベスとヘレンの拳骨も数秒で痛みを感じなくなるのだ。


「ライト、ティルフィングを浄化してくれたお礼に俺からお前にプレゼントをやろう。ヘレン、その箱を取ってくれ」


「わかったわ」


 ローランドが指差した木箱を持ち上げ、ヘレンはローランドに渡した。


 ローランドはそれをライトの前に置いてその蓋を取った。


 箱の中には大きな白い布が折り畳んで入れられていた。


「叔父様、これは一体なんでしょうか?」


「こいつは聖骸布だ」


「聖骸布、ですか?」


「おう。ライトは今、治療院で働いてるだろ? そこに来る患者は多かれ少なかれ瘴気で体を蝕まれてる。この聖骸布で服を作ればきっと瘴気から守ってくれるぜ」


「そんなすごい布を頂いて良いんですか?」


「構わねえよ。元はと言えば数代前の教皇が、いつか<法術>を会得した者が現れた時のために用意したもんだからな」


「・・・では、ありがたく頂戴します」


 ライトは聖骸布を受け取り、それをアンジェラに預けた。


 ライトには<道具箱アイテムボックス>があるのだが、これは人前で使うと面倒なので使わないようにしている。


 <鑑定>であればスキル名を唱えずとも使えるから、使用できることがバレると面倒でもこっそりと人前で使っていたりする。


 しかし、<道具箱アイテムボックス>だと物を収納する亜空間の入口が現れてしまい、人前で使えばバレるのは間違いない。


 だから、ライトは<道具箱アイテムボックス>だけは人前で使っていない。


 もし、ライトが<道具箱アイテムボックス>を使えると知られれば、パーシーもローランドもライトをアンデッド討伐に連れて行くに違いない。


 ライトが1人いるだけで兵站の問題が解決するからだ。


 <道具箱アイテムボックス>のスキルを会得している者は少ないがいない訳でもない。


 それもあって、<道具箱アイテムボックス>持ちを加えたパーティーは引く手あまたなのだ。


 <法術>を使えるライトが<道具箱アイテムボックス>まで使えると知られれば、間違いなく今まで以上に大騒ぎなる。


 その後、ローランドに次の予定があったのでライト達は教皇室から退出した。


 パーシーとエリザベスは教会で働く知り合いに挨拶をすることになり、ライトは2人と別れてアンジェラだけを連れて教会学校に通うヒルダに会うことにした。


 用事が済んだ後、ローランドとヘレンの屋敷に現地集合である。


 なんだかんだローランドはライト達と話し足りない様子で、別れ際に泊まっていけとライト達に申し出たのだ。


 その後、ライトはセイントジョーカーに行くことをヒルダに手紙で知らせてあったので、約束通りに昼休みの時間に待ち合わせの場所に行った。


 午後も授業があるので、昼休みの後は放課後しか会えない。


 残念ながら、ライトも治療院の仕事もあるのでセイントジョーカーでの滞在は一泊二日であり、明日には帰ってしまう。


 だから、少しでもライトと一緒にいたいヒルダは昼休みになった途端、すぐにライト達に会いに来た。


「ライト!」


「ヒルダ、ぐふっ!?」


 駆け寄って来たヒルダが勢いに乗ったままライトに抱き着いたから、ライトはぶつかった衝撃で強制的に肺の中から空気を吐き出させられた。


「久し振り、ライト!」


「・・・久し振りだね、ヒルダ」


 白銀の髪を肩まで伸ばし、サファイアみたいにキラキラと輝く青い目のヒルダはライトに会えて本当に嬉しいようだ。


 文通を続けている内にもっと砕けた口調で話してほしいとヒルダに言われ、ライトはリクエスト通りに砕けた口調で話すようになっていた。


「ライト、背が縮んだ?」


「違うよ。ヒルダの背が高くなったんだよ」


 背が低いことを指摘されて男子としてのプライドを軽く傷つけられたが、ライトはそんな様子を顔に出さずにヒルダに事実を伝えた。


 実際、ヒルダはライトが最後に会った時よりも5センチは伸びていた。


 逆にライトは2センチしか伸びていなかったので、ヒルダがライトの背が縮んだように錯覚した訳である。


 そこにイルミがやって来た。


「はぁ、早いよヒルダ。いつもはそんなに急いで移動しないくせに」


「あっ、イルミ姉ちゃん。久し振り」


「久し振りだね、ライト。お姉ちゃんに会いたかった?」


「別に」


「酷い!」


「イルミ姉ちゃんが教会学校に通う前の1年間、僕がしてきた苦労に比べればこんなの全然これっぽっちも酷くない」


 体を鍛えることは好きだが、教会学校に行ってライトと離れ離れになることは寂しかったのか、イルミは10歳になる年でライトに対して構ってちゃん状態だった。


 そして、どのように構ってちゃんだったかというと、空き時間があれば模擬戦や稽古に付き合わせようとしたのだ。


 そのおかげで、ライトはその年だけでスキルこそ持っていないが隠れたり足音を出さずに歩くことが上手くなった。


 それはさておき、今のライトはヒルダに抱き着かれていて身動きが取れない状況だが、そんなこと関係ないとイルミが話しかけた。


「ライト、お姉ちゃんと久し振りに模擬戦しよ?」


「僕の状況を見て。今、何してる?」


「ヒルダに抱き着かれてるね」


「その通り。時間が限られてるから僕はのヒルダとの時間を大切にしたいの。だから却下」


「その却下を却下するよ」


「横暴だ」


「お姉ちゃん権限よ」


「初耳なんだけど」


 ドヤ顔で自分本位なルールを口にするイルミに対し、ヒルダは静かにキレていた。


「イルミ」


「何よ?」


「今は同士の時間。だから、部外者はどっか行って」


「お姉ちゃんなんだから部外者じゃないよ?」


「イチャイチャするのに邪魔だから小父様と小母様の所に行ってて」


「父様と戦うのも良いかもね」


「それじゃあ・・・」


「だが断る!」


「なんで?」


「お姉ちゃんは今、ライトと戦いたいからだよ!」


「・・・はぁ。駄目だこの姉」


 暴君のような思考回路のイルミの発言に、ライトは大きく溜息をついた。


 すると、ヒルダはイルミに提案した。


「だったら、私と模擬戦しよ。勝てばライトと模擬戦して良いけど、負けたら私達の邪魔をしないで」


「ヒルダが戦ってくれるの? 良いよ!」


 ライト達は昼食を取る予定だったのだが、予定を変更して教会学校の中庭へと移動した。


 幸いにも中庭には誰もいなかったので、アンジェラが審判を担って模擬戦を行うことにした。


 以前は剣を使っていたイルミだが、教会学校に通う2年前からパーシーと同じ戦闘スタイルになり、入学して決まった職業は武闘家グラップラーだった。


 それに対してヒルダは魔剣士マジックフェンサーである。


 イルミとは異なり、ヒルダの両親の複合職なのだ。


「それじゃあ、間違っても殺さないでね。スキルも禁止。大抵の傷なら治せるけど、2人にそんな治療をするような状況になってほしくないから」


「わかってるって」


「大丈夫」


 イルミとヒルダが頷くと、アンジェラは戦闘開始の合図を出した。


「始め!」


「先手必勝!」


「遅い」


 イルミが殴りかかるが、ヒルダはそれをひらりと躱して距離を詰めて剣を構えた。


 そこに待ったをかけた者がいた。


「貴女達、何をしてるんですか?」


 大声ではないものの、良く通る声を出したのは修道女シスターの服装をした目つきの厳しいの女性だった。


「不味い、シスター・マリアだわ」


「そんなぁ・・・」


 ヒルダの顔がやってしまったという表情になり、イルミは絶望した表情になった。


 ライトはシスター・マリアなる存在を知らなかったので、アンジェラに訊ねた。


「シスター・マリアって、ここの先生?」


「その通りですよ、若様。二つ名は規則執行者ルールエグゼクターで、私の同窓生です」


「そうなんだ」


「おや、アンジェラではありませんか? どうしてここにいるのですか?」


「私の仕えるダーイン公爵家の方々が教皇様とお会いになるためにここに来たの。その帰りに若様がヒルダ様にお会いする約束があって、それについて来たの」


「ということは、その利発そうな男の子がそこの問題児の弟なんですか?」


 (イルミ姉ちゃん、教会学校で何やったんだよ・・・)


 イルミがシスター・マリアに問題児扱いされていると知り、ライトはイルミをジト目で睨んだ。


「それだけじゃないわ。若様はヒルダ様の婚約者なの」


「しかも、授業中に手紙ばっかり書いてる問題児の婚約者ですって?」


 (ヒルダ、お前もか・・・)


 イルミだけでなくヒルダまで問題児扱いされていると知り、ライトは溜息をついた。


 しかも、手紙は恐らく自分宛であるため、授業中に何をしてるんだとライトはヒルダにジト目を向けた。


 ライトの前では問題児であることは伏せておきたかったらしく、ヒルダはかなり落ち込んでいたが自業自得である。


 その後、シスター・マリアにイルミとヒルダは連行され、ライトがヒルダと会えたのは放課後になってからだった。

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