わがまま姫とそれが不愉快な仲間達【午後1時〜午後2時】1
【午後1時
普通、地下道といえばジメジメとしていて、空気は淀み、外では見たこともないような気味の悪い虫の一匹や二匹くらいいるような気がするのだが、ここは随分と真新しい。一応、通路の中央が深く掘られており、下水道のような構造にはなっている。しかし、実際に下水が流れているわけでもなく、ただただコンクリートで塗り固められた通路が続いているだけだ。その本来ならば下水が流れるであろう水路を、彼――西宮富治は同行者と共に歩き続けていた。
「この下水道――まだ下水が流れた形跡がないし、何よりも新しすぎる。つい最近になって作られたみてぇだな」
西宮は同行者に向かって口を開く。すると、同行者は実に不機嫌そうな表情をさらに不機嫌にしながら口を開く。
「じゃあ、オッさんの言う通り、ここはゲームのためだけに作られたと? 馬鹿馬鹿しい」
ヒールの音を響かせながら否定的な発言をする彼女は
西宮と晴美が合流したのは、妙なアナウンスが終わってすぐのことだった。
目を覚ましたのは、この下水道らしき場所だった。なぜだか周囲はほんのりと明るかった。ショルダーバッグのそばにロウソクが立てられていたからなのだが、そのおかげでショルダーバッグを見つけることができたし、SGTという端末も問題なく手に入れることができた。アナウンスが終わる頃にはロウソクの灯りも消えてしまったのだが、しかし西宮にはおあつらえ向きの物資が支給されていたのだった。それが、今現在も足元を照らしてくれている懐中電灯である。
――ヒント【B】 ブービートラップに与えられた【固有ヒント】は偽物である。
西宮のSGTに入っていた【固有ヒント】だ。時代はどんどんと進化し、それに辛うじて追いつこうとガラケーの扱いを覚え、ようやくそれを覚えたと思ったら、世の中はスマートフォンとかいう、もはや機能付き携帯電話ではなく、電話機能付のなにかに移行してしまった。むろん、西宮はガラケーの生産が終わっても、自分の持っているガラケーが壊れるまでは、ガラケーを使い続けるつもりでいたタイプである。
アナグロ気質の西宮にとって、晴美と合流をするまでSGTは完全に宝の持ち腐れとなってしまった。
晴美と合流したのは、スタート地点からおおよそ数分程度歩いた場所だった。最初から互いのスタート地点が近く、また基本的に地下道は一本道――それに加えて晴美が一歩も動いていなかったこともあり、実に簡単に合流することができた。
晴美はこの理不尽な状況に対して、かなりご立腹だったようで、初対面だというのに初っ端から西宮に当たり散らすような始末。なんとか説得――というか、無理矢理に諭して現在にいたる。
晴美と合流したことにより、SGTの扱い方も多少は分かった。まったくもってSGTを扱えない西宮に苛立ちの色は見せていたが、悪態をつきながらも扱い方を教えてくれた晴美。もっとも、互いが所有する【固有ヒント】を共有するため――という現実的な理由があったからこそなのであろう。
――ヒント【K】 プレイヤーに与えられた【固有ヒント】は全部偽物である。
互いに【固有ヒント】の共有とやらをした結果、西宮のSGTには晴美の【固有ヒント】が追加されていた。
やれ足が痛いとか、喉が渇いたとか、風呂に入りたいとか――基本的に愚痴がメインのわがまま姫ではあるが、しかし晴美は【固有ヒント】を共有した際に、奇妙なことを口にしたのだ。
――私の【固有ヒント】は偽物だから。
その一言がずっと西宮の頭の中に引っかかっていた。相も変わらず地下道は一本道で変わり映えがない。晴美も愚痴ばかりでは疲れるだろうし、話を持ち出すには絶好のタイミングだった。
「なぁ、嬢ちゃん。さっき自分の【固有ヒント】は偽物だって言い切ったよな? あれ、どうして偽物だって分かったんだ?」
両腕を組みながら、地下道にヒールの音を響かせつつ、またなんとなく気だるそうに歩く晴美のほうへと視線をやる。西宮からやや離れたところを歩いていた晴美は、ふと立ち止まると鼻で笑う。
「――そんなことも分からないわけ? どうしてもって言うなら教えてあげるけど」
その態度は不愉快であるが、西宮は我慢をして「いやぁ、教えて欲しいなぁ」と下手に出る。性格は悪いくせに頭の回転は妙に速い。晴美のイメージはそれで固定されつつあった。
「私の【固有ヒント】はね、本物だと定義すると矛盾が生じてしまうのよ」
晴美の【固有ヒント】は、プレイヤーに与えられた【固有ヒント】が全て偽物であるというものだ。これを本物と仮定した場合、矛盾が生じる――西宮は宙に視線をやりながら懸命に考える。
「私の【固有ヒント】が本物だと仮定してみればいいわ。私の【固有ヒント】は、全員の【固有ヒント】が偽物――というもの。すなわち、私の【固有ヒント】が本物だとれば、私の【固有ヒント】も偽物じゃなければならないという矛盾が生じるのよ」
晴美の言葉を受け、頭の中がちょいとばかりごちゃごちゃと散らかり始めたが、しかし西宮はそれらを振り払って自分なりに考える。
晴美の【固有ヒント】は、全員の――すなわち20人に与えられた【固有ヒント】が全て偽物であるとするもの。では、実際にこれが本物であると仮定するのならば、晴美本人の【固有ヒント】も偽物だということになる。本物だと仮定した結果、それは偽物であるという矛盾した答えが生じてしまうのだ。
「本物だと仮定すると、偽物だってことになる――。そもそも、本物だと仮定することができないようになっているのか」
学校を卒業すると同時に大工の道に進んだ西宮は、そこまで学があるとは自分では思っていないし、頭も悪いほうの部類に入ると思っている。しかし、頭をひねって考えた結果、ようやく納得できそうな答えにたどり着くことができたようだった。
「その通り。私の【固有ヒント】を本物だと考えると、どうやっても避けることのできない矛盾が生じる。これを回避するのはいたって簡単。私の【固有ヒント】を偽物だと考えればいい。そうすれば矛盾は生じない。よって、私の【固有ヒント】は現段階でも偽物であると定義できる――ってわけ」
晴美の蛇足的な説明はさておき、そのように考えれば晴美の【固有ヒント】は偽物だと確定することができる。しかし、そこで西宮の頭に疑問が浮かんだ。
「ちょっと待ってくれ。例えば嬢ちゃんの【固有ヒント】が偽物だったとしよう。でも、そう考えても矛盾が生じるんじゃないか?」
「どうして?」
間髪入れずに晴美が返してくる。西宮に意見されたのが気に入らない、反論は一切認めない――そのような雰囲気さえ感じた。
「だって、嬢ちゃんの【固有ヒント】を偽物だとするなら、ヒントの意味合いも逆になって、20人の【固有ヒント】は全て偽物ではないということになるだろ? となると、嬢ちゃんの【固有ヒント】も本物だってことになる。でも、本物だと考えると、それはそれで矛盾が生じる。ほら、どちらにせよ矛盾が――」
西宮の言葉は晴美の深い溜め息でかき消された。
「短絡的すぎ。私の【固有ヒント】が偽物だということは、ただ単純に――全員の【固有ヒント】が全部偽物というわけではないと定義できるだけでしょ? 全員の【固有ヒント】が本物だと決定付ける根拠はどこにもないわ。まぁ、あんた自身の【固有ヒント】と同じ発想をしたくなる気持ちも分かるけど、私とあんたの【固有ヒント】は種類が違うのよ」
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