「辻沢日記 27」(パジャマの少女)
バス停で蘇芳さんにお礼を言って別れてから何分たっただろう。
たしか、18時台に一本来るはずだったのにもう19時を過ぎている。
バス停は、農園前の通りを挟んで反対側の深い谷間に迫り出すように設けてある。
まだ空は少し明るいけれどバス停の周りは既に暗く電灯がずっと前から灯っている。
こんな人も通わないような所に30分以上も一人でいるとさすがに心細い。
こういう峠の道にひだる様が出るって鞠野フスキが言ってたのを思い出した。
さっき実サンショウの塩漬けにぎりを食べたばっかりだからお腹のほうは大丈夫。
谷の底から、ジーーーーという耳鳴りのような虫の声とギョギョギョギョというどんな生き物のものか分からない鳴き声が不気味だ。
それからしばらくして山に反響して車のエンジン音が聞こえてきた。
やっとバスが来たみたい。
遠くを見ると稜線のカーブを曲がってヘッドライトの光をまき散らしながらバスが近づいてくる。
ようやく見えた行き先表示は「38 辻沢駅」とあった。これはラッキー。たしか大曲経由は38番線だったはず。
バスがゆっくりと止まって扉が開いた。
「大曲行きますよね」
「はい」
「じゃあ、大曲まで」
(ゴリゴリーン)
乗客は一人もいなかった。
あたしは中扉に近い席に座った。車内はクーラーが効いていて一気に汗が引いていく。
すぐ出発するのかと思ったらなかなか発車しないで何かを待っている様子。
こんなに遅れて時間調整というのも変だなと思っていると、運転手さんが入口に向かって身を乗り出し、
〈乗るのかい?〉
とマイクロフォンで話しかけた。
誰かが来るのを待っていたんだ。
少し間があって運転手さんが、
〈いや、だめだ〉
と言うと、すぐに扉が閉まりバスが急発進した。
激しい動きに体を揺さぶられながら窓の外を見ると、バス停にパジャマ姿の女の子が立って、こちらに手を振っていた。
しばらく走ってから運転手さんがマイクロホンで、
〈お客さん、変なのに好かれたみたいだね〉
「変なの。ですか?」
〈ああ、普通の子はパジャマ姿で「乗ってもいい?」なんて聞いてこないからね〉
と言った。
そしてマイクロフォンを切ると、
「スギコギスギコギ、もうすぐ朝が明けますよ……」
とスギコギの唄を歌いだした。
あの「変なの」はずっとあたしのことを付け狙ってたのだろうか?
どうして襲わなかった?
空飛ぶ生き物は前触れもなく襲って来たのに。
ということはまた違う生き物?
とりあえず今回は蘇芳さんに持たせてもらった実サンショウの苗木と体中がサンショウ臭かったせいと思うことにしよう。
5日後、蘇芳さんの農園での作業が一段落した。
その間、蘇芳さんのご厚意に甘えることはしないで毎日大曲から通った。
蘇芳さんは、それじゃああたしの気が済まないと帰りだけはバイパスのバス停まで車で送ってくれた上、バスが来るまで一緒にいてくれた。
初日のパジャマの子の話を聞いてもらったのもあったと思う。
すごく心強かった。
ただ、毎日違う種類のサンショウの苗木を持たされるのには少々困った。
おかげであたしのホテルの部屋はサンショウの見本市状態。
―――――――――――――――――
ここまで読んで頂きありがとうございます。
面白そう、続きが読みたい、応援したいなと思ってくださった方は、
お気軽に、作品をフォロー、♡、★、応援コメント、レビューをしていただくと、執筆の励みになり大変うれしいです。
フォロー、★、レビューはトップページ↓↓↓から可能です
https://kakuyomu.jp/works/1177354054984140540
よろしくお願いいたします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます