第6話 春の雪の中で

 寅之助たちが深谷の渋沢栄一郎のところから江戸へ戻り、それから半年が経った。季節は秋となり、涼しい風が吹きはじめていた。

 この間「安政の大獄」の弾圧はますます強まっていた。寅之助のいる千葉道場でも「井伊の赤鬼」に対する怨嗟えんさの声が日に日に強くなっている。けれども寅之助は、いつもと変わらず剣術修行一筋に励んでいた。


 そんなある日、寅之助は道場で奇妙な人物と手合わせをすることになった。

 その人物は薩摩人だった。名前は有村次左衛門じざえもんという。

 歳は二十代前半で、この年に江戸へやって来て以来、時々三田の薩摩藩邸から千葉道場へ通っているのだが、たまたまこれまで寅之助と手合わせをする機会がなかった。そしてこの日、はじめて手合わせをすることになったのだった。


 有村の剣術は恐ろしく下手だった。特に防御に関しては問題外といった下手さだった。

 その一方で攻撃の力は凄まじく、たまに攻撃のかたちを作ると「キェーッ!」という金切り声を上げて打ちかかり、寅之助が竹刀で受けると竹刀ごと弾き飛ばされた。そして寅之助はこの時うっかり、胴へ見事な一撃をくらってしまったのだが防具ごと断ち割られそうな勢いで体が吹っ飛ばされた。このあと寅之助はしばらく脇腹が苦しくてしっかりと息ができなかった。

(ハア、ハア、ハア……。これが噂に聞く、薩摩示現流じげんりゅうか……!)

 と寅之助は脇腹を押さえながら戦慄した。

 ちなみに有村の剣術は正確に言うと示現流ではなく、薬丸やくまる自顕流じげんりゅうである。


 ところで稽古の合間に数人が集まって政治談議をすることは、この千葉道場ではよくあることだった。そしてこの時も、そういう形になった。といっても寅之助も有村も他人の話を聞いているだけで自分からしゃべり出そうとはしない。

 そこで談議をしていた男の一人が、寅之助の隣りにいた有村に対して意見を求めた。

 薩摩藩は前年、名君との誉れ高かった島津斉彬なりあきらが亡くなるまでは、西国一の雄藩として「一橋派」の一翼を担っていた藩である。ただし斉彬の死後、藩内では保守派の意見が強くなり、中央政局から手を引く姿勢を強めていた。その薩摩藩の実情を知りたくて、男は有村に意見を求めたのだった。

 ところが有村は

「オイには難しかこつは何も分かりもはん。オイはだいかビンタ(頭)の良か人の指図がないと、どげんもないもはん」

 と薩摩弁丸出しで、しかも明確な回答を示さなかったので皆一同にシラけてしまった。やがて一同は稽古へ戻ろうとして、それぞれ散っていった。


 その戻り際に、有村は隣りにいた寅之助に声をかけた。

「吉田どんは井伊の赤鬼について、どげん思いもすか?」

「いや。私も難しいことは何も分かりません」

 そう寅之助が答えると、有村は寅之助の表情をジィっと覗き込んで、それから言った。

「吉田どんは確か、どこかのご家中でごわしたか?」

「いいえ。我が吉田家は名字帯刀を許されてはおりますが、れっきとした百姓です」

「なるほど。そんなら仕方がなか」

 寅之助はムッとなって問い返した。

「何が仕方がないのですか?」

 有村はその問いには答えずそのまま立ち去ろうとしたが、ふと思い直したように振り返り、それから寅之助に言った。

「おはんの場合は、ほんのこて何も考えておらん顔をしちょる。そいどん、武士ではなか者であれば、仕方がなか」

 そう言うと有村は去って行った。

 当然のごとく、寅之助は不快に思った。

(何なんだ、この薩摩人は。武士がそれほど偉いというのか?武士が何ほどの者だというのだ!)



 その数日後、寅之助は千葉道場の玄関で、有村が若い女性から弁当袋を受けとっているのを見かけた。

「松子殿、ほんのこて、あいがとさげもした」

 有村はくり返しその女性に礼を述べていた。女性は用事を済ませると、すぐに帰っていった。

 さっそく弁当袋をあけて有村がおにぎりをパクつきはじめると、近くにいた寅之助に気がついて声をかけてきた。有村は先日のことなどまったく気にしていない様子だった。

「おお、吉田どん。お久しぶりごわす」

「……有村さん、今の方はご新造しんぞさん(若奥さん)ですか?」

「うんにゃあ、オイもあのお人も独身ひといもんじゃ。世話んなっちょる家の娘で、忘れた弁当をば届けてくいやったとじゃ。それにしても、やっぱい白か米はうんまかぁ!」

 有村はむしゃむしゃと嬉しそうにおにぎりを食べた。

 寅之助が見た感じでは、先ほどの女性は有村に好意を抱いているように見えた。それで、有村に聞いてみた。

「先ほどのきれいな方は許嫁いいなずけか何かですか?」

「うんにゃあ、とんでもなか。あんお人はオイにはもったいなか女性おごじょじゃっで。きっとどこかの良か家へ嫁ぐに違いなか」

 と言いながら有村は、相変わらず無邪気な表情でおにぎりを食べつづけている。

 その姿を見て、寅之助は有村のことを「不思議な人だ」と思った。





 さて、それからさらに半年が経ち、安政七年(1860年)になった。

 だんだん春めいてきて、ちょうどお彼岸(春分)をむかえた頃、千葉道場の玄関に美しい女性が一人、訪ねてきた。

 それはおまさだった。

 永井左京という大旗本の妾宅にいるはずの、あのお政である。お政は人に言って寅之助を呼び出してもらった。

「きれいな女の人が吉田殿を呼んでますよ」

 と聞いて寅之助が玄関に行ってみるとお政がいたので、寅之助はお化けでも見たかのように驚嘆の叫び声を上げそうになった。


「……!。あ、あの……なぜあなたがここに?」

「お久しぶりね、寅ちゃん。お元気そうで良かったわ。それで、突然で何なんだけど、ちょっとそこまで、ご足労願えないかしら?」

「また藪から棒に。いったい何なんですか?」

「ちょっとここじゃ話せないのよね。私いま本当に困ってるのよ。ねえ?なんとかお願いできないかしら?寅ちゃん……」

 この妖艶な女性がここまで媚態びたいをさらしてお願いしたら、それをキッパリ断れる男など、そうはいない。ましてや女にからきし弱い寅之助である。

「分かりました。少しだけですよ……」

「それで寅ちゃん、申し訳ないんだけど、出かけるにあたっては刀を差してきてもらいたいの」

「え?なぜ刀が必要なんですか?」

「ごめん。訳は後で話すから」

 結局、寅之助はしぶしぶお政の言う通りにした。道場の人間には

「姉と一緒に祖父の墓参りへ行ってくるので、ちょっと出かけてくる」

 と言って道場を抜け出した。それで腰に二本を指し、衣服も正装にあらためてきた。




 お政は寅之助を連れて、しばらくすたすたと歩いていった。

「一体どこまで行くんですか?私に何をさせるつもりなんですか?」

 と寅之助が怪訝けげんな表情で聞いた矢先、お政は寅之助の手を握って、出合であい茶屋ぢゃやの建物に入っていこうとした。

「ちょ、ちょっと待ってください。こっ、これって……!」

「いいから、いいから」

 出合茶屋、すなわち待合まちあい、今で言えばラブホテルである。


 部屋に通されて二人っきりになった。

 部屋には酒肴が用意されているが、寅之助の目にはそんなものは映る余地がない。

 すぐにお政は、寅之助にそっとしなだれかかってきた。

「ねえ、寅ちゃん、私いま追われているの……。寅ちゃん以外に頼る人がいないのよ。どうか私のことを守ってくださらない?……」

 

「一体どんな訳で、どういった事情があるのですか?」

 などといった冷静な問いかけを寅之助ができるはずもなかった。寅之助の心はすでに、お政の色気によって完全にかき乱されていたからだ。

 惑乱しきった意識の中で、寅之助は懸命に考えた。

 もしここでお政と関係してしまうと不義密通の罪で永井左京から追及されることになるであろう。それは避けたい。でも、この魅惑的なお政の肉体をもってしてこれほど迫られては……。バレなきゃちょっとぐらい……。いやいや、やっぱりマズいだろ……。

 寅之助の脳みそはますますかき乱されるばかりだった。


 ちなみに寅之助はすでに童貞ではなくなっていた。

 以前お政に誘惑されて、それ以降、寅之助もとうとうふんぎりをつけて安い遊女屋へ行き、筆おろしを済ませていたのだった。

 しかし初めてのことでもあり、誰にも相談せずに当てずっぽうで安い遊女屋を選んでしまったため質の悪い遊女に当たってしまったようで、あまり良い経験をしたとは言えない有り様だった。そんな訳でとりあえず、遊女屋はそれっきりとなった。


 そんな性的経験未熟な寅之助が、この状態で何か能動的に事を起こせるはずもなかった。

 やがてお政が寅之助を導いて布団の上に仰臥させ、その上に覆いかぶさってきた。

 そして舌と手を使って寅之助の各所を攻めはじめた。

 そのうちお政が手取り足取り(特に三本目の足を取って)寅之助に房事の要領を教え込んでいった。


 お政は、性的なテクニックに関しては天賦の才があった。男を悦ばせる天才だったといっていい。

 これまでお政は遊女や芸者の経験はない。今は永井左京の妾とはいえ不特定の男と関係するわけではない。が、しかし、お政は以前町人と結婚していた頃から奔放に浮気を重ね、実は永井左京の妾になってからも密かに間男と密通おり、関係した男の数は数えきれない。ゆえに、天賦の性の才能に加えて経験も豊富なのである。ハッキリ言って、なぜこの女が今まで遊女や芸者ではなかったのか?と、そのほうが不思議なぐらいである。おそらくその筋の店に立てば、遠からず店の一番人気を獲得するのはたやすいであろう、というほどの女だった。


 そんなお政を相手に、寅之助はずっと夢心地の中に没入している。

 安い遊女屋での経験とはあまりにも違い過ぎた。「こんなに良いものだったのか!」と。

 寅之助とお政は何度も何度も一緒に果てた。



 お政は寅之助の耳元でささやいた。

「……これで寅ちゃんも、密通の罪は同じだからね。もう私と運命を共にするしかないのよ……」

 寅之助としては、とにかく今は何も考える気力がない。グッタリと横になって、とりあえず「もう、なるようになれ」という心地だった。


 やがてお政は寅之助に事情を詳しく説明しはじめた。

 お政は今、不義密通の罪で永井左京とその手先に追われているのだった。前にも述べた通り、この当時不義密通が発覚した場合、夫は、密通した妻と相手を斬り殺して良い事になっていた。特に武家の男はそうする傾向が強かった。お政は寅之助と関係する以前から永井の目を盗んで間男と密通していたのだが、それが最近、永井にバレたのだった。

「寅ちゃんの腕なら、もし追手が乗り込んで来ても、逆に返り討ちにしてくれるでしょ?」

 寅之助に刀を用意させたのは、そのためだった。

(ひょっとすると俺はお政さんのために人を斬ることになるのか……。それじゃあ、まず確実にお尋ね者になるだろうな……。父上や母上になんと申し開きをすれば良いんだ……)

 と寅之助は今さらながら多少後悔した。が、その反面、やっちゃったもんは仕方がない、という諦念ていねんが強いのも事実であった。今さら悔やんだところで何がどうなるものでもなし、と。

「でも、寅ちゃんに本当にお願いしたいのは、私を横浜まで送ってもらいたい、という事なの」

「横浜?」


 お政は賢い女で、すでに絶好の逃走先を見つけていた。

 それが横浜だった。

 この頃すでに横浜が開港していたことは以前書いた。そしてその横浜で日本人と外国人との間で軋轢あつれきが生じていたことも以前書いた。

 そこで幕府は外国人の感情をなだめるために、横浜に遊郭を建てた。その全体の総称を港崎みよざき遊郭と言い、なかに十数件の遊郭があった。それらの中でも岩亀楼がんきろうは外国人向けに作られた豪勢な遊郭で、そこで外国人の相手をする遊女を通称「ラシャメン(洋妾ようしょう)」と呼んでいた。

 しかしながら外国人を相手にする売春は遊郭だけに限らず、外国人が横浜の自宅に日本人女性を囲うケース、いわゆる「ムスメラシャメン」という現地妻的な売春もあったのである。

 お政が目を付けたのは、このムスメラシャメンだった。

 この頃、横浜には外国の貨幣、すなわちドルがあふれていた。そしてこのドルの力は絶大だった。要するに外国人のほうが日本人よりも遥かに経済力があったのである。しかもこの横浜は外国人にとって「治外法権」の地で、幕府の法令では外国人を裁けなかった。

 さらに言うと、横浜ではラシャメンの仕事をする女性を盛んに募集していた。それゆえ、お政が突然横浜に駆け込んだとしても(特にお政の場合はその器量の良さもあって)引く手あまたの状態になるのは必然のことと思われた。


(外国人の囲い者(妾)になれば、おかみの追及は届かなくなる。しかも横浜にはお金があふれている。同じ囲い者になるのなら外国人の囲い者のほうが良いじゃない。どうせやることは同じなんだから)

 お政の考えとしては、こうである。そしてそのことを寅之助にも説明した。

 自分一人で横浜へ向かった場合、途中、永井やその手先に捕まれば命がない。だから横浜まで自分を警護してほしい。横浜に着いたら後は逃げ込むだけだから、あなたは帰っていい、と、その段どりも説明した。


 寅之助としては、その説明に釈然としない部分はあるものの、この計画以外にお政がのがれる良い方法があるとも思えなかったので、やむなくお政と共に横浜へ向かうことを引き受けた。

(横浜へ逃走する、か……。またとんでもない事を考えたもんだ。それにしても、外国人の囲い者ね……。そこがどうも引っかかるんだが……)




 翌朝、二人は出合茶屋を出発して、南へ向かった。

 江戸を出るまではなるべく幹線道路を避け、脇道を通って品川へ向かった。追手の目を逃れるためである。

 そして品川を出てからは普通に東海道を歩いていった。まさか永井たち追手も、お政が横浜へ逃げるなどとは予想もしていないだろうが、万が一ということもある。二人は周囲を警戒しつつ、蒲田、川崎、生麦と抜けて夜には無事、神奈川宿に着いた。しかしこの遅い時間では横浜の関門を通れないと思われたので二人は神奈川で宿をとることにした。一応、怪しまれないように夫婦めおとということで部屋をとった。


 その夜、二人が食事を済ませたあと、お政が「ねえ、しないの?私たち夫婦めおとなんでしょ?」と聞くと寅之助は「なんとなく、そんな気分になれない」と、やんわり遠慮した。

 お政がこうして寅之助といるのも、ある意味寅之助を利用しようとしているだけのことで、愛情どうこうの関係ではない。冷淡に利害得失を計算した上での、まったくの打算的な関係である。それに寅之助としては、お政の魅惑的な体にこれ以上おぼれてしまうと、クセになりそうで怖かったのである。


 などと、そんな風に強がってはみたものの、十九歳の寅之助がお政と同じ部屋で寝て、性欲を抑えきれるはずもなく、結局「いたして」しまったのだった。もう、さんざっぱら「いたして」しまったのだった。




 翌朝、二人が布団の中で目覚めると、ばかに寒かった。窓の外をながめてみると雪が降っており、一面が白く雪化粧されていた。

 すでに彼岸も過ぎようとしているのにこんな雪が降るなんて、春の椿事ちんじだとしか思われなかった。

 そして雪が降る中、二人は出発した。もう横浜はそんなに遠くない。野毛の山を越えて川を渡れば、それからほどなく吉田橋の関門である。その関門をくぐった先が横浜で、またの名を関内かんないと言う。


 二人は雪の中を歩きつづけて、どうにか無事、吉田橋に着いた。

「寅ちゃん、本当に助かったわ、ありがとう。じゃあ、ここでお別れね。いずれまた、横浜に遊びに来てちょうだい。……それはそうと、今日は何の日か知ってる?」

「さて?何の日だっけ?」

「三月三日、ひな祭りよ」

「ああ、そういえばそうだった」

「今日から私は、この横浜で生まれ変わるのよ」

 そう言うとお政は寅之助のもとを離れて、吉田橋を渡って行った。

 寅之助は、ホッとしたような、惜しいような、複雑な気持ちでお政を見送った。





 このあと寅之助は急いで江戸へ戻った。姉と墓参りに行くと言って二日間、勝手に留守にしていたからだ。

 夕方頃には江戸城の近くまで戻ってきた。その途中、日本橋のあたりを通った時に町の人々が異様な雰囲気でざわついているのを見て不思議に感じたが、とりあえず道を急ぎ、日が沈む前にお玉が池の道場に帰宅した。


 中に入ると、道場の様子は異様だった。

 誰も稽古をしておらず、皆が道場のそこかしこに腰を下ろして何やら会合でもしているような様子なのである。

 中には涙を流している人もチラホラといる。また、酒が入っている人もいるにはいるが、騒いでいる人はほとんどおらず、皆一様に神妙な様子だった。一見すると、お通夜のように見えた。


 寅之助が入り口のあたりで呆然とつっ立っていると、真田範之助が声をかけてきた。

「寅之助!」

 真田に怒られると思った寅之助は、とっさに弁解した。

「すみませんっ……。つい親戚の家でやっかいになって二泊もしてしまって……」

「そんなことはどうでも良い!貴様も知っておろう!今朝、桜田門で水戸の烈士たちと、うちに来ていた有村次左衛門君が見事、井伊の赤鬼の首を獲ったことを!」

「え?」


 世に言う「桜田門外の変」である。


 この日の朝、雪の降る中、水戸脱藩者十数名と薩摩藩の有村次左衛門が桜田門外で井伊直弼の行列を襲撃し、井伊を討ち取った事件である。このとき井伊の首をげたのは有村次左衛門だった。

 ただしその代償として襲撃者たちの何人かは死傷あるいは自決し、有村もまた負傷後に切腹したのだった。




 真田たちから詳しく話を聞かされ、これまで政治談議にほとんど関心を寄せていなかった寅之助でさえ、泣いた。

 特に有村次左衛門の死について、泣いた。


 あの一見茫洋ぼうようとした表情で、何も考えていなかったような男が、あっさりと自分の命を捨てて、天下の大事を成した。

 武士の誇り、武士の生き様とは、これほどまでにあざやかで強烈なものなのか!と雷に打たれたような衝撃を受けた。


 そしてさらに衝撃だったのは、有村の松子に対する態度だった。

 おそらくお互い好き合っていたであろう娘の行く末をやさしく見守り、何の未練も残さずに死んでいった。

 自分と歳も大して変わらない有村が、こうも潔い生き様を貫いた。



 かたや自分自身をかえりみて、ここ数日、自分は何をしていたのか?!

 不義密通に関与し、お政との肉体関係におぼれた。

 彼らが命を捨てて天下国家のために働いていた時に、自分は女色にうつつを抜かしていたのである!

 まったく情けない!と自分を恥じ入るしかなかった。



 彼らのために、特に有村のために、自分はこれから命がけで尊王攘夷の道を突き進もうと、寅之助は固く決意したのであった。

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