魔王と忠誠と自動人形

leito-ko

第1話


とある辺境の森にはダンジョンがあると言われていた。


近年急激に空気中の魔力の濃度が上昇し、出現する魔物のランクが格段に上がったからだ。

多少の変化ならば気のせいで処理されていたのだが、ただの森がこの世界で最強の厄災である魔王が出現した時と同じレベルにまで変化するとなると最高難易度のダンジョンが出現したと言っても過言ではない。


たった50年ほど前まではただの森だったから大丈夫。

そう言って森に調査をしに行った者達は一人残らず生きて帰ってくることはなかった。


ギルドが上位の冒険者に声を掛けようと、皆が皆深刻そうな表情を浮かべ、口を揃えて"あの森は入るべきじゃない"と言って断るのだ。

かといって中堅層の冒険者も命を溝に棄てたくはないと調査を断るし、初心者などもっての他だ。

ギルド本部の人間もそう易々と行けるような場所ではなく、仕方なく特別危険指定ダンジョンとして扱ってはいるものの、実態がわからない以上対処のしようがない為どうするべきか困っている状態だった。


だが、一人だけ森に入っては無傷で帰ってくる者がいた。


「アンバーさん!またあの森に行かれるんですか!?」


彼の名前はアンバー。

一年前に急に現れ、瞬く間に最上位のSランクに上り詰めた男だ。

一人で古龍を倒したとか、ダンジョンを単独制覇しただとか、どれも噂と言われているが実際に彼がやってのけたことだとこのギルドの職員達は知っている。


「あー、うん。行くけど何?」


「その、黄昏の魔境に入るのなら報告書がほしいと上にせっかれていまして....」


「はは、行くことを咎めるのは止めたのな」


「アンバーさんを止める力が無いと証明したのは他でもないアンバーさんじゃないですか」


気疲れが続いてる様子のギルド職員は上層部とアンバーとの間の圧に挟まれ続けている不憫な人だが、アンバーは何度言われようと何処吹く風といった様子だ。


「....あの森のことが知りたいなら自分らで行けばいいじゃん。勇気だして行きなよ、黄昏の魔境だなんて大層な名前付けてるけどさ、あの森何も怖くないぜ?」


飄々としたアンバーの態度にギルド職員であるコットはため息を呑み込んだ。

が、直ぐに吐き出した。


「それはアンバーさんが強いからであって並大抵の冒険者は奥に行く前に死んでしまうのが大抵なんですよ!」


黄昏の魔境が、ギルドから上位ランク指定ダンジョンと認識されるほんの少し前までは強い魔物からとれる素材目当てで森の奥へと入る者も多かったらしいが、その全てが帰ってこなかったという事実を誰よりも黄昏の魔境に出入りするアンバーが知らないはずがない。


「コット君、どうどう。落ち着きなよ。そろそろ新しい魔王が現れるらしいし、それにともなって勇者も現れるんでしょ?そんじゃあその勇者が現れてから調べればいいじゃん。どうせあの森の魔物は森から出てこないんだし」


へらへらと笑みを浮かべて軽々しく言うがその魔王出現時と同レベルの場所に勇者を放り込めるわけがないじゃないかと反論したいが、何を言っても無駄だと諦めたコットは"じゃあ紙だけは持っていってください"とアンバーに記録用紙を押し付けてカウンターの奥へと帰って行った。


「コット君も大変だね」


押し付けられた紙を面倒くさそうに懐に入れたアンバーはギルドから出て黄昏の魔境へと足を向けた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「たーだいまぁ!」


黄昏の魔境の奥深くには大きな屋敷が一つ建っている。

その事を知る冒険者はアンバー以外にはいない。


「お、よぉアン、おかえり。一週間ぶりだなぁ、また人間の組合ギルドに行ってきたのか?」


屋敷の扉を開け放ち、帰宅の声をむやみやたらと大きく上げたアンバーに声をかけたのは、丁度玄関を通り過ぎようとしていた白衣を着た青白い顔の男だ。


「そーそー、ギルドに行ってた。....ドクターと顔合わせるのが久々なのはドクターが引きこもってるからじゃねぇの?」


「うっせ、こっちは仕事してんだよ」


ずれた眼鏡の位置を直しながらアンバーと話す男は研究職らしく、片腕で抱えた荷物は統べて研究用の器具に見える。


「そうだ、アン。帰ってきたならマスターに挨拶しに行ってこい。」


「そうだね、よく考えたらマスターとも全然顔合わせてなかったわ。思い出させてくれてありがとドクター、」


ああそうだね、とひらひらと手を振ってはアンバーはドクターと呼んだ男の元から離れ、軽い足取りで目的の部屋へと歩いていった。



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