第5話 覚醒

「な、何だよこれ⁉︎」

 私達を包み込むバリアを見て、さっきまで私達を痛めつけていた学生達が驚いている。

 いや、それは私達もだ。

 何が何なのかさっぱり分からない。でもこれが私達を守ってくれたのは事実だ。

「お、おい、どうする?」

「くっ!別にどうってことはねぇ!何度でもぶん殴ってりゃ割れんだろ!」

「そ、そうだよな………おりゃあ!」

 頷いた男子が炎を纏ったハンマーを思いっきり振り下ろした。

 たしかにこんなバリアがずっと保つとは思えない。せめてもう少し厚みが無いと。

 私がそう思った瞬間、バリアが丸めた紙のようにまとまった。それが振り下ろされたハンマーを受け止めた。

 ガンッと大きな音がするが、バリアは割れずに攻撃を受け止めている。

 さらにバリアのエネルギーが反発して、攻撃してきた男子が吹き飛ばされた。

「ぐっ!何なんだよ!当たらねぇぞ!」

 バリアに弾かれて男子は尻餅をついた。それを見てみんなが愕然としている。

 私は守ってくれたバリアを呆然と眺めた。

 私が大刀石花を守りたいと思ったらバリアが生まれて、さらに頑丈にしたいと思ったら、バリアの範囲を狭めて厚みを増やした。

 まさか、これ、私の意思を反映してるの?

 もちろんこれまでこんな事は起きなかったし、こんな事が起こる理由が分からない。

 わけが分からずに視線を落とすと、さっきまで手に集まっていたタレンテッドキーの光が無くなっていた。

 よく見ると、バリアの光は私のキーの光によく似ている。



 もしかして………これが私の武器?



「クソが!おい、この変なバリアごとコイツら壊すぞ!」

 攻撃の当たらないことに業を煮やしたみんなが、私達に襲いかかってきた。

 まだ状況がよく分からないが、ここで迷ってる場合じゃないのは分かった。

 これで大刀石花が守れるなら、今やる事は一つだ。

 私は手をついて立ち上がった。突き刺すような痛みが響くが、そんなものに屈してられない。

 バリアに向けて手をかざした。手元に戻るように念じると、バリアは光となって私の手元に集まってくる。

 その光を二つに分けると、一つを盾にしてもう一つを鞭状の形にした。

「オラァッ!」

 振り下ろされた剣を盾で受け止めた。強い衝撃が伝わるが、何とか耐えられる。

 エネルギーを反発させて弾くと、光の鞭を大きく振るった。それは目の前の生徒の腹にめり込む。

「ぐはぁッ⁉︎」

 さっきまで余裕の表情で私達を痛めつけていた人とは思えないくらいに、あっさりと彼は吹き飛ばされた。

「ちょッ、はぁッ⁉︎何あれ⁉︎」

 吹き飛ばされた男子を見て、他の学生が声をあげる。

「おい!話が違ぇぞ!アイツはキー使えねぇんじゃねぇのかよ!」

「う、うるせぇ‼︎ただ武器が使えるってだけだろ‼︎人数はこっちが多いんだ、囲んでやっちまえ‼︎」

 パニックになった男子の号令で、みんなが私を取り囲んだ。能力を発生させて飛びかかってくる。

 咄嗟に私は盾と鞭を放すと、再びドーム状のバリアにした。それが彼らの攻撃から私を守ってくれる。

 そして抱き込むように腕を回すと、それに合わせてバリアも変形した。

 攻撃してきた人達を絡めとって丸まった。彼らはバリアに簀巻きにされる。

「ぐあッ⁉︎」

「えぇッ⁉︎何よこれ⁉︎放しなさいよ‼︎」

 拘束された人達が口々に騒いでいる。

 このまま放したらまた襲われてしまう。彼らには悪いが、ちょっと動けなくなってもらわなければならない。

 しかしこの状況でどうすれば…………

「あ、そうだ………」

 光というエネルギーがバリアになるから、バリアから別のエネルギーに変換できるかも。

 私は大きく深呼吸してイメージした。青白い稲妻を。

「ごめん」

 かつて自分がされた事と同じことをしてしまう事に謝ると、バリアの内側のみに電流が走った。

「ぎゃあぁぁッ⁉︎」

「あぁぁぁッ⁉︎」

「ひゃあぁぁぁッ⁉︎」

 バリアに包まれた人達に電流が流れて何人もの悲鳴が響いた。

 私はこれ以上痛めつけるつもりはない。素早くバリアを解除した。

 学生達は解放されると同時に倒れ込んだ。死んではいないようだが、体が痺れて動けないらしい。

 もうこれで大丈夫だろう。これより今やるべき事は………

「大刀石花!」

 血まみれの大刀石花に慌てて駆け寄った。

「かに、くさ…………」

「もう大丈夫だよ」

 そうは言ったものの、このままではマズい。

 傷や出血がひどいのはもちろんだが、所々骨が折れていてここじゃどうしようもない。

 とにかく病院に運ばないと。

 私は携帯で救急車を呼んだ。大刀石花のことはもちろんだが、私が傷つけてしまった人たちのことも知らせる。

 すごい慌ててたから電話聞き取りにくかったかも。

 それでもとりあえず何とかなりそうだ。そしたら救急車が来るまでに何か対処しないと。

 けど医療の知識や道具は私にはない。大刀石花の力があれば病院へとワープが可能だが、その本人がこれじゃ仕方ない。

「………よし」

 私は手に残っている光を大刀石花に向かって放った。光は膜となって大刀石花の骨折箇所を包み込む。

 気休め程度ではあるが簡易ギプスだ。これで大丈夫だろう。

「これで、何とか………」

 安心した瞬間、私の身体から力が抜けてその場に倒れ込んだ。それと同時に全身に鋭い痛みが襲う。

「あぁ…………」

 しまった。そういえば、私もボロボロなんだった………そりゃこうなるか。

 しかしここで意識を失えば、キーの力が無くなり大刀石花のギプスが消えてしまう。

 それからしばらくして救急車のサイレンの音が聞こえて、限界に達した私は意識を手放した。




 独特の匂いが鼻腔をくすぐり、私は目を開けた。

 目の前は真っ白な天井だった。ふわふわしたものが私の下に引かれている。

「ここは………ぐっ!」

 身体を起こそうとすると痛みが身体を走り、動けなくなってしまった。

 仕方なく目だけで周りを確認する。

 私の周りにはいくつかのベッドとカーテン、白い壁と大きな扉が見える。何より自分の身体には完璧な手当てが施されている。

 ここは、病院?

「あ、そうか………」

 さっきまでの事を思い出して私は納得した。

 救急車が私のことを運んでくれたんだろう。それで無事入院中って事ね。いや、入院してるなら無事じゃないか。

 外はさんさんと明るく、お昼とは思えない。

 となると今は朝、あれから何時間も経っている事が分かる。

「ッ⁉︎そうだ、大刀石花………」

 私が何のために救急車を呼んだのか、一番は大刀石花を助けたかったからだ。

 この病院にいるのかな?

 すると病室の扉が開いて一人の看護師が入ってきた。

「あ!目を覚ましたんですね」

「あ、あの、大刀石花は?ここに、私と同じように怪我して運ばれた人がいるはずなんです!その人は⁉︎」

 出会い頭に無礼だとは思ったが、そんな事気にしてる余裕は無かった。

 私は必死に身体を動かそうとすると、それを看護師が止める。

「お、落ち着いてください。彼女でしたら、そこにいますよ」

 そう言って看護師は私のベッドの隣、ベッドを隠していたカーテンを開けた。

 そこには包帯が巻かれて何とも痛々しい姿だが、気持ちよさそうに寝息を立てている大刀石花の姿があった。

 カーテンを開けたことで光が入ったからか、大刀石花の瞼がピクッと動いた。それから彼女の目がゆっくりと開く。

 私はその動き一つ一つを目に焼きつける。

「んっ………あれ?さっきとあんま外変わってない………?」

 その言葉から私より先に起きたことが分かった。

 大刀石花は周りをキョロキョロして、私と目があった。私を見ると穏やかな笑みを浮かべる。

「あ、海金砂。起きたんだ」

 その笑みが私の心を、いや身体の全てを埋め尽くして温めた。体温が一気に上がり、心臓が焦げてしまいそうだ。

「あ、あぁ…………」

 自然と口から声が溢れでた。涙は流れない、しかしその代わりに自分の中の何かが爆ぜそうだ。

「たち、せ………」

「うん、大刀石花だよ。海金砂」

 その笑顔に私は手が伸びた。身体が思うように動かないので、当たり前だが私はベッドから転げ落ちた。

「ぐはっ!」

「ちょ、海金砂⁉︎無理しないでって」

 慌てて手を伸ばした大刀石花が私の手を握った。何と温かく『生きている』ことを実感する手だろうか。

「た、大刀石花………」

「見てたよ。私のこと、助けてくれてありがとうね」

 大刀石花のかけてくれる一言一言が心に染み渡り、目頭の温度は落ちるどころか高まるばかりで溶けそうだ。

 でも………

「違うよ、そんなんじゃない………」

「え?」

 私の呟いた言葉に大刀石花が首を傾げた。

 私はお礼を言われるような立場なのだろうか。

 だって、私のせいで大刀石花は、こんな怪我を負うことになってしまった。私がいなければ、こんな事には………

「大刀石花、ごめん。わ、私………大刀石花のこと、こんなに傷つけちゃって………私といたから、こんな………本当に、ごめん」

「海金砂?」

「私、分かってた。私と一緒にいたら、大刀石花がこんな目に遭うって。でも、離れたくなくて………それで、こんな事に、巻き込んで………辛い目に遭わせて………私のせいで………」

 大刀石花は何も言わずに私を見下ろしていた。

 何と言葉をかけられるだろうか。もうずっと一緒にいたくないと言われるだろうか。

 それは嫌だ。でも、私にそんな事言う資格はない。

「………たしかに、私は海金砂のせいでこうなったかもしれないね。海金砂と関わらなかったら、こうはならなかった」

 ズキッと心に痛みが走った。それでもそれは紛れもないな事実で、受け止めなければならない。

「でもさ、傷ついた私を海金砂は助けてくれたでしょ?自分がやった事がちゃんと分かって、その責任も取れたならもういいよ」

「大刀石花………でも、」

「海金砂は真面目すぎ。間違えても取り返しがついた、それならそれでいいの、でしょ?」

 半ば押し通すような言い方だったが、それは崩れかけた私の心をまとめてくれた。

 優しさとはまた違う、求めていたものとも違う。

 でもそれは私と大刀石花をまた繋げてくれた。ただそれだけだが、それでいい。

「うん、ありがとう」

「もういいって」

 大刀石花は私と手を繋いだままクスッと笑った。

 こうして私はただ一人の友達といる時間を噛み締めた。

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