3日目

昨日はけっきょく寝てしまったらしい。次の日の朝目覚めると、ちぎったパンは干からびた状態で目の前に落ちていた。塊はまだそこにいて、子猫ぐらいの大きさに成長している。どうやってこの大きさになったのか。少なくとも、パンはこいつの餌にならないようだが。

アルコールが身体にまだ残ってい他のだろうか。男は変な事を考え始めた。

こいつが犬くらいの大きさになったらひょっとして脚が生えて、紐をつけてどこか散歩に行けるようになるかも知れない。ペットとして飼ったら楽しいかもしれない。見たことのない動物だから連れて行く先々で、注目を浴びるかもしれない。紐をつける首がどこにあるのかも、まだよく分からないけれど。

(そういえば、このアパートはペット禁止だったな)

入居時に不動産業者から言われたことを思い出す。

「犬、猫、鳥類、爬虫類の飼育は禁止です。」

男は舌打ちをした。どうせ家に帰って寝るためだけの部屋だ。やり場のない怒りが湧いてくる。

(こんな深夜まで仕事に追われる生活でペットなんて飼えるはずないではなか。金魚ですら、今のような生活リズムでは餌やりと水替えができずに死滅するってものだ。)


小さい頃は生き物がけっこう好きな方だった。

男は昔、犬が飼いたいと親に泣いてねだったことを思い出した。

「うちでは飼えないわ。」母親はいった。

それならばと、ザリガニを釣って家に持って帰ったこともあったが、長く飼っていた記憶がない。多分水が濁って死んだかで捨てられたのだろう。

友達とフナを釣ろうとして大きなナマズを見つけたこともある。散々遊んだ後、ナマズが大きすぎて逃してやったんだっけ。

男はケラケラと笑い声を上げる。楽しい思い出だ、子供の頃を思い出すのは久しぶりだった。楽しい夢を見たものだ。この毛むくじゃらも全ては夢なんだ。

(夢から覚めた頃には、いい加減こいつもいなくなっているだろう。なんか寂しい話だが)。


俺は変な夢を見ていたんだ。それだけのことだ。

そんな期待も虚しく、深夜に帰宅すると毛の塊はさらに成長してそこにいた。ちょうど昔、自分が飼いたいと思っていた犬くらいの大きさだ。

帰宅して、その時もしまだ塊がそこにあったなら大家に電話しよう。朝にはそう考えながら家を出たはずだった。それなのに、深夜帰宅した男には受話器を取る元気が残っていなかった。塊はすでに中型犬くらいの大きさである。でももう深夜だ。不動産屋も保健所も閉まっている。男は塊を前に怖くなって来た。こいつの存在がだんだんと不気味になってくる。夜中にこいつに噛みつかれたらひとたまりも無いではないか。

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