10 来訪

 商会に詰めて八日。

 気分はすっかり前世の書類地獄の勤め人を思い出させるものになった頃。

 俺の中の想定外に過ぎる変化が早馬の姿で襲来した。


 想定外な事態とは得てして頻繁に起きやすい(主に悪い方向に)

 マーフィーの法則とか言われる位の確度の高さで。


 今回が良いか悪いかの判断はつかないが、現状からの変化とするなら、まずは好ましい変化と感じたのが正直に思うところになる。


 その変化を具体的に言うとまぁ……上京予定の親父様が、その予定日の半分も早く到着した。

 単身馬を駆り、しかも伝令役の騎士の恰好に偽装してまで。


「ち、父上。随分とお早い到着で?」

「社交辞令な物言いはいい。今は緊急事態である」

「あ。はい」


 別邸ではなく商会の方に現われて、裏方に入るなり正体を明かし軽鎧の具足一式を外しながらの第一声。


「私が自領を出るとなれば本隊が襲撃を受けるのは確定している。今回の場合なら登城に間に合わんよう、到着が想定より一週間は遅れるように、とな。

 普段は大人しい奴等クズどもも、楽に足を引っ張れるチャンスとなればその程度の妨害行為の努力は惜しまん。

 故に本隊は最初から迎撃用にとノンビリ来させる動きにしといたわ」


 色々と我が家の裏事情を知った後に聞くと身に染みる話である。


 俺としては野盗の類は社会のはみ出しモノの集団程度に意識してたのだが、そのうちの幾つかは過去の粛正対象で潰された敵勢力の残党といった一面もあるのだと知ったわけだ。

 そういった連中は金稼ぎの他にナリキンバーグへの私怨を晴らす目的もあるわけで……まぁ、なんだ。我が領の民が地味に精強で物騒な事態に慣れてる意味が解った気がした。


 領地が国境のため外敵が多いのは仕方が無い。

 成り上がり貴族故に敵派閥から不遇を受けるのも仕方が無い。

 が、別の派閥とかのレベルでなく明確な敵対勢力として自国の中にテロ集団まで居るとは思わんかったよ、割とマジで。


「暫しの小休止を兼ね情報の共有をする。ウザインはここ一週間の内情報告を。

 その後は王都配備の暗部を通じて工作の準備を開始だ。店の者に正面口に“緋の花”を飾るよう言え。それで暗部には集合の合図となる」


 親父様は到着早々に指示を出す。同時に商会内の幹部組の表情が切り替わり、商売人から闇を抱えた戦士に近いものになる。

 やはり親父様の世代の連中は人生かけた二面性持ちかと納得した。

 対してもっと若い……俺や兄貴の世代には裏が無い感じなのかな?

 伝令役は基本複数騎で駆けるもの。うちの場合は三騎編成で、途中で襲撃を受けても最低一騎は生き残るようにしてある。

 今回は親父様を含め全員が無事到着したが……どれほど無理して駆けきったのやら他の二人は到着間もなく疲労でぶっ倒れた。どちらも二十代の普通の騎士で、世代で言えば二代は離れてる青年騎士だ。

 俺の印象ではうちの領の人材が総じて体力オバケって感じなのだが、そんな連中が疲労困憊とかどんだけ無理して走ってきたのかという話になる。


「やはり実戦の場が少なくなると気が緩むな」


 担架に乗せられ運ばれる部下たちを見ての親父様の言葉。

 ……あー……なんか既視感のある絵面だ。

 主に前世で。無限の持久力持ちかよって感じに動く昭和一ケタ世代の上司らの感じに。



 ――それから三十分後。


 たぶん、親父様の記憶の中の商会とは丸っきり変貌したはずの執務室に平然と座し、俺やメイドの書いた書類をざっと見した親父様は、ここで初めて自身のこめかみを揉むような弱った態度を示す。


「……あの馬鹿公爵が……なぜこのタイミングでまた国を割ろうと動くか」


 え?

 俺たちの上げた報告書にそんな重要な内容を記したものは無い。

 俺の方は個人的に語る必要も無さげな周囲の雑魚貴族らのアプローチ一覧であるし、メイドのまとめた方は商会のここ半年の業務記録と最近王室から来る公式の連絡所でしかない。


「ああ、ウザインには我が家の裏の……いや、知っていたか」


 俺の怪訝な表情を読んだのか、徐ろにナリキンバーグ家の真実でも語ろうモードになった親父様。それはそれで面倒そうなので、こちらもアイテムボックスから例の“禁書”の一冊を取り出して見せる。

 この持ってるだけで物騒な冒険記、読後早々に持ち主に返そうとしたんだけどね、当人にアポが取れなくて返却保留中なのだ。

 内容が内容なんで司書伝いに返すのも憚れるし。何故かツララにもあの後合う機会が取れない状況だし。


 で――、親父様も竜皮の装丁本の正体は一目で解ったようなので、長々しい回想話の中断には見事に成功した次第。


「今回の件に際し読んでおけ……と、かの公爵の“御令嬢”に勧められまして」

「令嬢? ………………そうか、あの馬鹿コンドルの……娘、か」


 んん? なんか親父様の反応が妙だなぁ。


「まぁ、うちがガーネシアン公爵家の暗部として現王家周りの面倒事の一部を片しているのは事実だ。今の時代、それを知らん貴族家も多くなったが過去の因縁を直に知る連中には未だ生々しい記憶として憶えてるだろう。

 そして未だに人材不足でな、其れらに縁がある傍流家系で立派に貴族として残した連中も多いのだ。そうした身内の毒の面倒事が、近年外敵より厄介な障害になって頭の痛い問題になっておる――」


 ――と言う事で。

 どうやら俺にアポを取ってくる下位貴族の層は、そういった潜在的な敵性貴族が大半を占めているのだとか。

 一覧は時系列つきで記しているので、学内に居た頃のものは普通、しかし夏期休暇後のものの偏りが真っ黒で、親父様目線だと妨害工作の第一手以外の何ものでもない内容になるらしい。


「実行するしないは置いとき、お前の傍に間諜の手を伸ばそうといった計画だろうな。下手に取捨選択せず一切合切を遠ざけといたのは正解だ。よくやった」


 いえ、単に面倒を全避けしてただけです。


「この業務報告にはうちの業績だけでなく敵対商家、地元の情勢も記してある。要するに諜報記録だ。うちの支店は国内の情勢を見る重要地域には余さず置いてあるし、地理的な箇所も行商員を使いカバーしている。

 つまり、国内全域の大まかな暗躍行為は把握できるようしてあるわけだ」


 あーはい。それは大体予想してた。

 と言うか、元々商売なんてそんなもんだ。

 この世界で大店なんて呼ばれる商会は、大概が貴族や国家規模の支援者がなければ存在できない。それは地球のビジネス界でも同じだし、例え自由経済っつったってスポンサーが国かそれに匹敵する地下組織かの違いなしかならない。


 特にまぁ、最近の兄貴さまの行動なんか、露骨に隣国潰しに偏り過ぎてたし。


「ウザイン、お前の暗殺騒動後に何度か大きな粛正をした。それからしばらくは大人しくしてたのだが……最近はまた過激派が台頭している節があってな。今回はそいつらを刺激する案件になること請け合いだ」


 その迅速な対応の必要もあって、親父様の極秘の早期上京となったわけだ。


 因みに、早馬の任務の偽装も継続中で、帰りは入れ替わった人員を混ぜ同じ三人構成で走らせる。休憩が半日ってのが適正かは知らんけど、ポーションや回復魔術まで使ってる時点で中々にご苦労様な任務である。


「ウザイン様、長距離の伝令任務は通常は担当を総入れ替えでの任務でございます。しかし我がナリキンバーグ領の場合、人員が違う事での敵勢力からの情報工作の防止のため、最低一人は同じ人員を宛てるようにしております」

「なるほどな」


 情報共有が終わった後は強行軍の疲れも見せず親父様が商会のトップに収まる。

 早速とばかりに仕事モードに入った親父様なんで、俺たちは執務室から退室だ。

 親父様が別邸に行くのは情報秘匿の意味が無いので、以降、通常の予定日までは此処がナリキンバーグ家の中枢になるわけだ。


 というわけで、俺の代理のトップの立場もお終い。

 ようやく学生らしい自由な時間を得られた……と思ったんだが……


「今さら俺が好き勝手動くわけにも行かんのか」

「そうでございますね。むしろケチラウス様を秘匿するため、より一層現状通りにいる姿勢を周知させるべきかと」

「そうだよねー」


 まぁ、仮に自由に動けたとしても目立てば五月蠅い連中に群がられそうなんだけど。


「取り敢えず、商会に引き籠もり過ぎてた感はあるし、外出しても疑われない用事の域でって感じの予定を入れるか」

「それではその方向で予定を組みます」

「ああ、よろしく」





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