08 天海の音色 (3)

 数年後、晴れて私は豊穣神の聖女の立場に収まれた。

 ある晩、夢の中に神様が来て啓示を貰った。聖女のみが使える光の盾を使えるようにしてもらった。そしてやっと、言葉のイメージのみで感じていた神様の姿も感じれるようになる………………


 ………………うさぎ?


 見上げるような巨大な印象の逆光で影絵のようなシルエットだけど、なんとなくそう連想できる容姿。

 ずんぐりむっくりのモッコモコ。

 頭の天辺から一対の大きく長い耳が伸びてて、ピンとしたりヘニャっと垂れたり。

 ……あと、口の辺りが常にモグモグしてる動きとか。


 お肉として、罠で生け捕りにしてきた物を何年も見てるから…直ぐにそんな連想が浮かんだ。

 あ…なんか神様が軽く引いた感じがした。

 大きな影絵の姿がみるみる崩れて小さな影がワチャワチャしてるイメージに変わる。

 そのワチャワチャも周囲に溶けるように薄れ、神様の存在感も無くなっていく。


『お前を選んだ。これからは容易に死なないように力を授ける。我が主神より預かった資格の観業、かの特異点により守護される聖女の観印。

 しかし観印有す次の同列の中で黄金の実が“どれ”に実るかは我も知らぬ。

 それ主神の欠片とその娘の意一つに委ねるが故に…………

 ………………あと食べないで。切に。懇願………………』


 神様が消え去る間際の啓示の言葉は、またもよく解らなかった。


 翌朝、啓示の話を神殿に伝えようとしたらメイドさんたちのうちの一人が既に迎えに来ていて、私の聖女の立場は既に伝わっていたという顛末。



「フラウシア、神官への精進お疲れ様でした。今日より約三年後、貴女はウザイン様と共に王都の地に行くことになります。神官として、また聖女としての立場は変わりませんが、ウザイン様の傍らに立つための貴族としての作法にも通じる必要が生じます。

 これよりは、そちらの修練に頑張りましょう」


 音色の言葉と共に心の言葉で具体的なイメージが届く。

 貴族の令嬢の心得とその作法の具体的なものがイロイロと。

 綺麗になるためと淑女になるための血の滲む努力なんかも…もう実にたくさんと。


 私は初めて、自分の選んだ道に躊躇いを感じてみたり。


「大丈夫です。磨き上げるのは“私共”の使命です。貴女はただ、身を委ねてれば良いだけの簡単なお勤めですよ。ふふふふふ……」


 思わず一歩後退ったら背後から“もう一人”生じたメイドさんに両肩を掴まれて逃げられなくなる。

 相変わらずメイドさんの異様な特技は健在で、それが当然のように周囲に伝わる。そのため私が神殿を出るための手続きは何の問題も無く済み、瞬く間に最低限の淑女の支度をされた後にウザイン様の前へと立たされた。



 改めて彼と対面して少し驚く。

 初対面の頃と比べて、彼の姿があまりにも大人になっていたためだ。

 よくよく視ればまだ子供らしさの残る少年なのだけど、彼の長身がその印象を打ち消しがちにしている。私と軽く頭一つ以上背が高いのだ。

 神官勤めでそこそこ面識はあったはずなのに…遠目で視るのと対面との距離の違いでこうも変わるとは思わなかった。

 驚きのせいで、私の密かな訓練項目の一つになっていた音色の会話の成果も飛んでしまった。心の言葉は止め処なく彼に向けられていたが音色の内では無音のまま。ただ彼に向け凝視を続ける妙な女になっていた。


 しかし不思議な事が返ってくる。


「ふむ、君がフラウシアか。聖女なんて役目は大変だろうが、そう気にしないで良い」


 それは私が、心の言葉で『聖女として頑張ります』と伝えたつもりになった直後のもの。それは彼が私の声を聞いたからの返事じゃないのは解っていたが、でも“もしかしたら?”とも感じるものだ。

 こうして対面しての会話でよく解った。やはり彼の心の言葉には彼とは別のもう一人が居て、何故かそちらは私の声を聞いているのかもという期待が浮かぶ。この後も、そうした事が何度も続いて確信した。

 問題は、肝心の彼の心の声の内容が伝わって来ないことだけど、それ以上に音色の声で伝えてくれるのでまったく気にならなくなるくらい。


 ……でもそこを、よくメイドさんらに叱られる。


「ウザイン様の適応性には感服しますが、そこに甘えてますよ。フラウシア」


 図星なのでまったく反論できない。

 でも最初は頑張ったのだ。私もできるだけ、音色の言葉でウザイン様との会話をしようと努力した。

 ……でも、ウザイン様はそれ以上に私用の対応に慣れられてしまった。


 今でも反射的に心の言葉を最初に使い、それを音色の言葉に変えていく工程が私の会話の手順。これが訓練を開始して一番しっくりした形で、もう他の形には変えられそうにない。

 ウザイン様は、私の言葉のその変換途中を読み取ってしまう技を獲得してしまった。周囲から視れば、私が彼を視ると同時に意思の何かが伝わったかに写るだろう。

 内容はほぼ正解なので、下手な訂正すら入れる余地無し。


 こうなるともう、今さら矯正していくのすら無理と感じるレベル。


「そこはまぁ、私共も否定はしませんし…事実、できません。

 また幸か不幸か、ウザイン様のお気持ちは完全に貴女の保護者に落ち着いていますし、まったくマイナス要因とも言えないのが面倒です──」


 ──反面、恋慕に繋がる関係には致命的な要因ですが──と最後には愚痴られる。


 そこは私もよく解っている。

 彼にとっての今の私は…良くて養女という対応だった。

 メイドさんを始め彼の周囲の人達は、何かと私を引き立てようとしてくれてはいるのだけど、肝心の彼はその気をちっとも持ってくれていない。というか気づいてさえもいない。

 ……そこは……少し、悔しいと思う部分。


「フラウシア。貴女の努力の空振りには同情の余地が無いとも言えません。

 ですが傍観者の立場から言えば、努力が足りないとしか言いようがありませんよ。

 なにせ誰もが感じる第一印象が“小動物”ですから」


 ……うううう……反論できないのが辛いところ。

 どうも彼の背が高すぎるからの印象か、傍に着いて一緒に居るとそうした印象を周囲に振りまくらしい。

 これが昔通りの質素な服装なら小間使いにも見られそうなのだが、見た目だけは深窓の令嬢のように仕立てられている。その上で彼の過保護な対応が隠されもせず行われるため、すっかり私の立場は愛玩物となっていた。


 それでも愛妾といった形になれば救いなのだが、外見のせいで親子のような形になっているのが哀しい現実。


「ウザイン様以外には“それとなく”通達はしてますが、状況的に正妻枠は難しいかもしれませんね。

 学院に通うのに併せ、他家のご令嬢との出会いもあります。そちらは権勢右肩上がりのナリキンバーグ家へと最初から嫁入り目的で接触もあるでしょう。

 また豊穣神神殿より、他神殿選出の聖女候補も学院へ通うとの連絡もありました。彼女らが選ばれるかは未知数ですが、ゼロでは無いでしょう」


 正妻、愛妾、側室。貴族の婚姻の形はいろいろある。

 高望みはしないからどれをという意識は無い。だって、今は彼の意識的にはそれ以前の立場だろうし。


「…そうですね…ミルクを飲んでの豊胸は迷信ですが、湯浴みの後にホッピング体操などは背を伸ばすのに有効のようですよ」


 とりあえずそれで。

 この日から私の日課に新たな予定が加えられた。








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