35 オトメ先生、むせぶ
私、ルミナエラ・ニルフォクスは途方に暮れています。
半日ほど前、王都内に放っている私の耳からの情報が発端でした。
王都近郊に発生していたダンジョンの消滅。
王都の外の話は優先度が低いと思い、普段は聞き流すか配下任せにしていた情報。
正直に申しますと、そんなダンジョンなんてあったのね、という感想でしかありません。同じダンジョンでも、今はトリシア魔導学院の方が注目度が高かったのですから仕方ないとしか……いえませんでした。
しかし、諜報畑の実家はそう判断しなかったようで、“廃城ダンジョン”と称すものの情報は次から次に上がってきます。責任者判断の要る案件も多く、何故か私にもその情報の一部が上がり、裁可しなければならないものがあったのです。
そして……そこで見てしまいました。
行方不明者リストの中に、エルシオン・ベルウッド、さらにバロルド・ブロックランスの名前があるという事を。
なんで彼らがっ!?
迂闊にも周囲に部下が居る前でそう叫んでしまいましたよっ。
……おちけつましょう……いえ落ち着きましょう。
こんな時は紅茶を嗜み……、ああ、妙に苦いわね、今日の紅茶は。
……さて、落ち着いたわね、私。
エルシオンにバロルド。彼等は〈ローズマリーの聖女〉の重要アイテム……ではなく重要人物。ノーマル以下の同キャラガチャのドーピングで手っ取り早く一線級の戦力として使えるはずの、モブの戦闘ユニットとは比べようもないレアものです。
最終的な性能はヒースクラフトやブレイクン・アーレスには及ばないものの、重要度の低い周回アイテム戦闘などでは便利に使えて、万が一、仮にロストしてもそう惜しくない。
エルシオンのショタ顔には少し惹かれる部分はありましたが、私的にあのサイコな気質はどうにも趣味じゃないので、この世界でも未来の保険的にキープくらいの関心しかなかった。
バロルドにしても似た印象で、美男子ぶりは観賞には値するが、絶対身近には起きたくない。
道具として、あれば惜しげもなく使うが、無いと惜しいと思う。
そんな、少し矛盾する存在感の二名です。
彼等は入学時のチェックで存在を確認し、安全な学院生活の中で一年放置し、来年度から便利な手駒へと誘導する予定だった。
初期値の彼等は雑魚以下の性能で、現時点で私が接触するにはあまりにも危険だったから。我が実家は、その背景を一端でも知る者には危険な臭いを醸すのだ。無能極まりない存在がうちと関わりを持つなどの違和感は、即、彼等を抹消対象に充てただろう。
だから、可能なかぎり接触を避けて、彼等の日常にも関与しない方針だったのに……。
それが完全に裏目に出たらしい。
手遅れ感満載の、彼等の過去の行動記録を読むと。
学院に入学するために選んだ、戦神神殿とのパトロン契約がその発端らしい。
なんのドーピング処置も施さない彼等の実力はゴミだ。
基礎能力値は鍛えていない14歳少年の平均値に過ぎないし、事前の英才教育も無いので魔術の適正値も最低。平民なら日常の生活で必要に駆られ生活魔術の基礎くらいは体得するが、腐っても貴族の彼等は、一人くらいは居るだろう家臣のサポートもあり、暮らしの知恵が育たない。
そのあたり、戦神神殿では根底から鍛え直されていたらしい。
だが、当然のように彼は反発している。
根拠の無い貴族プライドを振りかざし、体罰以上の教練でその場だけは性根を砕かれて、無理矢理憶えさせられる最低限の成長しか実になっていないのが実情だった。
結果、学院生活も含め半年は経ったというのに、総合成績は平民の一般学生にすら劣るものとなっていた。
このあたりは、パトロンが戦神だったというのが悪い作用になっていたらしい。
普通の学生なら、とうに放校になってておかしくないのだ。
いくら入学する資格を得たとしても、当人に在学し続ける努力と結果が無ければ、学院は簡単に匙を投げる。
しかし仮でも神殿関係者といった肩書きが、そういった最終判断を妨げていたのが、いまだ彼等が学院に残れていた背景だ。
彼等的には、自分が貴族なので当然といった誤解をしてるようだが。
まさかここまで酷い現実になってたとは……。
私も、彼等はこの物語の登場人物なのだから居て当然なのだと、誤認していたかもしれない。
そして、先の学内ダンジョンの異変だ。
学院側は実戦レベルの教師や学生を投入。現役冒険者でもある教師のダニングスは自身の伝手で学外から冒険者を動員。
さらに、件のレイドボスを神敵と認めた戦神は神兵を……。
そちらはさすがに学内で動かれたら困るのか補助戦力としての待機状態ですけど、彼等は、その対象から外されたのが大層不満だったようですね。
もう、ため息しか出ない残念感。
どうして、そこまで彼等は自身を過大評価できるのでしょう?
ふと、私自身、あの年頃の気質はどうだったかと思いだす。
14歳の頃。
今世では僅か一年前、でも前世ではひのふのみのやぁの……と自主規制。
今世は……正直参考にできないかしら。
物心つく頃から前世の感性で動いたせいで、実家ではすでに神童を越えて次期当主扱いの闇の訓練すら仕込まれた。
おかげで他家に嫁に出す予定も全て消えて、傀儡の入り婿ばかりが夫候補になっている。
……あれ、もしかしてヒースクラフトとの縁談が消えたのって、そのせい?
……まぁいいわ。
今は別の話。
前世の私の14歳。
その頃の私は………………あら?
何故か、思い出すのを拒む気持ちが?
それはつまり憶えてはいるということで、おかしいわね?
何でしょう、急に異がキリキリと痛みだしたわ。
えええっ、血が下がる!? 脳がすうっと冷たくなってっ、やだ、そこまで思い出したくないの!?
ここここ、これはまさか、本物の
噓、私っ、そこまで病んだ14歳だったのぉっ!
結局、私は自分の過去を振り返れなかった。
そして振り返れなかったとはいえ、エルシオンとバロルドの奇行にも、何かしら、彼等なりの理由があるのかもしれない……と妥協の気持ちが大きくなったのだけは理解した。
とはいえ、だからといって彼等が行方不明のままで良いとは思っていない。
とりあえずは、崩落し瓦礫の山となった現場に手勢を送り込んで情報を集めないとかしら。
あと彼等を使えなくなったと仮定しての今後の予定変更。
もしかするとソシャゲ版以外の影響も出るのかしら?
だとすると……コンシューマ版の設定とか頑張って思い出さないとならない?
いえでも、あっちは教育実習の時期とぶつかっててそんなに遊べてないし……
それ以前のとなると……ブレ×メルビの薄い本くらいのネタしか……
ああっもうどうしましょう!
こんな時に頼りにできる検索担当の
正直、ウラ技担当の身内が使えなさすぎる。
いや、この発想はダメね。
仮にも教え子たちをそんな目でみちゃダメでしょ、
今一度、自分の目的を思い出すの。
それは前世の教え子たちを、今世で幸せな生涯を送らせることでしょう?
この〈ローズマリーの聖女〉の世界に来る戦乱の未来。
あのふざけたソシャゲ業界にありがちな設定の、意味不明すぎる難易度のタワーディフェンスの未来を乗り越える無敵デッキを構築して彼女達の未来を守る。
それが前世で、私の不手際で彼女たちを死なすはめになった罪滅ぼしなのだから。
この世界に私だけが転生したなら、こうも使命感は感じない。
でも、
たぶん、前世のままの彼女たちではないが、教師と生徒としての記憶を共有する彼女達と出会ってしまった。
ならば今度こそ、彼女達に不安の無い未来をと願うのは、私の利己的な思い込みと断じるものでも無いだろう。
それに、二人と出会ったならば、もう残りの二人……
調査を続け、麗光神の聖女が怜歌である可能性は高まっている。
残るは豊穣神、戦神の聖女何れかが、鈴夏である可能性も高いだろう。
ただでさえ、こんなゲームの世界で聖女なんて立場はトラブルの元なのだ。戦乱が起きればジャンヌ・ダルクのように扱われかねない危険な立場だし、実際、戦闘ユニットの男達が不甲斐なければ簡単に全滅する自軍の旗頭。
ゲームの中だったとはいえ、何度理不尽な全滅を食らって槍の穂先に生首晒されるバッドエンドの画面に泣いたか。
エグすぎるのよ、乙女ゲームの設定のくせにっ。
……ととと、ダメね、地が出てきたわ。
音無夕姫、貴女はルミナエラ・ニルフォクス。とっても優雅で冷徹で、ニルフォクス公爵家の令嬢として毅然と輝く御嬢様、よ。
天光神の聖女として、暗黒の邪神に魅入られた地上のゴミどもに鉄槌を下す断罪者なのよ。
魔女狩りじみた部分は不満だけど、実際、心の腐ったとしか例えようのない連中ばかりだったので正義を名乗っても変じゃない立場なのよ。
……
…………
…………よし、落ち着いたわ。
本当に途方に暮れてる暇は無いわね。
少し冷静に考えましょう。エルシオン達は重要人物だけど、幸い、ヒースクラフトたちほどに必須性のあるものではない。
彼等が使えないとしても、その分、モブの戦力を拡充させれば戦争時の負担はマシになる。
そう、その程度のものと決めましょう。
本当、猶予が三年ある段階であったのは不幸中の幸いね。
彼等の捜索は続けるけど、並行して王国軍の軍備増強も画策しないと。
育成期間も含めて、資源調達が大変そう……でも、やらないと。
……それと、在野の何処かに代わりになるような人材は居ないかしら?
〈ローズマリーの聖女〉もソシャゲ版となれば、原作に居ない新キャラが追加されてても変じゃない。
もしくは他作品からのコラボキャラとか。
……でもコラボ対象って、本気で作品設定を無視したのもあるから困るわね。
確か私が死んだ頃でも、その時期のアニメ作品とか適当に宣伝目的で追加してたり……
……怖いわね。
追加要素、設定だけなら平気で世界を壊す的な主役のオンパレードだわ。キャンペーン時期過ぎると途端に弱体化酷いけど。
でも、可能性は捨てきれないから探すだけ探しましょう。
……でも絶対、“オラわくわくすっぞ”なのだけは居ない事を祈りましょう。
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