32 中間試験 (1)

 さて、中間試験が始まった。まずは実技全般ということで、三日かけて全学年の学生が学内で暴れる。

 試験内容は単位制なために学年関係無しの内容ではあるが、俺が受けるものは新入生を対象にした内容なので、上級生の姿は無いようなもんだ。単位制故に、例外も皆無とは言わないが。

 けどまぁ、そんな状況で学生の比率が偏れば、普段は別時間の合わないのにも会ったりする。


「ライレーネにリースベル。聖女勢揃いかぁー……」

「……?」

「いや、別にフラウも混ざって対戦って話じゃないぞ」


〈ローズマリーの聖女〉であれば試験はステータスアップにボーナスのつく経験値稼ぎの場、&攻略対象のラブ度稼ぎのイベントでしかない。そして現実では俺達の基礎能力を示すものとなる。

 俺の知るものなら、今日が本格的なゲームスタートと言ってもいい。

 その前提なら特に戦闘なんかの危険なものは無い。

 無い……はず。


「むしろ危険なのは、悪い虫の類いだな」


 このイベントで聖女の攻略対象、恋人が勢揃いするはずだ。

 生徒会長でありコッパー王国の王太子でもあるヒースクラフト。

 魔術研究会会長であり現摂政の嫡男、メルビアス・ロゼッテンス。

 近衛軍団長子息、風紀部隊の隊長の一人、ブレイクン・アーレス。


 そして同学年として。

 子爵家出身、エルシオン・ベルウッド。魔術士。

 男爵家出身、バロルド・ブロックランス。騎士。

 平民枠で、クリスハルト。冒険者の三名。


 あと教師の枠で二名。

 賢者であり、学院図書館の責任者、マルドゥーク・マーリニス。

 実戦戦技の臨時教官。クリスハルトの師匠でもあるダニングス。


 年齢の幅は大きくてショタからオッサンを網羅するあたりが乙女ゲーム。

 しかも年齢関係無しに美男子やら美中年と“美”の付く御方達ばかりってのも乙女ゲーム。


「素で美中年のマルドゥークはともかく、小汚い髭面オッサンのダニングスすら、風呂入れて髭剃ると美男子という流れは無理過ぎって気もすんだけどなー」


 まぁ、キャラのギャップ萌えは定番と言えるんで、有りっちゃアリな気はするが。


 で、さてと。

 上級生枠の三人は、俺の意図とはやや違うがフラウシアとの接点は潰した。生徒会長のヒースクラフトからのアプローチが皆無なのは気になるが、顔見せという点では済ましている。

 他の聖女候補との接点までは確認できてないが、そこまで気にしたら一歩も動けなくなりそうなんで考えないと割り切った。

 ま、ライレーネとの接点は潰せてると思うので、そこはプラスな部分かな。


「……?」

「ああ、気にしないでいいぞ。ちょっとこっちに色目使いそうなガキ共をチェックしてるだけだ」

「……。……?」


 魔力結界内の威圧成分は可能な限り消したので、前より他の学生との距離は遠くない。しかし俺の実家の悪名のお陰で、好き好んで近寄って来る連中もまた居ない。

 だがこの日に限れば、そんなバカが湧いても変じゃないのだ。周囲を警戒する視線の俺を不思議な顔して見るフラウだが、彼女にその理由を言う気は無い。

 また偶然の産物か知らんが、前回の実技授業から急接近したライレーネがフラウと友人ポジになったので同じ監視下に置けるようになったのが助かる。


「……ふむ、同じ立場で頑張るから互いに助言をするようになった、と。まぁライバル関係でもそういった形の方が平和だな」

「本当に不思議ですわ。無言の彼女フラウシアからどうやったらそこまで意思疎通を可能にしてますの?」

「フラウ語だ。気にするな」


 フラウによると、座学の面でもライレーネと一緒に自習の時間も多かったらしい。

 こちらは世話役にあててるメイド隊からも報告を受けた。

 実態としてはライレーネが教師役。その報酬代わりに懐かしき貴族風の持て成し三昧。

 ……まぁ、そのくらいはフラウ育成の経費のうちか。

 というか、改めて思うが、フラウの同性の友人が居なさ過ぎて……。



 さて、実技三日の内訳は、魔術・武技・体術に分けられる。

 場所は学院の広い敷地を存分に使い、それぞれの科目と単位ランクに細分化した専用の場所を用意して並列して行う。どの科目を先にというのは個人の自由だ。

 魔術の人口比は少ないので余裕があるが、たまに初日は初級、次の日に中級と複数を受ける上級生も居るそうなので、想定外に起きる混み具合のチェックは必須との事だった。


「とりあえず、混みすぎて試験を受けれないって事は無いらしいが、自身のコンディション込みで考えるなら行き当たりばったりは悪手だろうな」

「……!」

「なら先に魔術の科目だけ終わらせるのが良いでしょうね」

「フラウもそう言ってるしな。まずは魔術か」

「……別にわたくしは彼女に相鎚したわけじゃありませんのよ?」


 各試験の場には早い者勝ちと平民の学生が殺到している。

 が、暗黙の了解というか、貴族が行けば自然と繰り上がり参加ができたりする。

 もっとも、下位過ぎる貴族は平民と立場がそう変わらないのでイザコザも起きる。それらの問題の解決は自己責任ということで、普通に順番待ちから放り出されて終わりだな。

 俺達も家格はその対象なので、特に横入りするつもりも無いから最後尾に並ぼうとしたのだが……不思議と並びが散って行く。


「…………」

「…………(ふるふるふる)」

「……さすがの、ナリキンバークの悪名っぷりですわね」

「……失敬な」


 と言いつつ納得してる自分が居る。

 非常に気まずい。気まずいが、貴族が下手に出るような謙虚さを出すと、また別の問題も生むので仕方無い。ここはもう当然といった雰囲気で進むのが正解なんだろーなぁ。

 ちょい引き気味の美少女二人を連れた胡散臭い背高男。

 なんか順当に設定通りのマイナスイメージを積み上げている俺である。


「うっ」


 ここで俺の全体運が下降気味なのか、嫌な方向へのイベントが続く。

 リースベルだ。

 列の前方の方に居たらしい。人垣が割れてく先でばったりと出会でくわした。

 背丈は普通に小柄だからなぁ。男女混合の並びの中だと埋もれて見えなくなるようだ。

 俺もこんだけ学生で混雑する中じゃ探知の選別もし難いと、感覚を切ってたせいで気づかんかった。


「わふ?」

「……(じーぃ)」

「あら?」


 奇しくも、身バレしている聖女候補のそろい踏み。

 俺と一緒に動いてたフラウはリースベルを知っているため、やや緊張。

 対して残り二人は、列割れの割り込みなんて妙な状況で会ったせいか、互いに不穏な印象を受けたらしい。

 ……と思ったら、違った。


「くんくんくん。あれぇ、おにーさん?」

「ええっ」


 ライレーネ、フラウシアと視線を移して最後に俺へと向いたリースベルの視線。すると何故か突然、鼻をヒクつかせ妙な関心を……って犬かこいつは。

 あれ、なんか前にもこんなこと?


「すんすん、おにーさん、やっぱりこの間のゴハンのおにーさん!」

「うげっ」


 ポーズだけじゃなくて性能も犬なのか、こいつ。

 語彙は意味不明なくらい怪しいが、解りやすすぎる行動のお陰で前回の遭遇の事を言ってるのはよく解る。

 というより、体臭で身バレしたなん展開は想定外過ぎだぞ?


「市場ではご馳走様なん。でも行きずりの人にご馳走してもらったの、神殿の偉い人に怒られたん」

「……あー、そりゃあ……スマナカッタ、ナー」


 変装してたんだし、人違いだと知らん振りすりゃいい?

 言い張れば勝ち?

 そんなもんは最初からケモノな対応してきたリースベルには無意味だ。そのあたりは、何か直感で確信してしまった部分である。

 となると、この再会を無難な形に纏めるのが、一番被害が少なくて良いと思う。


 とは言えなぁ。この幼児な口調だと俺にどんな対応しろって叫びたいのが正直な気分。

 俺、この世界じゃ基本年上ばかり相手してる上に、たぶん精神年齢も高い方だと認識してるから。

 いまさら余所のガキへの対応ってのは慣れてないのだ。


 一応そんな経験は皆無ってわけじゃない。フラウ関係の人員で少ないながらも子供へと対面した過去はある。だがなぁ、俺の事を最初から逆らっちゃヤバいやつと認識してた相手とこのリースベルじゃ別物なのだ。

 何と言うか……こう。余所の家の首輪付けた、人慣れしてる脱走犬の相手な感じ?

 下手に自分規準で飼い慣らすと、それが後々トラブルになりそうで怖いな感じで。


 ……あと、何か背後からのフラウの視線も気にナリマス。

 今までに無い感じで、妙な重圧を含む感じで。


 ライレーネから安心のマイナスな視線。

 侮蔑の程度が多少濃くなろうが、気にならない。

 そこに安心感を得る自分の内心が怖いがなっ。


 ともあれ、この事態をどうやって乗り越えよう?



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