07 デビュー(泣)

 〈ローズマリーの聖女〉においての聖女の存在。それは主人公ということもあり、この世界には唯一一人の存在である……はずだった。だからこそ俺は聖女という存在を重要視し、回避しつつも監視しなきゃならん対象として見ていたのだが……。


「ここで聖女が複数形ってパターンは、想定外すぎだ」


 と、ボヤいたそばから盲点を見つけた。


 フラウシア→豊穣神ユタン神殿とうちの親父が工作した聖女候補。

 ライレーネ→麗光神カレス神殿が推す聖女候補。詳細は知らず。


 うん、共に“候補”だ。ライレーネが自分を聖女呼びに固執するせいで、その部分には余計に確証がある。そして候補であるならだ。フラウとライレーネ、もしくは他の聖女候補が本当の聖女になる可能性があるわけだ。

 唯一の、主人公に。


「ああ、良かった。まだ未見とか裏ルートに落ちたとは思わなくても良さそうだ」

「……?」

「なに意味不明な行動をしてますか、貴方!」

「え……、あ、なんかスマン」


 言われて気づいた己の奇態。

 予想外の状況に驚きすぎて、つい呼び出せるコマンド一覧をスワイプ&タッチしまくって再確認していた。

 虚空に指先突きつけて、ブンブングルグルと這い回らせてりゃその指摘も仕方が無い。

 結果も無駄足。なんの追加情報も確認できんかった。


 ……相変わらず、魔法関連中心の情報しか出ないんだな……。ステータス表示とは微妙に違う内容に困る。

 ……あ、例外が一つはあった。

 魔法、魔術に次いで武術スキルの項目も追加で生えてた。必殺技のような発動させる形の攻撃スキルじゃなく、常時効果のあるパッシヴで発動する体術系なんで意識には薄いものだった。

 現状使えてるものは〈幻歩法〉と〈豪歩法〉のみ。前者は通常回避で避けきれない必中攻撃を受けた時に自動発動する緊急回避術。後者は武器攻撃を繰り出す動きに踏み込みを加えると、その歩数分衝撃の威力が増すというもの。どちらもMPを最低1は消費すると思う。回避する距離や歩数の数で消費MPは変わる。最大での効果は未確認なんで、よく解らん。


「まぁ、聖女関係の話は大体理解した。その情報関連は親父様と神殿の管轄でな。俺はよく知らない内容だった」

「あら、それは早とちりを……。いえ、もしや謀ってませんよね?」

「とことん悪印象だが、そこは本当だ。実質フラウシアの後見人って部分も正解だしな」


 ライレーネの自分語りで聞き逃せなかった大事な部分。

 それが聖女の存在が世間に与える影響だ。


 各神殿が伝説扱いするように、聖女の名は国を跨いで鳴り響く知名度がある。救国の英雄どころじゃなく、救世の英雄扱いって感じでな。数千年前の初代から数えて、本物偽物合わせ数人の後継者の記録がある。

 俺はゲームとしてのフレーバー程度の情報に加えて、こっちの読み物としても一応は記憶している。ゲームの中ではヒロインでもある主人公の神聖性の演出に過ぎないものだが、この世界の現実の中で居たらしい聖女たちは、初代も含めて随分と血生臭い逸話が混じる代物だった。

 だからまぁ、フラウシアの聖女扱いを公言しない方向でいたんだがなぁ。


「というかなぁ、今さらながら、お前以外の聖女候補が名乗り出てない事実に気づいて呆れたわ」

「はい? 何を言ってますの」

「いや、言葉の意味では知ってたつもりなんだが、“主人公”って意味に埋もれて見逃してたな――」


 現実の聖女という存在は、この権力構図が確立済みの世界じゃ下克上の代名詞になる劇薬だ。腕っ節に自信があるだけの野心に燃えるバカ共には、実に良い獲物だろう。


「――狭い知見でバカを晒す同類見てとか、マジにヘコむわー……」

「ちょっ! なんですの同類って」

「いや、何でも何も……」


 高慢御嬢様感が満載のライレーネ・ステンドラ。

 俺はよく知らんが、この世界で苗字付きとなれば大概は貴族だ。そして貴族であれば、例え末端の雑魚貴族でも縁戚関係を築いた寄親貴族経由で、ある程度の保身の手段はある。

 聖女として狙われても自衛手段が皆無じゃないのだ。

 フラウシアのように難民出身で危険満載な立場とは違ってな。


ライレーネ嬢このバカが、俺同様に自分の立場でしか周囲を視れない浅慮な性格なんだと透けたからの発言だな」

「なっ……!」

「ステンドラ家の爵格は知らないが、俺の記憶に欠片も無い家なら礼を云々の心配も無い――」


 正確には、公・侯・伯爵の登録名鑑に記載の記憶が無い、というもの。ここに家名が記載されていない貴族は貴族じゃない。少なくとも、この国ではな。

 そして、子爵家以下はうちのような成金貴族が居るように、物量的に結構カオスな内容と化してて記憶しきれない。せいぜい、過去から良い縁故が続く大事なとこを憶えるのが精一杯なのだ。

 その記憶にカスリもしない以上、特に持ち上げる必要無し。相手の立場と格で露骨な態度をとってあげるのも貴族なりの礼節なのだ(偏見)。


「――まして、俗世の籍も抜かずに聖女を自称する愚かな娘と自分を同列と考えてしまった恥は……中々に耐えがたい屈辱だな」


 内心、口調はともかく無知な俺に必要な情報を“丁寧に”語ってくれたステンドラの性格には感謝してるが、そこは敢えて無視しよう。

 というか、煽ろう。

 彼女のおかげでフラウシアには変な注目が集まるし、おそろく他の聖女候補たちも今後いい迷惑をくうのだから。

 なんで入学式から日数も経つのに、いまだ聖女の話題が表面化してなかったか良く考えろ、このバカ。というやつだ。


「……なっ、……ななっ!」


 俺の態度の豹変に困惑したのも一瞬、俺の露骨な侮蔑の言葉の意味を呑み込んだのかステンドラ表情は癇癪を起こす寸前なものになっている。

 その様を観察して、俺自身も今の自分の感情が解った。

 ああ、俺。今怒ってんだわ。

 怒る内容の詳細は……無理か。色んな要素が混じり合ってて……まぁ、“とにかくこのバカが気に入らない”に集約している。


 ちなみに、さっき指摘したように聖女には貴族の籍が適応されない。元々貴族の勢力と神殿の勢力は迎合しないが建前の歴史をもつのだ。聖女のような神殿の象徴扱いの存在が貴族でいるままなら、その火種の大きさは何物にも比較できるもんじゃないってやつだな。

 ……うちがやってた事は、あえて棚に上げた意見として。

 ともかく、だから聖女候補となった時点でステンドラは家名を捨てるはずなのだ。なのに堂々としてる時点で……こいつの常識の度合いも知れるというやつ。


 この世界の女性全般、プレイヤーの感情移入がしやすいように個性が際立つ傾向はあるが……、だからって自分の属する社会の枠組みすら無視できる無知は度が過ぎる。

 ある意味、貴族社会の女は男以上に厳格な態度をとらなきゃ自滅するだけなのが、この世界の現実なのに、な。


 というか……おかしいな。

 こんな状況を生んだバカを目の前にして感情が荒れてるのは解るが、それにしても今の俺は怒りすぎだ。

 いやまぁ、思春期盛りの14歳なら感情を抑制できないのは仕方が無いが、それにしても怒り過ぎだろう、俺。

 なんていうか、罵倒の言葉責めにして悶絶気味のステンドラ見てるのが“超・楽し~い”な感覚だし?


 ……はっ。

 まさか、ウザイン本来の性格が暴走している?

 聖女を見たら冒涜せずにはいられない欲求が隠れパラメータであるとか?


 ……!?


 そんな考えをもった途端、視界の端に久方ぶりの変化が生じた。

 俺のHP総量を示すバー表示の隣に、なんかドス黒い波揺れ効果つきの新たなバー表示が発生。長さはHPとMPと同じものながら、現在はそのバー表示全体が赤く燃え上がるようなエフェクト付きで……そりゃもう、暴走状態ですよとしか連想できんものになっていた。


 ホントにあったー! 〈聖女冒涜欲求値〉(仮名)!!


 しかもそう認識した途端、またも細やかな変化がっ。

 そのバーの横にアルファベットで〈StB〉な表記が追加。

 ……はい解ります。さっきの仮名のまんま略語の追加っすね。というか逃げ道無しの正解かよ、マジで。


「ウザイン・ナリキンバーク! 金で貴族位を得た偽物がよくも名家ステンドラ家を侮辱なしましたわね!」

「事実の指摘が侮辱となるとは、ステンドラとは我が家に勝るクズな名家なのだな!」

「なーーーあんですってぇぇぇーーー!」


 よし、戦争だ。

 ここに至る要因にも興味はあるが、今はこの暴走を沈めないとどうにも止まらん。

 この9年、可能な限り計画性をもって頑張ったというのに、何この卓袱台返しな展開。

 八つ当たりだよ。聖女に噛み付く雑魚貴族デビューだよ。ちくしょう、解ってるよ。

 うがーーー!



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