《睡眠時間》

 というわけで、チームごとで別れて勉強することになった。なので今は日向ひむかいと二人だ。


「まず理系と文系の試験科目の違いが知りたいんだけど」


 対策を練っていくにあたって、まずそこが重要となる。文系にない科目に対し、自分がどこまで対応できるかを考えなければならない。

 というわけで日向と話して相違点を洗い出したところ、次のようになった。

 文系にないものは数B、物理の二つ。ただし化学基礎については後期で化学に置き換わるため、文系の二倍の早さで授業が進むらしい。

 逆に理系は日本史があるらしいが、その進行は文系よりは遅いようだった。


「数Bと物理か……。まあ、内容次第だな。ノートあるか?」

「あるわよ」


 日向はカバンからノートを取り出して差し出してきた。

 中を見ると……まあ何というか、板書を書き写しただけのノートだろう。


「円運動、慣性力……物理は前の学校でやってるからある程度は解る」

「え、前の学校って……あなた文系でしょ?」

「今はな。もともとは理系っていうか、高校じゃなくて高専通ってたからな。それより問題は数Bだな。線形代数、要はこのベクトルってのは流石に一年次じゃやってないぞ」


 線形代数は二年の科目だ。

 日向の教科書とノートを見ればある程度理解は出来るかもしれないが、今から独学して教えるより、日向が自分で勉強した方が早いか?

 もしくは……線形代数を履修している人物に協力してもらうか。


「数Bの対策はちょっと考えさせてほしい。この二科目の教科書とノート借りてもいいか?」

「その間別の科目をやるから構わないわ」

「じゃあそれで。あと得意科目教えてくれ」

「えーっと……」


 日向は俺の問に対して少し考え込んだ。

 得意科目を訊かれたとき、人はそう悩まないものと思っていたのだが。


「悩むことか?」

「悩むっていうか、その……」

「どれも苦手とか言うなよ」


 強いて答えにくいパターンがあるなら、得意がない場合だろうか。底辺クラスで最下位ならその可能性がある。


「日本史と英語」

「……は?」

「だから、日本史と英語よ」

「嘘だろお前、何で理系なんだよ」

「……仕方ないじゃない……」


 それでもなお、理系を選択する理由が彼女にはあるということだろうか。

 ……いや、日向のことだから選択間違えた可能性も案外ありだな。


「今失礼なこと考えてない?」

「いやまさか」

「……あなたこそ、何で文系クラスにいるのよ。理系だったんでしょ?」

「……何でだろな。まあ……ちょっと離れたかった、かな……」

「そう……。前の学校のこと、かえでたちには話したことあるの?」

「いや。まあでも、紗理奈さりなが知ってるんじゃないか? 学校の関係者だし」

「そうかもしれないわね。てい良く宛がわれた感じかしら」

「かもな。だから、見返してやるつもでやろうぜ」

「……善処するわ」


 * * *


 帰宅後、俺はにらめっこをしていた。

 もちろん一人悲しく遊んでいるのではなく、比喩的な表現だ。しかしその相手は数Bでも物理でも、共通の科目でもなく、スマホだった。

 線形代数を履修していて、他人に教えられるだけの学力がある知人となると、やはり最初に思い浮かぶのは陽菜ひなであった。

 うっかりで話をしてから、もう一ヶ月近く経つ。もちろんあれ以来、連絡をしていなければ、来てもいない。

 俺が再びこの沈黙を破ってまで日向に勉強を教えなければならない理由はないはずだ。


 などと思っていた矢先、スマホの画面に着信の通知があった。相手は──。


「陽菜!?」


 驚嘆の声を上げた後、一呼吸おいて通話に出た。


「何だ?」

『くくっ、二度目があったようだね』

「……二度も通話してくるからだろ」

『ボクからすれば、先日のあれでわだかまりは解けて、途絶状態ではなくなったと思っていたんだけど、違ったかな?』

「それは……」


 違うとは言えなかった。

 今まさに、こちらから連絡を取ろうかと葛藤していたわけだから、きっと俺の中で何かが失われたんだろう。


「それで、何の用だ?」

『キミはそろそろテストだったりしないかい? 毎回何かとキミに頼られていたから、少し心配しているんだよ』


 あまりにもタイムリーな話題に、監視でもされているのかと疑心を抱きたくなる。

 だが、好都合ではあった。


「そうだな。線形代数を一から教えてほしい。あー、あと念のため物理も」

『おや、存外素直に教えを請うてきたね。それに、君らしからぬ選択だ。理数科目は得意なはずでは?』

「……文系なんだよ、今のクラス。その上で、理系クラスの奴に勉強を教える事になったんだ」

『文系? キミは何をしようとしてるんだい?』

「それは……俺にもわからない」


 今日二度目となる『何故文系を選んだのか』という問。

 正直なところ、後悔していないわけではない。

 あまりにもその瞬間の感情で物事を決めすぎたのではなかろうか。正直今なら、別の選択をしたかもしれない。


『まあいいさ。キミの願いは引き受けよう。その代わりに、キミには例のゲーム作りを手伝ってもらおうか。ちょうど3Dでもベクトルや物理が関わってくるわけだしね』


 ゲーム作り。先日言っていたアダルトゲームのことだろう。

 それに巻き込まれるのはどうかと思いながらも、この際背に腹はかえられない。


『ちなみにテストはいつかな?』

「ちょうど今日で一週間前だ」

『むむ、ボクがキミに教えて、キミからまた別の子に教えるとなると、少し厳しいスケジュールだね。直接教えることはできるかい?』

「あー、いや、ちょっと……どうかな」

『煮え切らない所を見ると、相手は女の子かな? くくっ、佐倉クンといい、キミはモテるね』

「あのな、そう言うんじゃないからな」


 とは言いつつも、陽菜のいうことは当たっているというのは少ししゃくである。

 いや、もちろんモテる云々ではなくて、相手の性別の話だ。

 そして俺は、……いや俺でなくとも普通に考えて元カノと女友達を引き合わせるとかあり得ないだろう。


『キミがそう言うなら、そう言うことにしておくよ。じゃあ、早速だけど始めようか』

「今から!?」

『時間もあまりないからね。まずは復習がてら物理にしようか。範囲を教えてくれるかな?』

「わかったよ。ちょっと準備するから待ってくれ」

『まあ確かに、ボクも少し準備がしたいね。このままスマホで教えるのもやりにくいし、パソコンでのWEB会議に切り替えてもいいかな?』

「……いいぞ」

『じゃあ十分後に始めようか。一度通話は切るよ』

「わかった。またあとでな」


 通話が切れてすぐ、俺は日向から預かった教科書やノートを鞄から取り出し、パソコンの電源をつけた。

 そして、そう言えばと思いだして、去年使っていた物理のテキストを探し出して、一緒に机の上に置いた。

 ちょうどこのタイミングで陽菜からパソコンの方に着信があった。


『くくっ、久しぶりだね』


 通話に出ると、そんな陽菜の声がヘッドホン越しに聞こえるとともに、画面に彼女の姿が映し出された。

 数ヶ月ぶりに顔を見た。以前と変わらないような、それでもどこか違うような雰囲気を画面越しに感じる。

 少し迷ったが俺の方もカメラをオンにしてあるので、彼女もそれは同じなのかもしれない。


「変わらないな」

『そうかい? これでも十分という短い時間でめかし込んだんだけどね。画面越しじゃわからないかな?』

「準備ってそういう……」

『くくっ、冗談だよ。教科書の準備や、説明に使えそうなサイトの検索をしているだけで十分は終わってしまったよ』


 そう言いながら彼女はカメラに教科書を向けた。


『さあ、始めようか。今夜は寝かさないよ』

「お前な……」


 陽菜は冗談めいてそう言った。

 だが、実際にこの勉強会は途中の休憩を挟みながらも、深夜にまで及ぶのであったが、このときの俺はそんなことを予想もしていなかったのである。

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