10作品目

Rinora

01話.[決めているんだ]

 平和な1日が始まる。

 季節は夏、天気は晴れ、暑いぐらいだけどちょうどいい。

 ただ、


直之なおゆきのばか!」


 幼馴染が女の子に馬鹿と言われていなければ、ではあるけれど。

 稲木直之――直之は面倒くさそうな表情を浮かべて見ているだけ。

 件の女の子はもう1度「ばか!」と重ねて走り去ってしまった。


「なにやってるのさ……」

「知らん、俺は普通に存在していただけだ、帰るぞ」

「帰るぞっていまから始まるんだよ」

「ちっ、面倒くせえな」


 こういう性格だと分かっていても近づく人間が後を絶えない。

 僕的には格好いいとは思わないけど世間の女の子からすればいいルックスなんだろうか? いやはや、物好きな人もいるものだねえ。


とおる、今日もよろしく頼むぞ」

「はいはい、わかっていますよ」


 もうすぐ期末考査だから勉強を教えていた。

 いや、こうでもしないとやらないで80点以上を叩き出すからお願いしているのだ、だってそうじゃないと真剣にやって負けるの悔しいじゃん?

 ちなみに、彼は休み時間ごとに僕のところにやって来る。

 犬と言うよりはあまり懐いていない、けれど餌の時間になったら寄ってきて表面上だけで甘えてくる猫みたいなものだ。

 他の友達がいないとかそういうのではなくて、僕の側にいれば僕に意識を集められるかららしい、残念ながら便利屋みたいに使われている。

 とりあえずいまは目の前の授業に集中しよう。

 とはいえ、そのほとんどがテスト週間ということもあって自由だった。

 先生がいるからみんないちおう真面目にやっているっぽいけどそうではないことは中央の最後列に座っている僕からすれば丸わかりだった。

 携帯を弄っている子や、前の子で隠すかのように縮こまって突っ伏している子、ひそひそと話す子達、堂々と突っ伏して寝ている直之とか。

 先生が注意しないのはその先生が船を漕いでいるからだった。


「ね、鷺谷くん」

「うん? なに?」


 この子はよく直之に話しかける子だ。

 先程の子と違っていつまでも愛想を尽かさずにいる。

 大抵は長続きしないから逆にお似合いなんじゃないかと思えるぐらい。


「きみたちって付き合ってないの?」

「付き合ってないって、もうこれで10回目だよ?」

「あはは、だって鷺谷くんにだけだもん、直之くんが気を許してるの」


 まあ、実際にそうかもしれないけどだからって疑われるのはね。

 僕に対しては暴言なんか吐いてこない彼だが、流石にそんなことを実際に言ったら気持ち悪いと言ってくるんじゃないかな。 

 いつまでも話していたら怒られてしまうからと強制的に中断した。

 その後はいつも通りにやっただけだ。

 自習ばかりだったから午後の体育が凄くありがたく感じたかなぐらい。

 でも、いまから勉強しなければならないんだよなあ、と。


「徹、やるぞ」

「うん、やろうか」


 いい点は彼にやる気があるということだ。

 あくまでこうしてやっているときは、であっても構わない。

 それに彼と一緒にやっていると集中力が続いてよかった。


「徹、白石とどんな話をしていたんだ?」

「僕らが付き合ってるんじゃないかって邪推していたよ」

「またかよ……注意しておいたのになにも分かってねえなっ」

「ま、まあまあ、そうやってテンションを変えて否定してしまったらさ」

「……だな、徹の言う通りだ、俺は駄目だな……」


 ああ、あからさまに落ち込んでしまっている。

 意外と彼のコントロールをするのは大変だった。

 こう見えても繊細なのだ、だから見ておかなければならない。


「そんなことないって、いいからやろうよ」

「そうか? 徹がそう言ってくれるなら、そうかもな」


 ま、教えるどころか教えられる立場なんだけど。

 それでもあまり聞かずにやることはできるから邪魔はしない。


「ん? どうしたの?」

「真面目だな」

「赤点を取ったら嫌だから」

 

 わがままを言わさせてもらえば、ここに親しい女の子がいたりしてくれてればもっといいと思う、直之が敵になったら勝ち目はないけどさ。


「そこわからないんだろ? さっきからずっと止まってる」

「う……お、教えてください」


 彼といるときは無駄なプライドを捨てると決めている。

 意地を張ったところで彼が優秀なことには変わらないからだ。

 自分的にはそんな感じがしなくても求められているのは事実。


「というかさ、女の子にもっと優しくしてあげなよ」

「ひとりひとりに優しくしていたらキリがないだろ」

「そうだけどさ……」


 彼を見ていると気軽に羨ましいなんて言えないけど、正直に言ってそういうことを言ってみたいという気持ちがある。

 だってなにをしていなくても女の子が集まってきてくれる人生とか、僕みたいな好きになって告白して振られてきた身としては羨ましい。

 でも、こんなことを彼の前で口にすれば「恋愛なんてそんないいもんじゃねえぞ」と言われて終わってしまうのが容易に想像できる。


「わかった」

「ほんと? うん、優しくしたほうがいいよ」

「こことここ、そこ、あとペン先のここ、わからないんだろ」

「ぐはぁ!? な、なんで……」


 ……いけない、チンケなプライドは捨ててしまおう。

 教えてもらいながらしたらかなり捗った。

 そもそもこの勉強会自体が邪魔なプライドからくるものだけど、いまなら彼とやっていてよかったと思える。


「終わったらアイスでも食って帰るか」

「そうだね、勉強を教えてもらったから奢ってあげるよ」

「いやいい、別に俺らは金で繋がっているわけじゃないだろ」

「お礼としてさ……」

「いい、自分で食べるものぐらい自分で買う」


 はぁ、彼もまたプライドがあるというかなんというか。

 それでもある程度のところで切り上げてスーパーに向かった。

 コンビニのほうが高くてスーパーを愛用するところは似ているか。


「冷たー」

「だな」


 夕方にこうしてアイスを食べていると親戚の家に泊まったときのことを思い出してなんだか懐かしくなる。

 つまり、誰と食べてもアイスというのはいいものだというのが感想。


「最近は暑いよね」

「7月だからな」


 夏休みになる前にプールに行きたい。

 施設そのものはもう開園しているから無理ではない。

 あえて夏休み前を選ぶ理由はもみくちゃになるのが嫌だから。

 せっかくプールに行ったのに歩くしかできませんでした、それもいつ人に接触してしまうかわからなくて楽しめませんでしたじゃ嫌だ。


「テストが終わったらプールに行こうよ」

「別にいいぞ」

「そのときは女の子も誘おう!」

「友達、いるのか?」

「……い、いまから作ればなんとか」


 会話はできるけど遊びに誘えるような仲の子はいない。

 だから直之の友達を連れてきてよと言ったら嫌な顔をされてしまったが諦めない。仮にみんながみんなが直之にしか興味を示さなくたって問題はなかった、ただ異性とプールに行けたというだけで十分だった。




 というわけで翌日に誘ってみた。


「それって直之くんも来るの?」

「うん、もちろん来るよ!」


 隣の席の子、白石三佳みかさんなら話せるしいけると思った。


「そういえば放課後に直之くんとお勉強をしているんだよね?」

「うん、直之はわかりやすく教えてくれるよ!」


 話題を逸らされても焦ってはならない。

 とにかく最終的に「行く」という言葉を貰えればそれでいいのだ。


「私も一緒にやってもいいかな?」

「うん、大丈夫だよ!」


 女の子ってこういうところがある。

 のらりくらりと躱して、向こうの要求だけは呑まさせて。

 それでも嫌ではない、こういう小さな積み重ねがいつか結果を出す。

 特にこれといったことはなくてあっという間に放課後になって。


「徹、やるか」

「うん、今日は白石さんもいるけど」

「はあ? 白石もいんのかよ……」

「まあまあ、そんな言い方しないでよ、迷惑はかけないからさー」


 今年の夏こそは異性と遊ぶんだ。

 仮にそれが直之の友達であって全然関わりがなくてもいい。

 別に恋なんかできなくてもいいからせめて話したい。

 で、冗談を言い合えたりするような仲になれたらいいかなって。


「直之くん、ここってわかる?」

「ああ、こうだな」

「あ、そっか、ありがとう」


 なんだかんだ言ってもちゃんと相手をしてあげるときもあるんだよな。

 こういう変化が来る理由を作っているって気づいているのかな。

 荷物運びとかだって自然と手伝えてしまうから少なくとも嫌われることはない、しかも異性にだけではなく同性にも同じようにできるから凄くいいことだと思う。


「ちょいちょい、鷺谷くんは私のこと見すぎだよ」

「え、そんなことないけど……」


 異性をガン見するような趣味はない。

 なんなら1対1で話すときもちょっと別のところを見ているぐらい。

 直視するのは苦手だ、こういうところも過去に振られた理由に繋がっているのではないかと自分は考えていた。


「逆にどうすれば見てくれる?」

「い、いや、そんなこと言われても……」

「いいからやるならやれ、話なら終わってからにしろ」

「はーい」「はい……」


 とばっちりじゃないか!

 どちらかと言えば直之を見ていただけだったのに。

 はぁ、女の子って簡単に男を社会的に殺せるから怖い。

 やばいから集中したけど、言いたいことはいっぱいあった。


「ふぃ~、そろそろ帰らない?」

「もう18時半か、終わりでもいいかもしれないな」

「僕はもう少しやっていくよ、ふたりは先に帰って」


 空気を読んでふたりと別行動をする、なんてことはしない。

 単純に本当にいいところだったからやりきりたかったのだ。

 ……これだけ真面目にやっておけば家でやらなくてもいいと言い訳ができる、そういう汚い考えも内にあった。


「白石、帰るぞ」

「え、鷺谷くんはいいの?」

「いいんだ、まだやりたいんだろうからな」


 ま、これからプールに付き合ってもらう予定だからそのお礼みたいな感じ? 直之のことが気になっているだろうからサポートみたいなね。

 直之が好かれる理由、やっぱりよくわかる。


「げっ……ここはわからないぞ」


 ふたりはもういない……帰る判断が早すぎる。

 少しは逡巡してくれてもいいと思う、ふたりに帰ればいいと言ったのは自分だけどさ……。

 とりあえずわからないところを飛ばしてわかるところだけやって。

 ひとり寂しく19時過ぎぐらいに学校をあとにした。

 いくら夏季とはいえ、この時間はもう薄暗い。

 実は自分、暗くなると結構駄目だった。

 足音とか、急にがさっと音が鳴ったりすると飛び上がりそうになる。


「とお――」

「きゃあああ!? ……って、なんで直之がここにいるの?」


 ……女の子みたいな悲鳴をあげてしまったことは忘れてもらいたい。


「ただの散歩だ」

「そっかっ、ただの散歩かあ!」


 どうせなら家まで送らせよう。

 ただ、どうすればそうしてくれるだろうか。

 悪口は言わなくてもなんでもしてくれるというわけではないため、難しいというか難しすぎるというか。


「それじゃあ気をつけてね」

「おう」


 男友達に送ってなんて言うのは恥ずかしいからやめた。

 ここから家はそう遠くないしもうあんな悲鳴をあげたりはしない。


「な、なんでまで付いてくるの?」

「なんでって、そっちも散歩コースだからな」

「へ、へえ、それならしょうがないね」


 よしっ、それならしょうがない作戦成功っ。

 というか、本当はこっちも歩くということを知っていたのだ。

 帰ろうとしたのは頼んで断られるのが嫌だったからにすぎない。


「徹、プールに行くときは白石だけでいいよな?」

「うん、あんまり大勢で行っても大変だろうし」


 複数の女の子が彼に群がっていたらそれはそれで気になるし。

 その点、白石さんなら同情であっても話しかけてくれるはず。

 完全にドスルーされるよりかはマシだろう。


「よし、それなら期末考査をちゃんと乗り越えないとな」

「そうだね」


 赤点を取ってしまったら夏休みを楽しめない。

 それだけは駄目だろう、異性と過ごせない夏休みより駄目だ。

 だから遠慮なく彼を利用させてもらう、くくく。


「というわけでいまからやるぞ」

「うぇ?」

「お前、全然集中できていなかったからな、しかもどうせいつもの癖でわからないところは飛ばしてたんだろ?」


 なんでわかるんだあ!?

「わからないのに無理してそこに留まるよりはマシだがな」とフォローもしてくれたけど、なんか色々と複雑な男心だった。


「きょ、今日はもういいでしょ?」


 自宅の玄関前で説得しようとした僕を無視して入ってしまう彼。

 おかしいな、まるでここが直之の家みたいじゃん。


「あ、直くん!」

「邪魔するぞ」

「どぞどぞ! ん? 兄ちゃんはなんでそんな顔をしてるの?」

「気にするな、連れてきてくれ」

「あーい!」


 ああ、明日香あすかの笑顔が眩しい。

 でもね、直之の味方ばかりをすればいいというわけではないんだ。


「明日香、できれば今日はそっと――」

「だめだよ、直くんがせっかく来てくれたんだから!」


 妹は直之のことをそういう意味で大好きだった。

 兄の立場としては応援をしたいけど、いまからでも考え直してほしいというのが正直なところかなと内心で呟く。


「そうだ、ご飯を作ったんだけど直くんも食べる?」

「それなら食べさせてもらう、明日香の作った飯は美味いからな」

「えっ、そんなこと真っ直ぐに言われたら照れちゃうよ!」

「思いきり笑っているじゃねえか」

「照れ笑いです、えへっ」


 冷めたらもったいないからと言い訳をしてみたものの、駄目だった。

 仕方がないから勉強をしてあげて、教えさせてあげた。

 彼は頑固なところがあるからこちらが折れてあげないと駄目なのだ。


「はぁ、そんなんで本番は大丈夫なのか?」

「大丈夫だよ! ほら、僕の顔を見たら大丈夫だと――」

「思えないな」「思えないねー」

「終わったら呼ぶから明日香は部屋に行っていなさい」

「やだ!」


 はぁ、中間考査を乗り越えているのだから安心してほしい。

 なんてね、いい結果を出さなければ信用なんてしてもらえない。

 なので頑張ってふたりを見返そうと決めた。

 プールに行くと決めているんだ! 赤点なんか取らないぞ!

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