第9章 2 新居

 ノワールがヒルダの為の部屋の準備をしていると馬車が近づいて来る音が聞こえて来た。


「ひょっとしてヒルダか?」


窓から顔をのぞかせると、丁度辻馬車が家の前で停車するところだった。それを見たノワールは家を出るとすぐにヒルダの元へ向かった。


「どうもありがとうございました」


御者に礼を述べ、馬車から降りようとした時ノワールがこちらへ向かって近付いて来る姿が目に入った。


「ヒルダ」


「あ…ノワール様。こんにちは」


ノワールは馬車に近寄るとヒルダに声を掛けた。


「馬車代は支払ったのか?」


「いえ?これからですけど」


するとノワールはすぐそばに立っていた御者に声を掛けた。


「幾らですか?」


「はい、銀貨5枚です」


ノワールはポケットから小さな麻袋を取り出し5枚の銀貨を取り出すと御者に渡した。


「ありがとうございます」


その様子を見てヒルダは驚いた。


「ノワール様、馬車代ぐらい自分で支払います」


「いや、いい。気にするな。これからの生活費は全て俺が支払う事に決めているのだから」


「で、ですが…」


「そんな事よりも、ここは昨夜の雨でぬかるんでいる。降りるぞ」


「え?」


ノワール馬車に乗り込むとヒルダを軽々と抱え上げた。


「キャッ!」


驚いたヒルダは慌ててノワールの首に腕を巻き付ける。


「どうもありがとう」


ヒルダを抱え上げたままノワールは御者に声を掛けた。


「いえ、またのご利用をお待ちしております」


その言葉を聞いたノワールはヒルダを抱きかかえたまま、家に向かって歩き出す。


「あ、あの…1人で歩けますから」


ヒルダは戸惑いながらノワールに声を掛ける。


「今日は道がぬかるんで歩きにくいんだ。このまま家に入るぞ。しっかり掴まっていろ」


「は、はい…」


ヒルダはおとなしくノワールに抱きかかえられたまま家の中へと入って行く。


(あ…これは…)


ヒルダはカミラとのある話を思い出した。それは結婚にまつわる話だった。


新郎は新婦を抱きかかえて新居に入る。そうすると2人は一生仲睦まじく添い遂げらる事が出来ると言う話で、カミラはそれを望んでいたのである。


(まるで、今の状況に似ているわね…最も私とノワール様には当てはまらない話だけど…きっとカミラはアレン先生にお願いするでしょうね)



「よし、降ろすぞ」


家の中に入って来たノワールはヒルダに声を掛けた。


「あ、はい」


ノワールはヒルダを床の上に降ろすと言った。


「もう家具は全てヒルダの部屋に置いてあるし、届いた荷物も部屋の中に置いてあるから片づけをしてくるといい。俺はリビングで仕事をしているから何か手伝いでもあれば声を掛けてくれ」


「はい、ありがとうございます」


「それじゃあな」


ノワールがリビングへ向かうのを見届けると、ヒルダも自分の部屋へと足を向けた。



「広いお部屋ね…」


部屋に入るとヒルダはポツリと言った。フィールズ家の部屋に比べてしまえばずっと狭い部屋ではあったが、それでもあのアパートメントで暮らしている時よりは2倍以上も広さがある様にヒルダには思えた。壁には収納棚が埋め込まれているし、窓はとても大きく、2か所ついている為、明るくて日差しも良く差し込んでくる。

白い壁紙に白い天井、明るい木目調の床。そしてボイラーが完備されている為、室内は暖かい。


「こんなに素敵な家を用意して下さるなんて…ノワール様に感謝しないとね」


ヒルダはそっと呟くのだった―。




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