第8章 2 事件の前触れ
「ヒルダ…今日は随分顔色が悪いようだが、大丈夫なのか?」
患者が途切れた時、アレンがガーゼを鋏でカットしているヒルダに声を掛けて来た。
「はい、大丈夫です。ただ…寝不足なもので…」
ヒルダは手を休むことなく返事をした。
「寝不足?何かあったのか?悩み事なら相談に乗るが?」
ヒルダの今置かれた事情を何も知らないアレンの言葉に首を振った。
「いいえ…本当に大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
しかし、とてもではないがアレンにはヒルダが大丈夫なようには見えなかった。たった数日見ない間にヒルダは酷くやつれ、目は腫れぼったく、濃いクマが出来ているのだから。
(寝不足か…ならアレを渡してやろうか…?)
アレンは少し考え込むと言った。
「ヒルダ、こっちへ来なさい」
アレンは立ち上がるとヒルダを手招きした。
「はい」
そしてアレンとヒルダは別室に移動した。
連れて来られた場所は薬品が保存してある部屋だった。アレンは棚から大きな瓶を鳥だし、蓋を開けた。瓶の中には小分けにした包みが入っている。それを1つ取り出すとアレンは言った。
「ヒルダ、これは睡眠薬だ。眠れないようならこれを飲んでみるといい。ただ、飲み過ぎは身体に毒だ。必ず一包だけ、飲むんだぞ?」
そしてアレンは一包だけヒルダに手渡した。
「ありがとうございます…」
(睡眠薬…これがあれば眠れるわね…)
ヒルダはありがたく受け取った―。
午後5時―
ヒルダのアルバイトの時間が終わった。
「ヒルダちゃん。今日はゆっくり休むのよ?」
「ええ、顔色が悪すぎるもの。バスケットの中の料理は全て持って行っていいからね?」
レイチェルとリンダが交互に声を掛けて来る。
「はい、有難うございます」
ヒルダは礼を述べると、次に診察室のアレンの元へ行った。丁度患者が途切れており、アレンはコーヒーを飲んで休憩していた。
「アレン先生、それではお先に失礼します」
「ああ、気を付けて帰れよ。それで…」
アレンは少し照れた様子で言った。
「…カミラによろしく伝えておいてくれ。今度の日曜…楽しみにしていると」
(そう言えば今度の日曜はアレン先生とデートだと話していたわね…)
ヒルダはその事を思い出し、返事をした。
「はい、伝えておきます。それでは失礼致します」
頭を下げてアレンに挨拶をすると、ヒルダはロッカールームへと向かい…薬品保管室の前で足を止めた。
(そういえば…今日はアレン先生に睡眠薬を分けて頂いたのだったわ…)
そして、思った。
(今後も寝不足の日が続くかもしれないから…余分に貰っておきましょう。後でその事はアレン先生に伝えましょう)
ヒルダは疲れ切っていた。普段のヒルダなら勝手に診療所の薬に手など絶対に出さない。だが、今のヒルダはまともな思考能力に欠けていた。欠けていた故、過ちを犯してしまったのだった。
「アレン先生、睡眠薬…余分に頂いていきますね…」
ヒルダは睡眠薬の入った薬包みを2掴みして、ポケットに忍ばせ…岐路についた。
そして、その夜…カミラを、そしてノワールを巻き込んだ事件が起こる―。
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