第7章 22 宗教画展
ガタン…
馬車が停車した。目的地の美術館に到着したのだ。
「ありがとう」
ノワールは路銀として1枚の銀貨を御者に渡すとヒルダを見た。ヒルダは馬車が目的地に到着したことも気付かない様子で虚ろな瞳で馬車の窓から外を眺めている。
「ヒルダ」
ノワールが呼びかけると、ヒルダはハッとした様子でノワールを見た。
「美術館に到着したぞ。降りよう」
「あ…申し訳ございません…気が付かずに…」
ヒルダは立ち上がり…ぐらりと身体が揺らめいた。
「ヒルダッ!」
ノワールは既の所でヒルダを抱きとめた。
「ありがとう…ございます…」
ヒルダは消え入りそうな声で感謝を述べる。
「ヒルダ…ひょっとすると足が痛むのか?」
「は、はい。ほんの少し…」
(そう言えば…エドガーはいつもヒルダの足を気遣っていたな…)
「ヒルダ、つかまっていろよ」
ノワールは言うとヒルダの身体を軽々と抱き上げた。
「え…?ノワール様。何を…?」
ヒルダは戸惑いながらノワールに尋ねた。
「足が痛むのだろう?俺に掴まっていろ」
「あ、ありがとうございます…」
ヒルダはうつむきながら礼を述べた。
「…何も気にするな」
ノワールはそっけなく答えたが…頭の中では違うことを考えていた。
(俺のせいでヒルダは両親と縁が切れてしまった。挙げ句に良かれと思ってエドガーと一緒にいられるように手を回したことが…こんな裏目な結果になってしまうとは…今回の件は俺に発端している。だからこそ、責任を取ってヒルダを見守ってやらないと…)
しかし、ノワールは自分の本心に気付いていなかった。本当は…ヒルダのことを密かに思う故に、傍にいたいと望んでいるという事に―。
****
美術館の入り口で2枚入場券を買うと、ノワールは背後に立っているヒルダに声を掛けた。
「ヒルダ、入場券も買ったことだし…中へ入ろう」
「はい」
ヒルダはますます顔色を青ざめさせたままうなずいた。ノワールはそんな顔のヒルダを見る度に胸が締め付けられそうな程苦しくなった。
(俺では無理かもしれないが…出来るだけヒルダの望みは…エドガーの代わりに俺が叶えてやろう…)
そう心に決めた。
美術館に入ると、館内には20名程の客の姿があった。そして壁には様々な絵がかざられてあった。赤子を抱いた女性が神の祝福を受ける絵…教会の風景画…羽の生えた天使の絵…。どれも美しい絵画であった。それらの絵画をヒルダはどういう気持で、見ているのかは分からないが…食い入るように見つめていた。
「…美しい絵画ですね…」
ポツリとヒルダはこの時になって初めて自分から口を開いた。
「あ?ああ…そうだな…」
ノワールはヒルダが美しいと言った絵画をじっと見つめた。そこには金の髪の女神像の姿が描かれている。
確かに美しい絵ではあったが、ノワールはヒルダの姿の方が余程美しいと思った。
その後もノワールとヒルダはゆっくり宗教画の絵を観て回ったが、ヒルダは始終落ち着いた様子を見せていた。てっきりノワールはヒルダが感情を昂ぶらせて、再び泣いたりするのではないかと思っていたが、一切そんな様子を見せる事無く全ての絵を観て回り、2人は美術館を出た。
「ノワール様、この度は絵画展に一緒に来て下さり、ありがとうございました」
美術館を出るとヒルダはノワールに礼を述べて来た。
「いや、俺も素敵な絵画を観る事が出来て良かったと思ってる」
そしてノワールは思った。
(良かった…宗教画を観たお陰でヒルダも心が落ち着いたのかもしれない…この調子ならじきに元気を取り戻すだろう…)
そう考えていたのだが、この時のノワールはまだ何も気づいていなかったのだ。
愛する人を2度も失い…さらに実の両親との絆が完全に切れてしまったヒルダがどれ程、心に闇を抱えてしまったのかを―。
何故、その事に気付けなかったのか…ノワールは後に激しく後悔する事になる―。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます