第7章 19 悲しい食事
ノワールとヒルダは2人で町へ出た。
「…」
ノワールの少し後ろを歩くヒルダの顔色はとても真っ青だった。白いコートに身を包み、フラフラと力なく歩くその姿は酷く儚げで…危うく見えた。
(エドガー…ヒルダをこんな目に遭わせて…)
ノワールはあれ程大切に思っていたエドガーを今は酷く憎んでいた。それはエドガーよりもヒルダに対する愛情の方が勝っていた証であったが…ノワール自身はまだその事に気付いてはいなかった。
「ヒルダ…」
ノワールは立ち止まるとヒルダを振り返る。そしてヒルダの肩を掴んで自分の方に抱き寄せた。
「ノワール様…?」
虚ろな瞳で自分を見上げるヒルダにノワールは言った。
「そんなにフラフラ歩いていたら…危ないだろう?」
「はい…すみません…」
うなだれるヒルダにノワールはため息をついた。
「別に謝ることはない。…ただ心配だっただけだから…ん?」
その時、ノワールの目に若い女性たちで溢れているカフェが目に入った。
(この店なら…ヒルダも入るかもしれない)
「ヒルダ、このカフェに入ろう。丁度ヒルダ位の若い女性達が大勢いるし」
「はい…分かりました」
そしてノワールはヒルダの肩を抱き寄せたままカフェの中へと入って行った。
ヒルダとノワールが2人揃って店内へ入るとざわめきが起こった。美男美女の2人だ。人目を引くのも無理はなかった。
若い女性達は皆興味津々でノワールに不躾とも思える位に熱い視線を送っている。
(これだから…女はイヤなんだ)
ノワールはジロリと女性たちを一喝すると窓際の一番奥の席までヒルダを連れて座らせた。ヒルダはまるで人形のようにぐったりしている。
「メニューがある。好きなものを頼むといい」
ノワールはメニュー表をヒルダに差し出すも、ヒルダは力なく首を振る。
「…申し訳ありません…食欲が無いんです…」
「ヒルダ…。だが、それでは体力が…」
「私の事はどうぞお気になさらずに…ノワール様は好きな物を頼んで下さい…」
その声は今にも消え入りそうに弱々しかった。
「…分かった。なら、ヒルダのメニューも俺が勝手に決めさせてもらう」
「え…?」
ヒルダは一瞬顔を上げてノワールを見たが…力なく頷いた。
「はい…おまかせします…」
そこでノワールはホットサンドセットにパンケーキセットを注文し、改めてヒルダを見つめた。
(何故だ…何故エドガーはヒルダを捨てた?ヒルダを捨てられる程…その女性が大切だったのか…?)
だが、少なくともノワールの目にはエドガーがヒルダを深く愛している様に思えてならなかった。ノワールはエドガーがヒルダに宛てた手紙を読んでいないので分からない。今のヒルダに質問して大丈夫なのか少し迷い…やはりやめることにした。
(今はまだ駄目だ…ヒルダが落ち着いてからでないと…)
その時、2人の前にメニューが運ばれてきた。
「お待たせ致しました」
ウェイトレスが運んできた料理を2人の前に並べて、去っていくとノワールはヒルダに声を掛けた。
「ヒルダ、食べよう」
「…ですが…」
「頼む、食べてくれ」
ノワールが頭を下げてきた。
「え…?ノワール様…」
あの気位の高いノワールが自分に頭を下げてきている…。ヒルダは戸惑ったが、そこまでされては言うことを聞かざるを得なかった。
「分かりました…頂きます…」
「ああ、食べよう」
「…」
ヒルダは無言でパンケーキを口に運んでいた。いつもなら好きなメニューなのに、今はまるで砂を食べているかのように味を感じることが出来なくなっていた。本当は食べるのをやめてしまいたかったが、ノワールが心配そうにじっと見つめている。そこで仕方なくヒルダは無理してパンケーキを食べた―。
2人で食後の紅茶を飲みながらノワールはヒルダに声を掛けた。
「ヒルダ、明日の予定はどうなっているんだ?」
ヒルダを1人きりにさせられないと感じていたノワールはヒルダ尋ねた。
「明日…ですか?明日はアレン先生の診療所でアルバイトが入っています」
「そうか?アルバイトが入っているんだな?なら…安心だ」
「安心…?」
ヒルダは首を傾げてノワールを見る。
「いや、今の言葉は気にしないでくれ」
ノワールは言うと、紅茶を飲んだ。
しかし…このアルバイトに出ることにより…とんでもない事件が起こるとは、この時のノワールには知る由もなかった―。
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