第7章 10 辛い記憶
「い、いえ!行きません」
ヒルダはノワールの腕を振り払うと言った。
「ヒルダ…?」
ノワールは驚いてヒルダを見た。
(おかしい…。今迄こんな態度を取るヒルダを見るのは初めてだ…)
「どうしたんだ?ヒルダ。この中にエドガーはリゼと言う女と一緒にいるんだろう?」
「はい、そうです」
「それに今日、2人で何処かへ出かける約束をしていたのなら、尚更1人で行動するのはおかしいだろう?一緒に中へ入ってエドガーの処へ行こう」
「駄目なんですっ!」
ヒルダは激しく頭を振った。
「何が駄目なんだ?理由を説明してくれなければ何も分らないだろう?」
ノワールは声のトーンを落としてヒルダに尋ねる。
「同じ…なんです」
今にも消え入りそうな声でヒルダは言った。
「何が同じなんだ?」
「私は…以前にも同じ視線で睨まれたことがありました…。その結果私は酷く恨まれることになって、その巻き添えでルドルフは…」
肩を抱えて小刻みに震えながら話しをするヒルダ。
「ルドルフ…?恋人だった男か…?」
「そうです…ルドルフに恋する少女がいました。けれど私はルドルフが好きで…そしてルドルフは私を選んでくれたのです。それがあんな事に…」
青ざめて話をするヒルダにノワールは言った。
「だから?嫉妬で恨まれたくないからエドガーを残して1人で出版社から出て来たのか?」
「それは違います。部外者は立ち入り禁止だと言われたから…出て来ただけです」
「いいか、ヒルダ。良く聞け」
ノワールはヒルダの両肩を掴むと言った。
「エドガーの気持ちをヒルダは知っているのだろう?大体、あいつはリゼの事を良く思っていない、むしろ迷惑しているんだ。それなのにヒルダ…お前はエドガーとあの女を2人きりに残して出て来てしまったんだ」
「そ、それは…」
震えるヒルダにノワールは舌打ちすると言った。
「分った…。いいか?ヒルダ。この出版社の隣に喫茶店がある。お前はその店で待っているんだ。俺が話を付けてエドガーを連れて来てやる」
「分りました…宜しくお願いします」
(そうだわ、ノワール様にお願いしましょう)
ヒルダは頭を下げると喫茶店へ向かって歩きだした。その姿を見届けると、ノワールは出版社の中へと入って行った―。
****
「すみません」
扉を開けて中へ入り、受付カウンターへ行くとノワールは声を受付嬢に声を掛けた。
「あ、貴方は…!ノワール様。こんにちは」
頭を下げる受付嬢にノワールは言った。
「ここに俺のアシスタントのエドガーが訪ねているハズなんだ。担当者はリゼ。2人はどこにいるんだ?教えてくれ」
「は、はい!かしこまりました!」
受付嬢はすぐに席を立ち、ノワールを案内した―。
「…それで、エドガーさん。この会社の近くにお洒落なレストランがあるんです。今度、そこでご一緒に取材がてら、一緒に行きませんか?」
リゼは満面の笑みをたたえながらエドガーに話しかけている。
「…いえ、結構です。それよりもうそろそろ行かないと…」
するとリゼが言った。
「…宜しいのですか?エドガーさんの態度次第ではノワールさんの次の出版は出来ないかもしれませんよ?」
何と、リゼはエドガーに脅迫してきたのだ。
「な、何ですってっ?!」
あまりの言葉に耳を疑った時…。
「話しは聞かせて貰った」
カチャリと扉が開かれ、ノワールが姿を現した―。
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