第7章 6 ノワールの頼み

 夜9時―


 食事も終え、エドガーとノワールはそれぞれリビングで仕事をしていた。ノワールは執筆活動、エドガーは資料の整理をしていた。お互い無言で仕事をしていたが不意にノワールが声を掛けてきた。


「エドガー、明日は何処かへ出かけるのか?」


原稿用紙から目を離さずにノワールが尋ねてきた。


「はい、ヒルダを誘って出かけようかと思っています」


「ヒルダをか…」


ノワールはペンを置くと、エドガーを見た。


「出かける場所は決めているのか?」


「いえ…まだ何処へ行くかは決めかねているのですが…」


すると少しだけノワールは何か考え込む素振りを見せると言った。


「そうか。なら…悪いが、ライト文芸社に行って貰えないか?今回の小説の大雑把なストーリーをメモしたノートがあるんだが、それを担当者のリゼに渡して貰いたいんだ」


「え…?」


途端にエドガーの顔が曇る。リゼという女性はライト文芸社の新入社員でノワールの担当者のアシスタント女性であり、エドガーを通じて仕事上のやり取りをしていた。そしてエドガーはこの女性が苦手だった。リゼはエドガーと同じ今年20歳になる女性で、初めてエドガーに会った時から積極的にデートの誘いをしてくるような女性であった。


「兄さん…まさかヒルダを連れてライト文芸社に行けと言うのですか?」


「ああ、それくらい構わないだろう?俺は明日1日家にこもって執筆活動をするつもりだからな」


「…分かりました。言うとおりにします」


エドガーはノワールに生活の全てを見てもらっているのだ。当然断るすべなど無かった―。



*****


(一体兄さんは何故、あんな事を言ってきたのだろうか…?)


「エドガー様。どうぞ、紅茶が入りました」


気づけば紅茶がテーブルの上に乗せられていた。


「あ、ああ。ありがとう、ヒルダ」


テーブルの上のカップからは紅茶の良い香りが漂っている。


「それでは家事の続きをしてきますから」


笑みを浮かべてヒルダは言う。


「ああ、待ってるよ」


そしてヒルダがリビングから出ていくと、エドガーは紅茶を口にした―。




****



 それから30分後―


ヒルダとノワールは2人で一緒にアパートメントを出た。


「申し訳ございませんでした。お待たせしてしまって」


ヒルダは鍵を掛け終わるとエドガーに言った。


「いや、いいんだよ。それじゃ行こうか?実は先に寄りたい場所があるんだ。それにしてもヒルダは偉いな。伯爵令嬢でありながら、家の事を何でも出来るのだから」


「そんな事…必要に迫られての事ですから。それに私はもう伯爵令嬢ではありません」


「そう…だったな…」


エドガーはすまなそうに言う。あのまま、フィールズ家にヒルダを置いておけば、年老いた貴族に嫁がされるのは目に見えていた。エドガーはヒルダをそんな目に合わせたくは無かったし、何より自分自身が、ヒルダを嫁がせるなど許せなかった。けれどもヒルダから家族を…爵位を、そして故郷を奪ってしまったことには変わりない。


「すまなかった…ヒルダ」


エドガーは心底詫た。


「そんな事ありません。私はお2人に本当に感謝しているのですよ?だって私を救って下さったのだから…」


ヒルダは笑みを浮かべながらエドガーに言う。


「そうか…?そう言って貰えると嬉しいが…それじゃ、行こうか?実は兄の用事で少し寄らなければ行けない場所があるんだ」


「そうなのですか?いいですよ。では行きましょうか?」


「ああ」


こうして2人は一緒にロータスの町を歩き始めた―。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る