第6章 18 ヒルダの決意

 ホテルで朝食後、ヒルダ達は『カウベリー』駅に立っていた。空はどんよりと暗い雲が立ち込め、小雪が待っている。


「…」


ヒルダは白い息を吐きながら駅舎からじっと自分の故郷の景色を眺めていた。


「ヒルダ、どうしたんだ?」


ノワールと共に切符を買って戻って来たエドガーがヒルダに尋ねた。


「いえ…。もうこの先、私は『カウベリー』に戻ってくることは無いかも知れないと思って、この景色を目に焼き付けておこうと思ったのですが…」


ヒルダは小さくため息を付くと、エドガーを見た。


「最後に見る景色が…こんなに寒々しい光景というのは…何だかやるせませんね」


ヒルダは寂しげな笑みを浮かべながら言った。


「ヒルダ…そんな風に言わなくても別に良いんじゃないか?ここは…ヒルダの故郷なのだから、また戻ってくることもあるだろう?」


「ええ…ですが…」


ヒルダはじっと荒涼とした景色を見ながら言った。


「私は…多分、もうここには戻ってくることは無いと思います。…家族とも縁が切れ、領民の人達にはよく思われていません。それに、もう私の愛するルドルフはこの世にいません。ここにくれば…嫌でもルドルフと一緒に過ごした幸せだった日々を思い出してしまうから…」


「ヒルダ…」


エドガーは悲しげな瞳でヒルダを見た。


その時―。


「2人共、そろそろ『ロータス』行きの汽車が来るぞ」


ノワールがやってきて声を掛けてきた。


「はい」


「分かりました」


エドガーとヒルダが返事をする。


「ヒルダ、荷物を持とう」


エドガーがヒルダの荷物を持とうとした時、ノワールが言った。


「エドガー、お前は荷物が沢山あるじゃないか。ヒルダの荷物なら俺が持とう」


そう言うとノワールはヒルダの荷物を手にした。


「ありがとうございます」


ヒルダが頭を下げるとノワールが言った。


「いや。別に気にするな。さて、それじゃそろそろ行くか」


そして先頭に立って歩き出す。その後ろをヒルダ、最後を歩くのがエドガーだったが、複雑な思いを胸にいだきながらエドガーはヒルダとノワールの姿を見つめていた…。




****


 3人がボックス席に座ると同時に汽車は大きく汽笛を鳴らしながら、カウベリーのホームをまるで滑るように走り出した。



「ヒルダ、俺とノワールは今日はエボニーで降りて実家で1泊した後にロータスに戻る予定だ。だから途中で降りることになるが、構わないな?」


「はい、大丈夫です」


ヒルダは頷く。そしてノワールに頭を下げた。


「ノワール様。この度はお兄様と私を助け出して頂き、ありがとうございます」


「ああ、その事なら気にするな。エドガーは俺の弟だから助けるのは当然だ。そしてヒルダは…ついでだからな」


「ついでって…そんな…兄さん…っ!」


思わずエドガーが口を開いた時、ヒルダは言った。


「いえ、それでも感謝しております。あのままカウベリーに残っていたら…私は望まぬ結婚を敷いられていたかもしれませんから…」


ヒルダの言葉にエドガーは思った。


(ヒルダ…やはり、ルドルフを失ってしまった今となっては…もう誰の事も愛せないのか…?)


エドガーは知らない。ヒルダが自分のせいでエドガーを犠牲にしてしまったことに負い目を感じ…自分から離れようとしているという事を―。

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